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哲学者・土屋賢二が語る、妻という“永遠の謎”

文春オンライン / 2021年10月2日 11時0分

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土屋賢二さん

 哲学者・土屋賢二さんによる「週刊文春」の人気連載「ツチヤの口車」。老若男女を問わず国民的に愛されるユーモアエッセイの連載は、今年で25年目を迎えた。初の愛蔵版『 妻から哲学  ツチヤのオールタイム・ベスト 』の刊行を記念した特別インタビュー。

◆ ◆ ◆

こんな“逆境”に耐えられる人間とは思っていなかった


――1997年の新年号から続く「ツチヤの口車」は、「週刊文春」のなかで林真理子さんに次ぐ、超長寿連載ですね。

土屋 何をやっても三日坊主だった僕がこんなにも長続きしたんだから驚きです。理由は不明です(笑)。ほかに長く続いたのは大学くらいですが、お茶の水女子大に勤めてた頃はときどき仮病つかって休みをとっていたのに、週刊文春の連載は一回も休んでいない。自分が入院した時も、学部長でとんでもなく忙しかった時も、両親が亡くなった時も。我ながらこんな“逆境”に耐えられる人間とは思ってませんでした。

――“逆境”ですか!?

土屋 一番の苦労は何かって、とにかく書くことがなくなってしまうこと。まじめな内容じゃないぞとわかってもらうために、最初「棚から哲学」というタイトルでスタートしました。最初の数回は書くことがあったんですけど、その後何を書いたらいいのか全く出てこない。毎日大学との往復なので、面白い出来事が起こるわけもなく、毎週毎週いよいよ土壇場になってからでっち上げるスタイルで、よくもまあ24年続けてこられたと思います。

連載が思いのほか好評だったことには心底驚いた

――連載スタートの当時、日本で哲学者のユーモアエッセイというジャンルはなかったですよね。

土屋 僕のようなスタイルで書く人は全くいなくて、僕の女房とか弟とかに読ませても「なにこれ?」みたいな反応でした。だから全く自信がなく、当時の「週刊文春」の編集長もはじめは「だれがこんなもの読むんだ?」と連載にあまり気乗りしていなかったみたいです(笑)。連載が始まって思いのほか好評だったことには心底驚きました。

――先生の文章の、ある種欧米的なユーモアのセンスはどこから来ているんでしょうか。

土屋 僕が一番好きなのはマーク・トゥエインですね。日本では『トム・ソーヤの冒険』や『ハックルベリーの大冒険』がよく知られていますが、彼のエッセイがめちゃくちゃ面白いんですよ。例えば、ある大学の卒業式への祝辞で「皆さん、これから社会に出るにあたって、ことわざのように(早寝の)子羊と一緒に寝て(早起きの)ヒバリと共に起きることが重要になります。でもこれは、簡単なことです。ヒバリは訓練次第で遅起きになりますから」と語ったり(笑)。

毎日、判で押したような生活

――エスプリが利いてますね。

土屋 ほかにも、「船に乗ったら、船酔いで最初はもう死ぬんじゃないかと思った。しばらくすると、船酔いがひどくて、もう死ねないんじゃないかと思った」とかね。

 マーク・トゥエインはいろいろな旅行記を出しているんですが、その中の一節です。あと好きなエピソードが、フランス人がアメリカの歴史が浅いことをバカにして、「アメリカ人は自分の先祖が誰であるかを知らない」と言ったら、マーク・トゥエインは「フランス人は、自分の父親が誰であるかを知らない」と切り返すんです。フランスで不倫が横行しているのを皮肉ったんです。この種のユーモアは、日本にはあまりないセンスです。

――うまいですね(笑)。先生の場合、とくに奥様をめぐるユーモラスな描写が冴えわたっていて、反響が大きくなっていきましたね。

土屋 いきおい妻の登場回数が増えていったのも、周りに面白い出来事がさっぱり起こらないからなんです。毎日、判で押したような生活だから、妻に叱られたとか、妻の言動にびっくりしたとかそんな話がネタとして増えていった。

 妻の機嫌を取ろうと思ってドラ焼きを2つ買って帰ったら、「1個でよかったのに」。えっ?「私の分だけでよかったのよ」と言われたりして(笑)。

最高に面白い奥様

――なかなか手厳しい扱いですね。

土屋 いやもう、本当にね。しばらく前にある早朝のラジオ番組で、まぁ、誰も聞かないだろうって思って妻のことを喋ったんですよ。日々のふるまいについて。担当ディレクターが、「本当にいまだかつてないくらいに共感のメッセージが沢山来ました」と言うから、これでやっと僕の立場を理解してくれる人も増えたかと思って「それは僕の立場に対する共感ですよね?」って訊いたら、「いえ、全部奥様に対する共感ばかりです」と。

「これからは奥様のようになりたいと思います」とか「私は、いつも夫の歯ブラシで掃除してますが奥さまに憧れます」みたいなメッセージばかりで、ひどいんですよ(笑)。

――アハハハハッ。奥様の傍若無人な振る舞いに拍手喝采だったわけですね。

土屋 僕の話を読んだり聞いたりすると、「今まで家庭で気をつかいすぎていた」「遠慮せずにもっと自分の好きなように生きればいいんだ」って思うらしいです。

――『妻から哲学』にも楽しいエピソードが沢山出てきますが、焼きそばをつくってそばを入れ忘れたとか、メインディッシュがひじき煮だとか、前日に作ったラーメンをお客様に出すとか……最高に面白い奥様ですよね。

土屋 他人事だから面白がってられるんですよ。とにかく常識がないっていうかね。それにパッと気付かずパクパク食べてしまう僕も僕なんですが。

「女の心理だけは謎だ」

――飄々とこんなもんかな?って受け止めている先生も哲学者らしくておかしいです。古来より、ソクラテスをはじめ哲学者は妻に苦労してきたイメージがありますが。

土屋 そもそも哲学をやっている人間はまわりから理解されにくいんですよ。なんで、そんな七面倒くさいことを一生かけてやろうとするのかと。とくに妻側から見ると、本当にこいつは大したことのない人間と思えるんでしょう(笑)。

――哲学がなかなか解けない永遠の謎に向かって考え続ける学問だとしたら、「妻」もまた解けない問いのひとつですか?

土屋 それは本当にそうです。かのフロイトは、人間の心理はすべて解明したと自負していましたが、それでも「女の心理だけは謎だ」と言い残して死んでるんですよね。

 昔、僕の教え子の柴門ふみが言ってたんですが、子育をしていて男の子は本当に可愛い、「お母さんのことが世界で一番好きだ」って言ってくれる。ところが女の子は、3つくらいになったら、もう何を考えているのかわからない、と。

 男女の心の機微を熟知した漫画家でさえ、自分の娘の心はわからないんです。多くの女の子は2、3歳の頃から論理的能力が高いし、まわりをやり込める力がすごいし、男は全然かなわない感じがしますね。

話題が地雷だらけ

――長年のご経験を踏まえて、妻とうまくやる秘訣を教えてください。

土屋 何十年も模索してきましたけど、まだ模索中です。これかなと思って実践していると、妻の逆鱗に触れたりする。秘訣があるなら教えてほしいものです。男というものは、自分の奥さんがこうあって欲しいというイメージがあります。少なくとも結婚当初は。でも、絶対に自分の思い通りにはなりません。相手が自分の意のままにならないのなら、自分が相手の思い通りになればいい。これで7割は叱られなくなる。

 僕は、これを言うと怒るだろうなってことは絶対言わないようにしてますし、こんなことでも怒るんだという新しい発見が週に一回はある。怒られたらすぐに引き下がります。すでにこれ以上ないぐらい引き下がっているんですが(笑)。

――なるほど!

土屋 安全な話題って限られてくるんですよね。もう地雷だらけだから、天気の話題くらいしかなくて、「今日はなんか寒いね」と言うと、「いや、暖かいじゃないの」って。「あれっ、じゃあ僕の体の具合が悪いんだ」と、天気の話ですら僕は妥協しています。絶対に逆らわない。

――土屋流〈人間関係の極意〉とも言えますね(笑)。本書の幸福論の部分も、多くの人が笑いながら心に染みると思います。

土屋 これは僕自身の体験から来ていることなのですが、今日はなんでこんなに気分がいいんだろう、はずんだ気持ちなのだろうと考えたときに、「あ、今日は大谷がホームラン打ったからだ」「近所の猫と目があったからだ」と、ささやかな偶然が重なっていることに気づくんですね。何でもない偶然のなかに幸福は宿る。

幸福に必要なのは、「何でもない小さな偶然」

 逆にいうと、「なんか、今日は気分が悪いな」「今日は何となく不幸だな」と思う日も、近所の犬に吠えられたとか、喫茶店のウェイトレスの愛想が悪かったとか、たんに細かな偶然が重なって作られている気分も多い。深刻に人生を悩んでいる人でも、宝くじが当たったら一挙に問題を忘れちゃうでしょう。

 古今東西の哲学で、意外にこの「小さな偶然」という要素を考慮にいれた幸福論ってないなと思ったんですよね。

――幸福に必要なのは、「何でもない小さな偶然」という視点は新鮮でした。あるいは人生相談のエッセイでは、チビ、ハゲ、孤独といった悩みに対して、すごいおかしく答えていますよね。ある種、悩むこと自体がバカバカしくなるような風通しのよい言葉で。

土屋 僕の人生相談は、相談者を叱りつけたり、ここが間違ってるとかこう考えろとは一切言いません。今悩んでいるなら、「なぜそんなことを悩まなきゃいけないんですか?」と投げかける。「実は何も悩むことはない」ことに本人に気が付いてもらうのがいい。

悩みそのものへの疑問は、哲学の問題の解き方と似ている

――悩みそのものに対する疑問を投げかけて、問いや問題の意味を問うのはとても哲学的なアプローチですよね。先生が長年ハイデガーやウィトゲンシュタイン研究に取り組んで、哲学的問いそのものへの懐疑を持ってきた知的スタンスとも重なります。

土屋 そうかもしれないですね。今はとくにコロナ禍で多くの人がいろいろな問題で悩んでいますが、なぜ悩まなくてはならないのかをよくよく考えてみるとよいかもしれません。問題や困難があれば、対応策を考えて実行するしかない。対応策がなければあきらめるしかない。悩むだけよけいです。

 悩んでも仕方がないのに、なぜ悩むのか。何を期待して悩むのか。そこに哲学的興味があります。

 だいたい本人が思い悩んでオレは不幸だなとか、情けないなと思うことって、じつは客観的に見たらけっこう可笑しいことです。僕は転んで痛い思いをしたり、赤っ恥をかいたり、妻から無茶苦茶なことを言われたりしたら、「連載1回分得したな」って思うようにしています。そうしているうちにそういう出来事が起こると笑えるようになります。どこが可笑しいのか分かりませんが(笑)。

 そんなユーモアが読者のなかに生まれたら、不要不急のこの本にも意味があるかもしれません。たぶん意味はないでしょうが(笑)。

土屋賢二(つちや・けんじ)

1944年岡山県生まれ。神戸市在住。東京大学文学部哲学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学。お茶の水女子大学名誉教授。専攻はギリシア哲学、分析哲学。哲学研究の傍ら『ツチヤの貧格』『妻と罰』など、ユーモアとアイロニーあふれるエッセイが話題を呼ぶ。1997年新年号より続く、「週刊文春」の長寿連載「ツチヤの口車」は国民的に親しまれている。最新刊は『不要不急の男』。

(土屋 賢二/ライフスタイル出版)

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