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「ニルヴァーナのアルバムの赤ちゃん」だった男性の提訴を嘲笑う人が知らないこと

文春オンライン / 2021年8月30日 6時0分

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※写真はイメージ ©iStock.com

 ニルヴァーナのアルバム『ネヴァーマインド』のジャケット写真で有名な元赤ちゃんモデルの男性(30歳)が、当時の写真は児童ポルノであり、性的搾取にあたるとして故カート・コバーンの遺産管理人を含めたニルヴァーナの元メンバー、関連するレコードレーベルを相手に訴訟を起こしていることが報じられた。

 男性は2016年、当該アルバムのジャケットを再現した写真を撮影し、「(生後四ヶ月だった当時のことは覚えていないが)ニルヴァーナというバンドの重要なシーンに立ち会えたことはすごいことだと思うが、不思議だ」と、自身が25歳になった節目に語っていた。

 その一方で、2007年にはインタビューで「世界中の多くの人に自分の裸を見られていると思うと気味が悪い。世界最大のポルノスターになったかのような気分だ」とも話しており、複雑な心境をあらわにする場面もあった。

ネットでは批判があふれていたが……

 男性がニルヴァーナ側を提訴している事実が報道されるや否や、ネット上には「これまでさんざんネタにしてきたくせに」「30歳にもなって今更『性的被害』だと騒ぐのは無理がある」「金になると思って訴訟を起こしたに違いない」といった批判があふれ、「生涯にわたる損害を受けた」とする男性の主張に耳を傾けようとする人はほとんど見られなかった。

 しかしながら私は、「個人が過去の性的被害を訴え出る行為」について浴びせられる激しい批判に対して、強い危機感を覚えている。

 男性の訴えが「正当」であるか否かについては裁判所しか判断しようがないためここでは言及できないし、彼の本心についても彼自身しか知りようがないので推察しかねる。この記事は、私が男性側の主張を全面的に支持する目的で書くわけでも、彼の「善性」に期待したうえで書くわけでもないということは、先に申し上げておきたい。

 私が懸念しているのは、今回の「ニルヴァーナアルバムの元モデル男性」に対する批判を放置(=黙認)した結果、今後、性的被害に遭った人々がこれまで以上に声を上げづらくなってしまうことである。

「正しい被害者像」の恐ろしさ

 そもそも、性的被害を訴え出た被害者に対して「被害を受けたあとの被害者の振る舞い」を持ち出して糾弾することは、セカンドレイプに他ならない行為である。「性的被害を受けた」事実は、「性的被害を受けたあとに平気そうにしていた」かどうかで事実認定が捻じ曲げられるものではないはずだ。

 2019年、ジャーナリストの伊藤詩織氏が、元TBS記者・山口敬之氏から「性暴力を受けた」として同氏に損害賠償を求めた訴訟において、敗訴した山口氏が会見で「本当に性的被害に遭った方は『伊藤さんが本当のことを言っていない。こういう記者会見の場で笑ったり、上を見たり、テレビに出演してあのような表情をすることは絶対にない』と証言してくださった」と発言したことが話題になった。

「本当に性的被害に遭った人間は笑うことができず、下を向いて、表舞台に出ず暗い表情で生きているはずだ」という「正しい被害者像」を勝手につくり出し、「その姿にそぐわない人間は嘘を吐いているに違いない」という自己保身のための稚拙な詭弁で、被害者をさらに傷つけ、侮辱したのだ。

 このように、性的被害を受けた人が「被害者らしい振る舞い」を強要されることがいかに暴力的であるか、私たちは慎重に考え、こうした行為をいちいち否定していかねばならないのではないか。

「ニルヴァーナのアルバムの赤ちゃん」だった男性が過去に「自分でネタにしていた」かどうかは訴訟に関係のないことであり、議論されるべきは「アーティストのアルバムのジャケットとして、たとえ両親の許可があったとしても、自分が意思決定/表示できない年齢であったにもかかわらず全裸の写真を勝手に使用されたことが性的搾取にあたるか否か」、そしてその性的搾取によって「生涯にわたる損害を受けたとみなされるかどうか」であるはずだ。

「被害の自覚に時間がかかりすぎ」という指摘

 この件について私が投稿したツイートには、案の定、地獄のようなリプライが寄せられた。

 なかには「25歳の時点でネタにできたのに、30歳になった今になって性的被害を自覚したというのはさすがに無理がある」という内容のものも少なくなかった。

 しかし、私はこの意見について、明確に否定しておきたい。虐待や性的被害、DVを受けていた人が、「自分が被害を受けていた」と自覚するまでに長い時間がかかることは決して珍しいことではない。特に幼少期に受けた被害の場合、本人が被害を自覚し、認められるようになるまで数十年かかるケースもある。

 私自身も、幼少期に受けていた虐待や性的被害を自覚できずにいた当事者の一人である。私は今年30歳になったが、親から受けていた虐待を認められるようになったのは29歳のときのことだ。成人してから受けた性的被害ですら、「あれは性的被害だった」とはっきりと自覚できるようになるまで数年を要した。

「自分が被害に遭ったことを認めること」は簡単ではない。被害者にとって被害を自覚することは、トラウマとなっている事象から目をそらさず、苦しみながら向き合うことである。この行為には大変な苦痛を伴うため、カウンセリングを受けたり、専門家の指導のもと治療を行うのが望ましい。

 親をかばい続けてきた私が「自分は虐待を受けていた」と認められるようになったのは、カウンセリング治療を始めてから1年が経過したころだった。さらに、成人してから受けた性的被害については、話そうとすれば涙が出て止まらなくなるため、まだ臨床心理士にさえ話せていない。

 親から虐待を受けた経験を持つ人の中には、被害に気が付いたのが40代、50代になってからだった、という人も少なくない。「それが普通だと思っていた」「まさか今自分が苦しんでいる精神疾患の原因が、幼少期の虐待だったとは思わなかった」と話す彼ら彼女らの心境は、私にも経験があるためよく理解できる。

被害者が「被害者らしくない」行動をする理由

 最後に、性的被害を受けたことのある人はもちろん、そうでない人にも知っていてほしい大切な事実を書いておく。

 性犯罪やセクシュアルハラスメントなどの被害者は、ときに加害者に迎合しようとすることがある。「迎合」というのは、例えば相手に自分からお礼などの連絡をしたり、人間関係に影響が出ないよう振る舞うことや、被害後に相手からの誘いを断らないなど、被害者がいわゆる「被害者らしくない」行動をすることである。

 この心理と行動は、平成23年に厚生労働省が出した「心理的負荷による精神障害の認定基準について」という通達のなかでも、以下のように明示されている。

〈(1)セクシュアルハラスメントを受けた者(以下「被害者」という。)は、勤務を継続したいとか、セクシュアルハラスメントを行った者(以下「行為者」という。)からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがあるが、これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならないこと。  

(2)被害者は、被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことがあるが、この事実が心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
 

(3)被害者は、医療機関でもセクシュアルハラスメントを受けたということをすぐに話せないこともあるが、初診時にセクシュアルハラスメントの事実を申し立てていないことが心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。

 

(厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」より)〉

 私は性的被害を受けたとき、相手に迎合するような行動を取ってしまった自分のことを、長らく責め続けてしまった。明確に被害を受けたのだと理解するまでに時間を要したことを、自分の落ち度だと思い続けてしまった。

 加害者に迎合しようとした自分を責めなくていい。性的被害を訴え出るのに「遅すぎる」なんてことなどない。

 それを知る人が、この記事を読むことで一人でも増えてほしいと思う。

INFORMATION

内閣府男女共同参画局のホームページには、性犯罪・性暴力被害者が相談することができる全国の「ワンストップ支援センター」が掲載されています。メンタルクリニックや産婦人科、カウンセリングを受けることができる機関と連携していますので、性的被害に悩んでいる方は、まずは相談を。

性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター一覧
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/consult.htm

(吉川 ばんび)

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