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《80年アイドル時代》なぜ天才・筒美京平は松田聖子と中森明菜に楽曲提供しなかったのか「聖子ちゃんが歌ったら、相性が合ったんじゃない」

文春オンライン / 2021年9月6日 11時0分

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近田春夫氏 ©文藝春秋

 筒美京平は日本歌謡曲史上、最大のヒットメーカーだ。記憶に残るあの曲この曲、まさに名曲の宝庫である。

 しかし、筒美の素顔は秘密のベールに閉ざされていた。その秘密に分け入ったのが、生前親交があった音楽家の近田春夫氏である。近田氏による『 筒美京平 大ヒットメーカーの秘密 』(文藝春秋)から一部抜粋して、孤高の天才の創作の秘密を紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◆ ◆ ◆

80年代のアイドル

──80年代に入っても、京平さんの快進撃は続きます。

近田 この時代になると、ロックの影響かもしれないけど、アイドルやってる人たちにも 「自分は何で歌うのか」っていう自意識が芽生えてくるんだよ。だんだん、職業作家の先 生方から有難く曲をいただくっていうより、コラボレーションを行っているという感覚が先行するようになる。まあ、俺に言わせりゃ、かなり恐れ多いことなんだけどさ(笑)。

──アイドルにもアーティストとしての自覚が生まれたわけですね。

近田 つまり、曲と歌い手の間に乖離を生じさせないことが求められる。そこに誠実な形で歩み寄ったことは、その後の京平さんにとって本当に重要だったと思う。

──すでに名を成した大家にとっては、その意識の更新はなかなか難しいですよね。 

近田 新しいもの、若い人たちが興味を持つものに対する貪欲な好奇心が、京平さんは際立って強かった。80年代になると、京平さんと同世代の作曲家は、流行から脱落していく。例えば、平尾昌晃さんとか、中村泰士さんとか、うんと若い頃にはビートの強い楽曲を書いていた作曲家も、齢を重ねるに従って、抒情に満ちあふれた渋いバラードに走ってしまう。「日本の心」みたいなものを掲げたりしてさ。

 ──平尾さんも中村さんも、元来はロカビリー歌手ですね。往年は、エッジの立った最先端の音楽に挑む気概とともにキャリアを開始していた。 

近田 若い頃こそ洋楽的なアプローチを行っていたけど、齢を取ると新しいインプットが少なくなるから、元来心の中に潜んでいたしみじみとした日本的な要素が沁み出してくる。 そもそも、皮膚感覚的に洋風の音がカッコいいと感じてこの世界に入ってきたわけで、アカデミックな意味で洋楽の構造に興味を抱いていたんじゃないわけ。そうすると、自分の内面においてカッコいいと思う対象が、いつの間にか和風のものに置き換えられていく。それが、この国におけるある程度大成したヒットメーカーの常道的な歩み方だったんだよ ね。

松田聖子と中森明菜に楽曲提供がない

──まあ、ある種の政治家や批評家にも散見される、保守回帰の現象ですね。

近田 だけど京平さんは、すでに血肉化したものよりも、構造的に新しいものに対する興味の方が勝っていた。この点に関しては、本当に稀有な存在だよ。

──80年代の筒美京平を語る上で、松田聖子と中森明菜に楽曲を提供していないという事実は非常に重要だと考えられます。

近田 松田聖子に関してはさ、CBS・ソニーの社内的な事情があったんじゃないかな。プロデューサーが別だったからさ。若松宗雄さん率いる彼女のプロジェクトは、郷ひろみを手がけていた酒井政利さんのチームへの対抗意識があった。だから、京平さんを敬して遠ざけたんじゃないかと。 

──京平さんの盟友である松本隆さんが松田聖子のプロデューサー的な位置に立っていながら、京平さんには作曲を依頼しなかったんですよね。 

近田 やっぱり、あそこで京平さんにオファーしちゃうと、一世代前、70年代のアイドルのドメスティックな匂いがついちゃうから、それを避けた部分はあるんだろうね。ただ、小田裕一郎が作曲したごく初期の楽曲には、京平さんに通ずるテイストが感じられる。だから、もしも聖子ちゃんが京平さんの曲を歌ったら、相性が合ったんじゃないかな。

──松田聖子のシングルは、チューリップの財津和夫を起用した4枚目の「チェリーブラ ッサム」(昭56)以降、ニューミュージックやロックのシンガーソングライターに作曲が委ねられることとなります。そして、松本さんにとってはっぴいえんどの僚友だった大瀧詠一や細野晴臣を起用した楽曲はヒットを記録している。そこには、はっぴいえんどが商業的な成功を収められなかったことに対するリベンジ的な意識を感じるんですよ。 

近田 中森明菜もそうだったよね。来生たかおや井上陽水、玉置浩二といったニューミュージック畑のアーティストに作曲を依頼することが多かった。 

──中森明菜は後に、『歌姫』(1994年~)というシリーズをはじめとするカバーアルバムを多数リリースするんですが、昭和の歌謡曲をたくさん取り上げていながら、なぜか京平さんの楽曲は桑名正博の「セクシャルバイオレットNo.1」だけ。筒美京平に対する思い入れはあまりなかったのかも。

松本伊代、早見優、河合奈保子、斉藤由貴

近田 しかし、聖子と明菜に限らず、80年代を迎えると、いわゆる職業作曲家の活躍する場所がどんどん減ってくるんだよね。 

──そんな中、京平さんは孤塁を守るがごとく、聖子・明菜を除く女性アイドルたちに次々とヒット曲を提供します。松本伊代の「センチメンタル・ジャーニー」(作詞:湯川れい子/昭56)、早見優の「夏色のナンシー」(作詞:三浦徳子/昭58)、河合奈保子の「エスカレーション」(作詞:売野雅勇/昭58)、柏原芳恵の「ト・レ・モ・ロ」(作詞:松本隆/昭59)、小泉今日子の「なんてったってアイドル」(作詞 : 秋元康/昭60)、斉藤由貴の「卒業」(作詞:松本隆/昭60)......。枚挙にいとまがない。

近田 とにかく粒揃いなんだよね。この辺りの楽曲で京平さんは、萩田さんと船山さんに続く第3世代のアレンジャーを起用し始める。

──この当時のクレジットでは、鷺巣詩郎、大村雅朗、武部聡志といったプロパーのアレンジャー以外に、佐久間正英、茂木由多加といったミュージシャンの名前も目にします。 

近田 佐久間と茂木は、いずれも四人囃子というプログレ色の濃いバンドの出身。俺、2人とも仲良かったのよ。シンセサイザーを上手く扱えるという意味で、重宝されたんじゃないかな。デジタルなポップスについては、餅は餅屋に任せたんだと思う。

──時代の変化に対する敏感さが、ここにもうかがえますね。

近田 そういや俺、つい最近になって、「センチメンタル・ジャーニー」の元ネタが何だったのか気づいたんだ。あれは、ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」 (1972年)だよ。

──そんな有名な曲をネタにしてたんですか? ちょっとにわかには共通性が浮かびませんが。サウンドのテクスチャーがまったく違うし。 

近田 メロディーラインを注意深く解析してみると、納得できると思うよ。ぜひ、読者のみなさんもお試しください(笑)。しかし、松本伊代のあの風変わりな声は、まさに京平さん好みだよね。平山三紀、郷ひろみのラインに位置している。

作詞家・秋元康の登場

──80年代に入ってから、新たに組むようになった作詞家の1人が秋元康さん。京平さんとの最初の仕事は、昭和57年の稲垣潤一「ドラマティック・レイン」でした。

近田 稲垣潤一って、A&Mを代表するシンガーだったクリス・モンテスみたいな歌い方をするから、いかにも京平さん好みなんだよね。

──70年代における大橋純子や庄野真代への提供楽曲と同様に、シティポップスの流行に対して京平さんが突きつけた回答というニュアンスも感じます。 

近田 俺さ、秋元が売れてきた頃に京平さんと話してたら、「とにかく近田君のライバル は秋元君なんだから」って言われたのよ。意味が分かんなくてさ。だって、仕事のジャンルもスタイルも全然違うじゃん。 

──秋元さんは、事あるごとに近田さんに対するリスペクトを表明してますよね。「近田春夫になりたい」とまで言っている。 

近田 俺、秋元のことは、あいつが中央大に通いながら放送作家をやってた頃から知ってるのよ。俺が出てたニッポン放送の「タコ社長のマンモス歌謡ワイド」って番組の構成を手がけてたからさ。作詞家としてのあいつの才能は、ベタとメタを両方使いこなせるところにある。ベタなことを照れずにやることができるし、物事を俯瞰するメタな視点を持っている。

──「週刊文春」の連載「考えるヒット」では、秋元さんの歌詞を評して、結構辛辣なこと書いたりもしてましたけどね(笑)。 

近田 秋元とは、いまだに京平さんの存在を通じてつながっている感覚があるんだ。たまに会ったりすると、やっぱりどうしても京平さんの話題が上ったりするし。

──京平さんが、自分より若い面白そうな人材を拾い上げる際の基準は?

近田 職人としてのスキルの優劣よりは、その奥にある、次の時代を切り開く何かを持っているかどうかにあったと思う。常にアンテナは張っていたよね。自力でがむしゃらにチェックするわけじゃなく、弟の渡辺忠孝さんとか、信頼できるレコード会社のディレクターとか、そういう親しい人たちに「誰か面白い人いない?」って何となく聞いていたんだと思うけど。ひょっとしたら、自分もその末席を汚していたのかもしれない。

【続きを読む】 ​ 近藤真彦、田原俊彦、少年隊…数々の大ヒットを生み出した天才・筒美京平の“凄さ” 「ジャニーさんが本当にやりたいのはこれなんだなと…」

近藤真彦、田原俊彦、少年隊…数々の大ヒットを生み出した天才・筒美京平の“凄さ” 「ジャニーさんが本当にやりたいのはこれなんだなと…」 へ続く

(近田 春夫)

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