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大戸屋に呼び出され「1年後あんたなんか消えてる」 益若つばさ35歳がPopteenカリスマ読モ時代に受けた“ギャルの洗礼”

文春オンライン / 2021年9月7日 11時0分

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益若つばささん

 来年デビュー20年を迎える益若つばささん。読者モデル時代は渋谷を歩くだけで人だかりができ、警察が出動するほど人気は過熱。カリスマギャルとして雑誌やテレビに登場した。しかし益若さん本人の自己イメージはそもそも「ギャル」ではなく、人気が出てからも「ギャル」に憧れ続けていたという。鈴木奈々さんやみちょぱ(池田美優)さんといった「読者モデル発タレント」の道を切り拓いた益若さんに、「ギャル」とは何かを聞いた。(全3回の1回目/ #2 、 #3 へ続く)

◆ ◆ ◆

読モデビューから来年で20年

――読者モデルとしてデビューされてから来年で20年なんですね。

益若つばささん(以下、益若) 来年37歳なんですけど、芸能界で仕事することも自分には考えられなかったことですし、しかもこの齢まで表に出る仕事を続けているなんて……本当に、すべては想定外です。

 そもそも妊娠がわかった21歳の時、きっぱり「モデルは辞めます」と言っていました。自分で言うのもあれなんですけど、当時は「ギャルのカリスマ」と呼ばれていて絶頂期でした。でも結婚したら、ファンのみんなに捨てられると思ったんです。

――読者モデルが妊娠・結婚したら読者から必要とされなくなる、と思っていたということでしょうか?

益若 飽きられて「益若つばさなんて興味ない」と思われる前に、みんなから捨てられる前に、自分から離れようと思いました。その時期に『情熱大陸』(MBS・TBS系)から取材依頼がきたんです。ただ当時は番組のことすら知らなくて、「『学校へ行こう!』には出たいけど『情熱大陸』は知らないのでいいです」と断ろうとしていました。でも周りの人に「人生の転機になるから絶対に出たほうがいい」と後押しされ、『情熱大陸』が何かわからないまま、密着取材を終えました(笑)。それから徐々に、「自分のやっていることは『仕事』なんだ」と自覚が芽生えてきた感じです。ずっと、青春の思い出づくりのノリでやってましたから。

――そもそも益若さんはなぜ「ギャル」になったのでしょうか。

益若 自分は本当に何者でもなかったんですよ。お父さんから日焼けを禁止されていたから色白だったし、当時人気のあったアルバローザ(ギャル系のブランド)は1着1万円くらいしたので高くて手が出ない。だから数百円の古着を買って着回ししてました。かといって下北系でもなければ原宿系でもない。すごく中途半端な存在だったんです。

「何系の何者か」になっていないと変だった

益若 今でこそ多様性の時代ですけど、90年代後半から00年代前半の当時は、自分をどこかにカテゴライズして「何系の何者か」になっていないと変だったんです。

――当時は『CanCam』などのコンサバ系ファッション誌は「赤文字系」、個性的な『CUTiE』は「青文字系」といったように、女性の見た目でカテゴライズ、セグメントされていました。

益若 その中でも「ギャル」は自由を貫いていて、“男ウケ”じゃなく“自分ウケ”を目指している感じがすごく好きで、私は憧れていたんです。元気でサバサバしてて、思ったことを何でも口にする。放課後はサークルの仲間と一緒にパラパラして……みたいな。

 だけど私は踊れないし、外にいるより家でお菓子を作っているのが好きで、人の顔色を窺いながらしゃべるような性格でした。最初にスナップ写真が載ったのも、実はギャル系雑誌の『Popteen』ではなくて、正統派の『Seventeen』でした。

ハガキ投票の『Popteen』読者アンケートで1位に

――ギャルとは真逆だった益若さんがどうやって「ギャルのカリスマ」になっていったのでしょう。

益若 日サロの店員になって、とりあえず見た目はギャルっぽくしてったんですよ。それとさっきも話したように中途半端だったので、とにかくどこかに属したくて。本当はお人形っぽいファッションが好きでしたが、自分の好みより、肌を黒くしたりCOCOLULU(ギャル系のブランド)の服を着たりして、ギャルとして求められるスタイルをやっていくようにしていました。

 そうこうして2年経ったくらいに、『Popteen』で2ページまるまる自分の好きなことを発信できる企画のチャンスが巡ってきたんです。で、私はその日2時間かけて19ミリのコテでグリグリに巻いた髪にリボンをつけて、赤のギンガムチェックの洋服にペロペロキャンディを持参して、「お人形みたいに撮ってください!」とお願いしました。ちょっと恥ずかしかったけど、自分の好きを「これでもか!」と詰め込んだんです。そのページが読者アンケートで1位に選ばれたんですね。当時ハガキの投票だったと思うんですけど、そのランキングが編集部に貼り出されるので、他の読モの子たちも見てるんですよね。びっくりしたしうれしかった。編集部の人たちは正直私にまったく期待していなかったみたいで、「競馬でいうと大穴だよ」と言われました。

ギャルから「嫌ならちゃんと自分の言葉で話しな」

――昔は「ギャル」というとガングロでメッシュを入れてルーズソックスで……みたいな“型”がありましたけど、今は型がなくて、けっこう自由なスタイルですよね。その源流は益若さんだったというか。

益若 姫ギャルとか、いろんなタイプのギャルが出てくるきっかけになったかもしれないですね。ただそれができたのも、ファンの人たちが「自分の好きなもの好きって言っていいよ」と教えてくれたことが大きくて。あとはギャルの子たちの影響もあります。

 私は全然自分の意見を言わないし人見知りだったこともあって、イベントの時も一人ではじっこにいて。でもギャルは自分の意見をはっきり言う子が多かったから、そういう態度が疎まれて、撮影で無視されたり、大戸屋に呼び出されて「1年後はあんたなんか雑誌から消えてる」と言われたこともありました。周りは全員敵だと思っていたこともあります。

 ただ面倒見のいいギャルもいて、「はっきり言わないのも悪い。嫌ならちゃんと自分の言葉で話しな」って言ってくれたんですよね。それまでの私はコミュニケーションを円滑にするためには自分が黙っている方がいいと思っていたので、衝撃を受けました。

 彼女たちのアドバイスのおかげで、自分の思いを周りに伝えて形にするプロデュース業もできるようになった。いいことも悪いことも、ギャルたちが教えてくれました。

読モに“芸能人の仕事”が回ってくる時代に

――今でこそ鈴木奈々さん、みちょぱさんなど、読者モデルが芸能界に進出することは当たり前になりましたが、その道を切り拓いたのも益若さんですよね。

益若 それまで読モは雑誌の中だけの存在だったわけですけど、私たちの時代から、それこそ当時は一般人で事務所にも入ってないのに、携帯電話のdocomoの冊子に出たり、109のポスターになったり、初代プリクラ機の時期のモデルをやるようになったりして、今まで芸能人がやっていた仕事が私たちに回ってきたんです。

――そういった仕事は、たとえば代理店から益若さんの携帯に直接連絡が入るんですか?

益若 そうです、そうです(笑)。「電通ってなんだろう?」とか思いながら電話してました。それに当時は請求書の書き方なんて知らないから、一銭ももらえなかった仕事もけっこうあります。その時は高校の延長みたいな感じで、遊びだったんですよね。自分たちが好きなものを発信すると、それが自然と世間でも流行って時代の流れになるという、不思議な時代でした。

何に出てもギャラは1、2万だった

益若 何に出てもギャラは1、2万でしたけど、私たちが出ることでとてつもないお金が動いている、私たちを使ってお金を稼いでる大人がいることにだんだんと気づいて(笑)。当時を振り返ると、めちゃくちゃ搾取されていたと思います。

 それに、渋谷を歩くと警察が来るほど人が押し寄せてしまうし、イベントでも来場者が多すぎて窓ガラスが割れるとか、自分が外に出ると迷惑がかかることが増えていきました。それまではずっと「頑張れ」って周りから言われたから頑張ってたのに、人気が過熱気味になると、「つばさが出てくるとトラブルになるから家を出るな」と言われてしまって。「自分って一体何なんだろう?」と迷っていた頃に妊娠がわかったんです。そこでもう、すっぱり辞めようと思ったのは、やりきった感もあったからでした。

応援されなかったからこそ「絶対売れてやる」

――そんな大変なことがありつつも、時代の寵児になっていく益若さんをご家族はどんな風に見ていたのでしょうか。

益若 全然、喜んでいる感じではなくて(笑)。家族はまったく私の活動や仕事に興味ないんじゃないかな。実家は埼玉県の越谷市にあるんですけど、撮影の時は両親のどちらかが朝5時に駅まで送ってくれたんです。それでキャリーケースをガラガラ引いて渋谷まで行って、帰りはいつも終電。そんな私の過酷な生活を見ていたので、親はいつも心配して「早くやめなよ」と言っていました。全然応援されてなかったので、それが逆に「絶対売れてやる……!」という思いにつながっていたと思います。

 たぶん親は、私が何をやっていても構わないんです。幼少期から「あれはダメ、これはダメ」と言われたことはありません。言わなくても私がレールから外れる子じゃないことをわかっていたんだと思います。非行にも走らないし、反抗期もなかったので。ただとにかくファッションが好きだったので、それを応援するでも否定するでもなく、受け止めてくれていた。今思えば、そうやって干渉せずに放っておいてくれたことはありがたかったですね。

 でもお父さんは、私が『世界まる見え!テレビ特捜部』とか『笑ってコラえて!』(いずれも日本テレビ系)に出ると見てくれるんです。たぶん所ジョージさんが好きなのかなと(笑)。だからお父さんが好きな番組には率先して出させてもらいたいなと思ってます。

写真=深野未季/文藝春秋

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(小泉 なつみ/文藝春秋)

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