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「小2の藤井少年は将棋盤に覆いかぶさり、火が付いたように泣いて…」谷川九段が見た“飛躍的な成長”に必要なコト

文春オンライン / 2021年10月8日 6時0分

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対局中に熟考する藤井三冠 ©共同写真イメージズ

 9月13日に叡王を奪取し、棋聖、王位に加え、タイトルを3つに増やした藤井聡太三冠(19)。19歳1か月での三冠は、史上最年少記録を大幅に更新した。

 10月8日から始まるタイトル戦・竜王戦七番勝負の挑戦権も勝ち取っていて、年内には四冠になる可能性もある。藤井三冠の勢いは止まらない。

 史上最年少14歳2か月でプロ棋士になった頃は「望外」「僥倖」といった中学生らしからぬ言葉選びと大人びた態度が話題になった。

 中学生の若さでプロ棋士になったのは藤井三冠を含めて史上5人だけ。将棋界は若くしてプロになることが、その後の活躍に直結しやすい。中学2年でプロになりタイトル獲得27期、藤井三冠同様「天才棋士」と呼ばれ続けた谷川浩司九段(59)は、新たなタイトル奪取ばかりでなく、タイトル防衛にも続けて成功した藤井三冠についてこう話す。

「タイトルは、獲得した時は幸せですが、その後は防衛のプレッシャーに悩まされるものです。全棋士で1年かけて競うトーナメントで勝ち抜いた1人が、タイトルを持っている1人に挑んでくるわけです。挑戦者よりタイトル保持者のほうが気持ちの負荷がどうしても大きくなる。

 ところが藤井さんは、『タイトル戦に1番シードの位置から参加できることを喜びたい』と、プレッシャーを感じていないかのような発言をしていました。18、9歳でこの境地に達してしまったら、他の棋士はたまらないなと思いましたね。

 純粋に強くなりたいと将棋に向き合っていて、タイトル戦でも予選でも彼にとっては同じ。大舞台だからと気持ちが揺れ動いたりしないのでしょう」

 デビューから5年、藤井三冠は年長の棋士たちが舌を巻くほど成熟し、ブレないメンタルを身に付けている。

 しかし振り返れば、少年時代の藤井三冠は、大会で負けると大声で泣き、時には床にひっくり返ることもあるなど泣き虫ぶりは有名だった。

 谷川九段は、著書『 藤井聡太論 将棋の未来 』(講談社+α新書)で、小学2年生の藤井少年に初めて会ったときのエピソードを紹介している。

 イベントの子ども向け指導対局で、負けそうになった藤井少年に谷川九段が「引き分け」での終了を提案すると、藤井少年は将棋盤に覆いかぶさり、火が付いたように泣き出したという。中学2年でプロになった藤井三冠を見たとき、谷川九段は「あれから6年しか経っていないのか」と驚いたと語る。

 8月末に刊行された藤井三冠と丹羽宇一郎氏の対談本『 考えて、考えて、考える 』(講談社)でも、元伊藤忠商事会長で駐中国大使も務めた丹羽氏が、藤井三冠の強い精神力がどう獲得されたのか、その成長過程に迫ろうとしている。

丹羽 泣いているときに、ご両親はどうしていましたか?

藤井 負けて悔し泣きをしていたら、母はただ黙って、僕を連れ帰っていました。

(中略)

丹羽 何歳くらいから泣かなくなったんですか?

藤井 小学四年生、六級で奨励会に入るまでは、よく泣いていました。最初は、将棋を指していくなかで単純に「負けて悔しい」という気持ちで泣いていました。将棋を続けていると、自分がどこで間違えたのかがわかるようになってくるので、次第に自分のミスに対する悔しさで泣いていたのかなと思います〉

 藤井三冠は5歳の時に、自宅近くの将棋教室に通い始めている。同じ5歳で将棋を始め、自らも父親である谷川九段は、伸びる子の親の特徴をこう語る。

「私自身は、5つ年上の兄との兄弟ゲンカの激しさに業を煮やした父が、兄弟で対戦できるように将棋盤を買ってくれたのが最初です。父は私が将棋に夢中になると、後に師匠になるプロ棋士の将棋教室に入れてくれ、毎回送り迎えしてくれました。ただ強くなるためにこれをやれといった口は出しませんでした。子どもが何かに夢中になったら、あとは自主性に任せるのがいい」

 将棋が強い子どもはあちこちの将棋大会に出るが、負けた子どもを「何をやっているんだ」と叱ったり、「優勝しろ」と練習メニューを押し付けたりする親は少なくない。

「私は将棋大会でゲスト棋士として挨拶するとき『今日一番多く負けた人が、実は一番強くなっている』と話します。負けから学んで欲しいということもありますが、半分は親御さんに向けて言っています。勝負の世界は2分の1の確率で負けるわけで、結果を求めすぎるのは良くありません」(谷川九段)

上達は「階段状」の線を描く

 逆に成長の原動力となるのは、自らを振り返る力だ。もともと将棋には「感想戦」という文化がある。対局が終了後、勝者と敗者が2人で駒を動かしながら対局を振り返る。プロはもちろんアマの子どもでも行われており、この手が敗因だったと突き止めることもある。藤井三冠は〈感想戦も好きなんです〉(『考えて、考えて、考える』)と明かしている。

「感想戦をするためには、自分が指した手を覚えていなくてはいけません。できるようになるのはアマチュア初段くらいからでしょうか。振り返ったり、相手の視点から自らの悪かったところを探るのは、将棋以外にも生かせるかもしれません。新聞記者の方が、我々の仕事にも感想戦が必要ではないかと書いていたのを読んだことがあります」(谷川九段)

 藤井三冠が飛躍的な成長を遂げたのは、小学4年で入会し、約4年間を過ごした奨励会だ。

 奨励会とはプロ棋士の養成機関で、月2回計4~6回の対局の勝敗で級が上がっていく。最上位の三段のみのリーグ戦で、約30〜40人のうち2位以上に入れば、プロになれる。

 藤井三冠は、奨励会時代をこう振り返っている。

〈奨励会は、小学生から二十五、二十六歳までの大人たちが、将棋のプロである「棋士」を目指してしのぎを削っている場所です。棋士になるためには、悔しさを態度に出すよりも、しっかり対局を振り返って次につなげることのほうが大事だと気付きました。悔しさを全部自分で引き受けて、自分自身が強くなって勝っていくしかない、と〉(『考えて、考えて、考える』)

 奨励会では、対局が行われる例会の日は、ピリピリとした雰囲気に包まれる。礼儀作法にも厳しい。

「全国からその地区では敵なしの強い少年たちが集まってきますから、なかなか勝てなくなります。終わった将棋を反省し、次につなげていかなくては上達しません。

 ただ上達というのは、見かけ上は、右肩上がりの直線ではなく、階段状の線を描くことが多い。練習どおり結果が出る時期もあれば、足踏みする時期もある。苦しい時期も諦めずに努力を続けると、その先で飛躍的に力が伸びる。この繰り返しです」(谷川九段)

 実際、奨励会に入ってもプロになれるのは2割ほど、年齢制限の26歳まで戦う会員もいるが、見切りをつけて若いうちに退会していくケースのほうが多い。

 藤井三冠と同じ杉本昌隆八段の門下には、東京大学文学部4年で将棋部の主将も務めた伊藤蓮矢さん(22)がいる。

 伊藤さんは、中学1年で入会した奨励会を高校1年で退会した。小学校時代はメジャーな子ども大会で何度も優勝する有名強豪。ところが奨励会では思うように勝つことができなかった。伊藤さんは「今にして思えば、自分の弱点を見つめ、その穴を埋めていくような努力ができていませんでした」と振り返る。

「プロになる人には皆、奨励会で急に伸びる時期があるけれど、自分には来ませんでした。続けていれば来たのかもしれませんけれど。どんどん昇級していく3歳下の藤井三冠を見て、自分は見切りをつける気持ちが生まれていきました」

 藤井三冠には、逆境をプラスに変えるしなやかさもある。

 新型コロナウイルスの流行により、1回目の緊急事態宣言が出た昨年4月上旬から5月下旬の間、将棋界もタイトル戦や移動を伴う対局がすべて延期となった。東京や大阪在住棋士の対局は行われたものの、愛知県在住の藤井聡太七段(当時)は約2か月間、対局できない状態に。そのときのことをこう語っている。

〈ずっと自宅待機だったんです。高校も休校となっていました。自宅待機の間は家でAIを使いながら、苦手だった序盤の克服に努めていました〉(『考えて、考えて、考える』)

 6月に対局が再開されると、棋聖戦、王位戦の2つのタイトル戦で勝ち上がり、立て続けに挑戦者となって、2つともタイトル獲得に成功し、二冠となった。7月に最年少タイトル獲得記録を打ち立て、明るいニュースとして大きな注目を浴びたことは記憶に新しい。

 この1つの要因となったのが、自宅待機中のAIを使った弱点の克服というわけだ。

 2017年に時の名人だった佐藤天彦九段が、「電王戦」でAIとの戦いに完敗したことで人間とAIの勝負は終わりを告げ、プロ棋士はいかにAIをうまく活用して、自分の将棋を磨いていくかという共存の時代に入った。今は、プロ棋士であれば誰でも、作戦を練るときなどにAIを活用して十分な準備をしてから対局に臨む。

〈今のAIは、すごく強いですけど、絶対的に強いとは捉えないほうがいいのかなと思っています。AIが示す手は、有力な場合が多いですけど、別にそれが唯一解というわけではありません。自分の考えがあって、そのうえでAIの示す手や価値判断を見て、いいところは取り入れながら、AIを利用して自分を高めていくのが大事というか、問われているのかなと思います〉(『考えて、考えて、考える』)

 ABEMAの将棋チャンネルでは、プロの対局が毎日放送されている。AIによる対局中の形勢判断がパーセンテージで画面に示され、次の最善の手も示される。その最善を導くためにAIが読んでいる将棋の指し手は数億だ。

40分の夕食休憩をすぐ終えた

「将棋で最初に指すことが可能な手は30通り。相手の次の手も30通りですから2手目で30×30の900通りの盤面が考えられる。3手、4手……と繰り返すとすぐに億になりますが、AIはこれを読むことができます。

 一方、人間は効率の悪い手は最初から省いて最初の手、次の手は3通りほど。3×3で9通り。その先読めるのは数百でしょうか。AIみたいにすべて読み尽くすことは不可能だけれど、直感で少ないパターンに絞って効率的に読んでいくわけです。直感の大切さは、AIが出現しても変わらない」(谷川九段)

 藤井三冠はAIでの将棋研究にも長けていると言われるが、強さの本質はそこではないと谷川九段は言う。

「藤井三冠がなぜ強くなったかと言うと、自分で考えに考えたからです。目の前の対局に勝つことだけを目標にしていると、対局が無いときにモチベーションを失ってしまいます。藤井さんの場合は勝ちたいよりも強くなりたいという気持ちが強い。

 コロナ禍で強くなったという報道もありましたが、2か月の自宅待機中にじっくり課題に取り組んだのが良かったのだと思います。それまでは中学高校に通いながら多くの対局をこなしていたので、時間をかけて今までの将棋を振り返ることは難しかったのではないでしょうか。

 私が藤井さんとプロ公式戦で対局したとき、彼は40分間の夕食休憩をすぐに終わらせて将棋盤の前に戻り、長時間集中して次の手を考えていました。将棋が好き、考えることが好きで、頭の体力がケタ外れですね」

 最後に、谷川九段は藤井三冠に備わる「才能」についてこう評した。

「才能とはキラキラしたもののように思われがちですが、毎日、地道なことを苦にならずに積み重ねていけることです。ご飯を食べるのと同じレベルで当たり前に将棋の勉強をするような」

※「週刊文春WOMAN」2021秋号に掲載した記事に、10月8日時点での最新のタイトル戦結果などを加筆しています。

(宮田 聖子/週刊文春WOMAN 2021年 秋号)

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