1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. スポーツ
  4. スポーツ総合

荻野貴司と小窪哲也の「荻窪コンビ」 “塾通いの幽霊部員”と“奈良のスター”がロッテで再会するまで

文春オンライン / 2021年9月14日 11時0分

写真

荻窪コンビ ©梶原紀章

 マリーンズに「荻窪コンビ」が誕生した。今年、1番打者としてチームに貢献している荻野貴司外野手と昨年までカープでプレーした小窪哲也内野手だ。奈良県出身で今年36歳と同じ歳の2人は小学校時代から知る仲。それが今、長い時を経てマリーンズでチームメートになった。

「本人から電話があって聞いた時は、まさかと思いました。この歳になって一緒のチームでプレーできることになるなんて思っていませんでした。ビックリしたけど、本当に楽しみ」と荻野は笑う。

「荻窪コンビ」の出会いからプロ入りまで

 出会いは小学生の時。同じ地区の対戦チームとしてであった。荻野にとって小窪はすでに名の知れた有名選手で「奈良のスーパースターだった。そのころからプロに行く選手と思っていた」という。チームメートに共通の友達がいたこともあり、中学生になると、よく遊んだ。

「友達の家の近くの広場でよく新聞紙をまるめてボールにして野球をして遊んだりしましたね。ボールがよく人の家の屋根まで飛んで行ったのを覚えています」と小窪も当時の事を懐かしく振り返った。

 ただ、当時の野球における2人の立ち位置はだいぶ違う。小窪は4番キャプテン。一方の荻野は試合にもなかなか出られず、中学校2年生ぐらいから塾に通い、勉強に熱を入れるようになる。荻野いわく「中学の時は、ほとんど試合に出ていない。幽霊部員に近かった」と語る。小窪も当時の印象について「今と違って背が小さかったですね。塾などにいって勉強を頑張っているイメージがあった。足は当時からすごく速かったですよ」と語る。

 小窪はPL学園。理科が得意科目だったという荻野は文武両道の公立名門校として知られる郡山高校に進学し、練習試合では何度か対戦をしている。「勉強もしながら野球も続けたかった」と荻野はその後、野球と勉強の両立を掲げながら少しずつ成長を続け、関西学院大学に進学。青山学院大学に進学した小窪と大学4年時の大学ジャパンで初めて同じチームでプレーをすることになる。

 この時、2人ともショート。だから一緒にレギュラーとして試合を出ていない。プロから注目を集める小窪がスタメンに名を連ねた。荻野は「ボクは代走とか。守ったのもショートではなくてレフトでしたね」と話す。ただ、この大学ジャパンでの日々が荻野のターニングポイントになったのも事実。小窪など大学球界のスーパースターが集結した大学ジャパンのプレーを身近に感じたことで荻野の闘志に火がついた。

「大学ジャパンに来ていた選手たちは本当に凄かった。レベルの違いを感じたし、知らされた。自分はまだまだと思い、悔しい思いもしたし、もっと頑張ろうと思った」と荻野は当時の心境を口にする。小窪は大学・社会人ドラフト3巡目でカープから指名を受けて大学卒業後、プロ入り。一足早く、プロで結果を出す。荻野は名門トヨタ自動車に入社後、頭角を現し09年ドラフト1位でマリーンズ入りした。

初めて一緒にスタメンに名を連ねた日

 プロ入り後は交流戦などでグラウンドにて会った時に会話をしたり、連絡を取り合う程度だったが時は流れ、同じチームとなる。昨年、カープを退団した小窪はNPB復帰を目指して今年6月から独立リーグの九州アジアリーグ・火の国サラマンダーズに所属。8月31日にマリーンズ入りが発表された。デビューは9月9日のバファローズとの神戸での首位攻防戦。一軍昇格するやすぐに出番がまわってきた。1番荻野、2番小窪。子供の時に近所の広場で一緒に新聞紙をまるめて作ったボールを使って遊んでいた2人は36歳を迎える歳に初めて一緒にスタメンに名を連ねる。

 2点ビハインドの7回に小窪がバファローズ先発の田嶋のストレートを捉え左翼へ1号本塁打。NPB復帰後移籍初ヒットは劇的なアーチとなった。これで1点差。そして迎えた9回先頭打者で荻野が打席に入る。

「打ったのはフォーク。狙ってはいなかったのですが、身体が反応して打ちました。そこまで当たりはよくなくて微妙な感覚ではあったのですが風に乗ってくれましたね」と言う打球はレフトスタンドに消えていった。負ければ首位陥落だっただけに価値ある一発。「荻窪コンビ」で土俵際から踏ん張った。

 この試合のことを小窪は「とにかく目の前のことに必死でした。味わう余裕まではなかったですけど、一緒のチームで試合に出てプレーが出来て感慨深いものはあります」と話すと、荻野は「いきなりスタメンで結果を残したのは凄い」と称えた。ちなみに荻野は小窪の事を「てっちゃん」と呼ぶ。そしてこの試合のことを「不思議な感じだった。一緒に1、2番を組んでいても実感がわかないというか、本当なのかなあと思ってしまった。それくらい不思議。ただ、これからも一緒にプレーを出来る。頼もしいし、楽しみ」と目を輝かせた。

 千葉ロッテマリーンズは現在、首位を快走中である。リーグ1位でのリーグ優勝は1974年以来。ただし、1974年は前後期制なので、前後期制を除くと1970年以来の快挙となる。優勝マジック点灯も間近だ。そんな偉業達成に大事なのはベテランの存在。1番打者としてチームを引っ張る荻野。そしてカープ時代に3連覇に貢献し、その後は独立リーグも経験するなど酸いも甘いも知る経験豊富な小窪。優勝に向けて大事なシーズン終盤戦。「荻窪コンビ」がマリーンズを支え、引っ張る。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2021」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/48394 でHITボタンを押してください。

(梶原 紀章)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング