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韓国、アフガン390人退避成功の“奇跡”…日本との明暗分けた「水面下での動き」と「初動の差」

文春オンライン / 2021年8月30日 20時10分

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仁川国際空港に到着したアフガニスタンの人々 ©️Getty

 8月23日夜。NHKのニュースにアフガニスタンに残る邦人や現地スタッフなどを退避させるための自衛隊機が離陸する様子が映し出されるのを見て、おやっと思った。

 この日、韓国では、徐薫・国家安保室長が国会で「アフガニスタンで韓国大使館などに勤めていた現地スタッフとその家族を韓国に移送することを検討している」ことを明らかにしたことが報じられていた(聯合ニュース、8月23日)。

 日本の出発のほうが早いのか。その時は極秘に行われていた韓国政府の作戦については知るはずもなく、そんなふうに思った。

 その後、韓国では8月26日から27日にかけて現地スタッフとその家族390人が無事に仁川国際空港に到着したことが報じられた。

 空港のゲートから出てきたアフガニスタンの人々は身元が分からないようモザイクがかけられていたが、幼い子どもたちが多かった。生まれたばかりの赤ちゃん3名も含め10歳以下の子どもたちが半分近くいたそうで、韓国政府から贈られたぬいぐるみをひしっと掴みながら、体よりも大きなリュックサックを背負っている姿が目を引いた。

 一方、日本政府による退避作戦は、邦人ひとりを救出し、最大500人とされた退避希望者をアフガニスタン国内に残したまま事実上の活動期限である27日を迎えた。

韓国の移送計画は、秘密裡にすすめられていた

 実は、韓国では8月初めから外交省、国防省、法務省間でアフガニスタンにいる現地スタッフとその家族らを救出する計画を立てていたことが伝えられた。韓国紙記者の話。

「移送計画などについての記者へのバックグラウンドブリーフィング(理解を求めるブリーフィング)は20日にもありました。

 外交省は、来週中にオペレーションを開始するので常に待機していてほしいと現地スタッフにeメールで伝え、それを(スタッフらが)受け取ったことも確認済みだとしていました。最大の問題はカブール空港まで安全にどうやってたどり着いてもらうかで、この部分については他国と同じように自力で来てもらわないといけない状況という説明でした。

 刻々と状況が変わっていて、当時は他国も自国民や関係者の救出に失敗しており、とにかくなるべく多くの人を助け出したいと話していました。人命に関わることですのでエンバーゴ(情報を公表しないという紳士協定)が敷かれ、もちろん、どこも報じませんでした」

退避前日、空港に集まったのはわずか26人

 この記者の話や複数のメディアで報じられた話をまとめると、韓国のアフガン退避作戦は次のような経緯になる。

 8月20日。現地スタッフに「退避オペレーションは24日」であること、集合場所、時間などを伝える。

 8月22日。一時的にカタールに退避していた駐アフガニスタン大使館員4人が再びアフガニスタンのカブール空港へ到着。韓国人の大使館員は全員、17日にカタールに撤収していた。再び現地に戻ったキム・イルウン駐アフガニスタン韓国大使館公使参事官は聯合ニュースのインタビューで、「(現地スタッフに)韓国に必ず移送する。方法を考えるから、連絡する」と後ろ髪引かれる思いでカタールに退避したと語っている (聯合ニュース、8月27日)。 

 8月23日未明。韓国から輸送機3機がアフガニスタンの隣、パキスタンのイスラマバード空港へ向けて出発。冒頭で言及した通り、徐薫・国家安保室長が国会で発言していた頃はすでに上空にいたことになる。

 現地スタッフと家族は当初、徒歩で空港に入る予定だったが、この日、空港に姿を現わした現地のアフガニスタン人スタッフと家族は26人だった。

 韓国へ退避を希望している残り365人をカブール空港に移送するため、急遽計画を変更。米国が提案したバスでの移送に切り替えた。

 この前日、米国は外国政府の協力者をカブール空港までバスで移送できるようタリバンと交渉し了承を得ていた。バスの情報を提供すれば米国がタリバンに接触して検問所を通過させてくれることになった。現地に戻った韓国大使館員は米国と交渉し、各国で争奪戦になっていたバスを6台確保した。

 計画の変更を再び残された人々に知らせ、「数台の大型バスがいると目立つのであまり早く集まらないように」と念押ししたという。

8月24日、タリバンに足止めされ通過できず

 8月24日。予定では午後3時30分に空港のメインゲートを通過する予定だったが、タリバンに足止めされ通過できなかった。乗り合わせていた韓国の大使館員が携帯に保存していた「旅行証明書」を見せたが、タリバンは「原本ではない」と許可しなかった。

 エアコンも効かないバスの中に14~15時間閉じ込められたまま。窓は外から中を見られないよう黒く塗られており、暑さと不安から子どもたちは泣き出したという。最後には、「韓国では皆こうしている(携帯でも電子文書を送っている)」(東亜日報、8月27日)と話し、空港のゲートを通過。

 8月25日未明。現地スタッフや家族らを乗せたバスがカブール空港内に到着。救出予定者全員が搭乗していた。この翌日の26日には空港付近で自爆テロが起きており、まさに間一髪だった。

 25日、韓国外交省は、「8月26日に仁川国際空港にアフガニスタンの現地スタッフと家族が到着する予定」であることを明らかにし、韓国内での滞在場所などについても公表した。

 8月26日午後6時過ぎ仁川国際空港のゲートに姿を現わした現地スタッフと家族らの第一陣377人の様子が報じられた。当初は378人と報じられたが、1人は移送対象名簿にないことが分かり、カブール空港に再び移送し、米軍に引き継いだという。残りの13人は27日午後到着している。本来ならば427人が韓国に退避する予定だったが、36人は他国や現地に留まる選択をしたと伝えられた。

 韓国はアフガニスタンで病院と職業訓練施設などを運営していた。現地スタッフは70~80人ほどといわれ、今回韓国へ退避を希望したのは駐アフガニスタン韓国大使館の職員や病院で働いていた医師、看護師、IT技術者などだった。

 韓国政府は退避者は難民ではなく「特別寄与者」であることを繰り返し強調しており、入国と同時に短期滞留ビザを発給している。今後、長期滞留ビザに切り替え、法改正が施行された後は就業も可能な長期滞留ビザを発給する予定だとしている。

 これから新型コロナウイルス対策のための2週間の隔離を含め6週間ほど、地方の忠清北道にある公共施設「国家公務員人材開発院」に滞在する。

アフガニスタンの現地スタッフの話

 アフガニスタンの現地スタッフのインタビューも報じられた(東亜日報、8月26日)。駐アフガニスタン韓国大使館のスタッフの話。

「韓国行きを選択したのは私と家族の命を救うため避けられない選択だった。目抜通りや高速道路などを避けて狭い道を通ったのでタリバンの検閲を免れた」

 このスタッフは1カ月前から韓国行きを準備。1週間前からカブールに移動し、韓国大使館職員と毎日連絡をとっていたとも語っている。

 身元が明らかにされていない別の現地スタッフは、「外国政府機関で働いたという理由でタリバンがわたしたちを脅かす危険を感じた。朝、カブール空港へ入ろうとしたらタリバンに阻まれた。別の車両に乗り換えて他の入り口から空港に入った。韓国大使館が空港まで来られるよう安全を確保してくれた」と話している。

 このインタビューは、24日、先にアフガニスタンを脱し、パキスタンのイスラマバードにいる際に外交省を通して行われたとされている。

作戦名はミラクル「天が味方した」

 韓国政府関係者は、「天が味方した」(TBSラジオ)と語っていた。

 今回の作戦名は「ミラクル(奇跡)」だったが、その後伝えられたキム公使参事官の話からも予断を許さない非常に厳しい状況下での退避がいかに奇跡的だったかが分かる。

 日本政府も8月初めから輸送に向けた準備をしていたことが報じられた(産経新聞、8月29日)。15日にカブールが陥落し、作戦は変更され、自衛隊機の派遣が正式に決まったのは23日。ただし、先遣隊は22日夜に出発していたともいう(同前)。

 23日夜に日本を出発した自衛隊機はカブール空港に到着したが、空港には退避を求める現地スタッフらが到着しておらず、退避希望者を移送できなかったと報じられた(朝日新聞、8月26日)。 

 韓国の輸送機が韓国を発ったのも23日未明だ。何が運命を分けたのか。検証が待たれる。

(菅野 朋子)

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