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眞子さまは秋篠宮さまの部屋で相談を…娘への願いは「ありのままに人生を歩んで欲しい」《20歳の“理想の男性像”は》

文春オンライン / 2021年9月30日 6時0分

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眞子さま ©JMPA

 秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんのご結婚については、今なお国民のあいだでさまざまな議論が巻き起こっています。「文藝春秋」は秋篠宮家の内実を報じてきました。秋篠宮さまと親交の深い江森敬治氏(毎日新聞編集委員)による「花ひらく『秋篠宮流子育て』」(「文藝春秋SPECIAL」2012年春号)を特別に全文公開します。(全2回の1回目/ 後編 へ続く)

(※年齢、日付、呼称などは掲載当時のまま)

◆ ◆ ◆

結婚した女性皇族は次々と皇室を去ることに

 女性宮家の創設が話題となり、秋篠宮ご夫妻の長女で、国際基督教大学(ICU)2年の眞子さま(20)と次女で、学習院女子高等科2年の佳子さま(17)の2人が注目を集めている。現行の皇室典範では皇族女子が天皇や皇族以外の人と結婚した場合、皇族の身分を離れると規定している。しかし、女性皇族にも宮家創設が認められれば、結婚後も女性皇族は皇室にとどまることができる。画期的な内容で、眞子さまや佳子さまの将来を左右しかねない大変革となる。

 現在、皇族は22人。このうち未婚の女性皇族は、眞子さま、佳子さまを含めて8人いる。このままだと、結婚した女性皇族は次々と皇室を去ることになる。皇室の安定的な維持・発展を図る上でも、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」の創設は利点があるというのが宮内庁などの考え方だ。野田佳彦首相は平成23年12月1日の記者会見で「皇室活動の安定性という意味から大変、緊急性の高い課題として認識している」と述べた。また、首相は、近く皇室典範改正に関する有識者会議を発足させたい意向とも伝えられており、平成24年は、国民の間で議論がより深まりそうだ。

 眞子さまは、平成23年10月に20歳となり成年皇族の仲間入りをした。国賓として初来日したブータンのワンチュク国王ご夫妻の宮中晩餐会や鴨場の外交団接待に両親とともに出席した。今後、眞子さまは成年皇族として、学業に差し支えない範囲で幅広い公務へ参加することとなる。

眞子さまが語った「理想の男性像」

 じつは、眞子さまが20歳を迎え、結婚が視野に入りだしたことと、今回の女性宮家の創設の動きは深く関係していると考えられる。

 10月23日の誕生日を前にした記者会見で眞子さまは、成年皇族になった感想などを語ったが、記者たちからは当然のことのように結婚についてどう思うかとの質問が出た。これに対して眞子さまは「両親、特に父は私の年頃には結婚を考えていたようですけれども、私はまだ余り結婚について考えたことはありません。理想の男性像に関しましては確たるものはございません」と答えたのにとどまった。

秋篠宮さまの結婚前の思い出

 秋篠宮さまと私が個人的にお付き合いをさせていただいて20年以上になる。また、眞子さまが生まれたときは、私は社会部の皇室担当記者で両親と一緒に退院する眞子さまを宮内庁病院の玄関で取材したこともある。

 眞子さまが大学生になったころからだろうか。宮さまは私に自分の結婚前の思い出を話すことがあった。宮さまは「私は、大学2年の春に家内と出会っていますからね。家内にすれば大学1年のときには結婚相手と知り合っていたということになりますね」と語り、大学生となった眞子さまが、結婚相手と知り合ってもおかしくない年頃なのだとしみじみと話した。

 眞子さまの両親、秋篠宮さまと紀子さまの出会いから結婚に至るプロセスの大半は、2人の母校・学習院大学で育まれたものだ。昭和60年春、大学2年生の宮さまは、文学部に入学したばかりの紀子さまと大学構内の書店で初めて出会った。出会った直後には、天皇、皇后両陛下(当時は皇太子ご夫妻)に紀子さまを紹介した。紀子さまは宮さまが主宰する大学の自然文化研究会に入会。しばしば大学の仲間と一緒に紀子さまは、御所を訪問し、両陛下とテニスやお茶の席を共にした。キャンパスや御所での交際を重ねたのちの昭和61年6月26日、宮さまは紀子さまにプロポーズ。出会ってからわずか1年2カ月後でのプロポーズを経て、2人は平成2年6月29日に結婚し、秋篠宮家が創立された。

眞子さまには「ありのままに人生を歩んで欲しい」

 結婚の翌年、平成3年10月23日には、眞子さまが生まれた。「天性のものを失わず、自然に、飾ることなく、ありのままに人生を歩んで欲しい」という夫妻の願いが、名前に込められた。両陛下にとっては、うれしい初孫の誕生だった。

 平成6年12月29日、佳子さまが誕生。夫妻は「人の気持ちを理解し、素直で思いやりがある女の子に育って欲しい」との思いで命名した。当時、紀子さまは、大学院生だった。公的活動をしつつ、育児そして出産、さらに修士論文の執筆など多忙な日々であった。それを全面的に支えたのが宮さまだった。

 眞子さまは幼稚園から高校まで学習院で学び、平成22年春、国際基督教大学に入学した。美術や自然などに関心がある。大学ではスキー部に所属しているがスポーツ全般が好きだ。佳子さまは、幼稚園から高校まで学習院で学んでいる。小さい頃からフィギュアスケートに親しみ、ダンスも好き。手芸やお菓子を焼くこともある。

 また、平成18年9月6日に、長男悠仁さまが誕生した。皇室に男子が生まれるのは秋篠宮さま以来、41年ぶりのこと。天皇の位を継ぐ順位は、皇太子さま、秋篠宮さまに次いで第3位となるだけに、両陛下や秋篠宮ご夫妻ばかりでなく多くの国民から、熱い祝福が寄せられた。夫妻は、将来の期待を込め、「ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでいく」との願いで名前を付けた。その悠仁さまも現在は5歳。お茶の水女子大附属幼稚園に通う、虫や恐竜などが大好きな元気な男の子だ。

個性を伸ばす教育

 3人の子供に恵まれにぎやかな秋篠宮家。女性宮家創設問題や将来の天皇となる可能性の高い悠仁さまの成長ぶりなど、話題の絶えないご一家の子育てとは、一体どのようなものだろうか。私は宮家の子供教育の根本に、いつも宮さまの柔軟なまなざしを感じている。

 3人の子供の教育について宮さまは「自分の今いる立場ということの認識をしていってもらいたい。それ以外については自分の関心のあることを今後とも深めていってもらえれば良い」と語り、女性皇族の役割については会見で「社会の要請を受けてそれが良いものであればその務めを果たしていく。そういうことだと思う。私は女性皇族、男性皇族という違いは全くないと思っております。ですから、女性皇族だから何かという役割というのは、私は少なくとも公的な活動においては思い当たりません」と答えている。

宮さまの部屋で眞子さまがご相談

 また、宮さまは、娘たちとの温かいエピソードも披露した。眞子さまが高校1年生くらいの時、高校を卒業した後どうしようかという話題になった。そこに佳子さまも加わって宮さまの部屋で話をしたという。

 眞子さまは、どのような方向に進んだらよいのかをいろいろと考え、そのためにはどこの大学に行くのが良いのかということを両親と話し、また、知人からも話を聞き、だんだん自分の進路を決めていったという。

 また、佳子さまが小学校5年生のとき、学校の授業で環境のことが話題になったらしく、夏場にどうやって冷房を少なくして涼しく過ごせるかを考え、佳子さまが宿根朝顔を窓の外にカーテンのようにはわせたいと言い出したという。そして、宮さまと一緒に取り組んだという。また、時々、宮さまの部屋に来てはパソコンの知らない機能を宮さまに教えてくれることもあったという。

 さらに、宮さまは「人への思いやりや感謝の気持ちを忘れないでほしい」「皇族として、というよりも一人の人間として立派に成長してもらいたい」とも話している。こうした基本さえおさえていれば、あとは子供たち一人一人の個性を思い切り伸ばし、伸び伸びと育てよう、というのが「秋篠宮流子育て」ではなかろうか、と私は考えている。

( 後編 に続く)

「結婚はあくまでも本人次第」が秋篠宮家の教育の成果 眞子さまと佳子さまは夜遅くまで2人で話し合うことも へ続く

(江森 敬治/文藝春秋 SPECIAL 2012年春号)

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