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「そうそう、今、TikTokに上げた動画がバズっちゃってるんだよ」横浜市長選で見えた“オンライン”ד選挙”のリアル

文春オンライン / 2021年10月6日 6時0分

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長時間の演説でも聴衆の足を止めさせていた演説上手の田中康夫 撮影=畠山理仁

“板橋区”の候補者が“愛知県民”を支援!? 過去2番目の低投票率だった「都議選2021」 での思いもよらぬ“選挙運動”とは から続く

 コロナ禍により人と人との接触に障壁ができた今、物理的なタッチポイントを作りにくい有権者に対し、インターネットのさまざまなプラットフォームを介して接触を図る候補者が増えているという。

“DX選挙”と標榜する候補者もいるほど浸透しつつある“オンライン”ベースの選挙運動は、実際にどのように行われるのか。フリーランスライターで開高健ノンフィクション賞受賞作家の畠山理仁氏の著書『 コロナ時代の選挙漫遊記 』(集英社)より、一部を抜粋。候補者の腐心の数々を紹介する。(全2回中の2回目/ 前編 を読む)

※文中敬称略

◆◆◆

選挙事務所などにみたコロナ禍選挙ならではの変化

 今回の選挙では、コロナ禍ならではの大きな変化も感じた。それは選挙事務所の場所だ。

 通常の選挙事務所は、多くの人が立ち寄れるように、通りに面した1階に設けられることが多い。

 田中康夫も元ホテルだった建物の1階を借りて選挙事務所にしていた。

 しかし今回の横浜市長選挙では、ビルの高層階に事務所を置く候補者が多くいた。山中は4階、小此木は5階、林は8階、松沢は6階だ。これは室内に多くの人が集まることを避ける意味でも新しい動きだと言える。また、街頭演説場所での運動員のマスクや、ビラ配りの際の使い捨て手袋も新たな常識となっていた。

 選挙事務所で画期的な取り組みをしていたのは福田峰之だ。福田は今回、「DX選挙」を標榜。

 リアルな選挙事務所を設置するのではなく、インターネット上に「バーチャル選挙事務所」を設置した。オンラインでの活動だけでなく、街頭演説も毎日していた。

 リアルな街頭演説場所で福田に声をかけると、今回の取り組みを説明してくれた。

「従来の選挙事務所って、訪ねたことがありますか。ないでしょう。だけど、バーチャル選挙事務所は匿名でも気軽に入場OK。アバターもOK。政治家とチャットもできる。そうしたら、毎日50人ぐらいの若い人たちが訪れてくれるようになりました。こんなこと、これまでの選挙事務所では考えられなかったことです」

 福田は内閣府でIT担当の副大臣を務めたこともあり、選挙事務所内での完全ペーパーレスや、選挙ポスター掲示作業時のデジタル地図活用による大幅効率化も図っていた。SNSでは言及してくれたユーザーに素早く反応。エゴサーチもして1件1件リプライをしていたようだ。YouTubeにも150本の政策動画をアップしていた。作る方も大変なら、観る方も大変だ。しかし、動画はいつでも誰でも観られるため、長い目でみれば資産になる。

インターネットを活用した選挙活動

「私は今回、多くの人を集める決起大会も室内集会も一度もやっていません。政治家は、まず自分たちが密にならない仕組みを作ってやらないと、誰も言うことを聞きませんよ。これまで見たことない選挙だから、いろんな人に『なにやってんだ』とも言われました。でも、DX選挙がこれからの標準になるよ」

 福田の街頭演説には30人ほどの聴衆がいた。その中には年配の女性8人のグループもあった。そのうちの1人に声をかけると、85歳だと教えてくれた。やはり、ここにはインターネットを見て集まってきたのだろうか。

「いや、息子や娘はインターネットをやるけど、私はできないからね。今日はお友だちと誘い合わせて聴きに来ました。連絡手段は電話です」

 松沢成文もインターネットを大いに活用した。ウェブ上では漫画を使って政策を解説。『愛は勝つ』の替え歌『シゲは勝つ』をYouTubeで披露したり、テレビ番組『全力坂』(アイドルが坂道を全力で駆け上がる)を真似して松沢が横浜市内の坂を全力で駆け上がる動画を作ったりと、様々な方法で有権者との接触を試みていた。実際の街頭演説では、元神奈川県知事としての実績を紹介。経験と実行力をアピールしていた。

 太田正孝も毎日何度もツイッターで思いの丈を更新していた。実際の太田の語り口は落語のようで、聞いていて心地良いリズムがある。名刺交換をした翌日には直筆の手紙が送られきた。さすがは市議会当選11回、40年のキャリアを持つ政治家だ。坪倉良和は「1円も使わない選挙」を実践していた。ポスターも作らず、掲示板には1枚も貼らなかった。しかし、有権者から問い合わせがあると、一人ひとり丁寧に直接本人が対応していた。

 私が話を聞きたいとフェイスブックのメッセンジャーでたずねると「早い時間に会いましょう」との返信がすぐに返ってきた。何時だろう? 私が詳しい時間をたずねると「4時半がベスト」だという。午後ではない。午前4時半だ。坪倉の仕事場は横浜中央卸売市場内にある。選挙中も市場の広報活動をボランティアで引き受けているため、朝がものすごく早かった。

 連絡した翌日午前4時半に市場を訪ねると、坪倉は市場で行われるセリなどを案内しながら、選挙に立候補することの素晴らしさを語ってくれた。

「私はお金をまったくかけない選挙を実践することで、これまで選挙に行っていない63%に語りかけている。立候補したことで他の候補者とのつながりができたから、選挙後も意見を交えることができる。私がこのやり方でたくさん票を取れたら、新しい人たち、若い人たちが政治参加に希望を持ってくれる。コロナ禍の今は、最高のチャンス。新しいことに日々挑戦しているから、ワクワクしているよ。この選挙が終わっても政治活動は続けるつもりです」

 市場を一緒に歩くと、あちこちから「おう、市長」という声がかかる。坪倉が横浜市長選挙で提案した「食のパーク」は、現在、奈良県でプロジェクトが進行中だ。そこに坪倉も協力しているという。世の中には、ちゃんと見ている人がどこかにいるのだ。

「そうそう、今、TikTokに上げた動画がバズっちゃってるんだよ」

 そう言って坪倉が見せてくれたのは、坪倉がパンツ一丁の姿から徐々にスーツ姿に変身していく動画「イケおじ変身」だった。

「TikTokでは若者への浸透を図れたらと思ってるんだ」

 どの陣営もインターネットを活用していた。しかし、それが有権者に響き、実際の投票行動につながったかは不透明だ。ただし、コロナ禍の選挙では接触機会が限られる。インターネットを活用した選挙運動は不可欠なものになっている。

「ウソつき」は批判の範囲だが「クソババア」はいただけない

 選挙戦を取材していると、候補者の多様性はもちろん、有権者の多様性にも気づく。

 林文子の朝の挨拶を取材しているときには、通りすがりの女性が林に向かってこんな言葉を投げつけるシーンに遭遇した。

「ウソツキ! クソババア!」

 それでも林は顔色を変えず、駅に向かう人たちに手を振り続けた。

横行する「票ハラ」を止めなければ立候補者はいなくなる

 この女性が「ウソツキ」と言ったのには理由がある。林は前回選挙で「IRは白紙」と言って当選したが、その2年後、「IR推進」に舵を切ったからだ。女性の「ウソつき」という批判は、林の変節に対する批判だと思われる。これはまだ批判の範囲かもしれない。しかし、「クソババア」はいただけない。せっかく選挙に立候補してくれた人を攻撃することは、有権者の利益にならない。

 そもそも誹謗中傷で候補者を傷つける権利などない。批判は投票行動で示すのが民主主義だ。

 もし、「クソババア」という罵声も我慢しろということになれば、立候補してくれる人は確実に減る。女性がなかなか立候補してくれないのも、セクハラや「票ハラ」が横行する現状を見ているからだ。これはただちに改めてほしい。候補者の多様性が担保されないのは、権利を履き違えた有権者のふるまいも一因になっている。

 手を振る活動を終えた後、林はマイクを握って演説した。最初のテーマはIR。「誘致することで横浜市には1000億円の収入が入る」「カジノ部分は全体の3%」「施設の建設費は業者が出すので市の負担は一切ない」「ギャンブル依存症の心配もない」と自らの言葉で丁寧に説明した。足を止める人は少ないが、時々、「IR、やってください」という人がやってきてグータッチをする。男性もいれば女性もいる。

 この日の演説会が終了した後、林は車に乗って次の演説場所へと向かった。演説会場でスピーカーを片付けていたのは、林を支援する6人の自民党市議たちだ。私はベテラン市議の1人に「先ほど林さんが罵声を浴びせられていましたね」と声をかけた。

批判された「IR推進」を支持する層もいることに気づいた

「ああ、ウソツキ、クソババア、って言ってた女性ね。本当に困ったもんだ。お前がクソババアだろ! って思うよ」

 私は絶句するしかなかった。選挙戦最終日に林があざみ野駅で行った演説も見に行った。すると、そこでも驚くべきシーンを目撃した。演説終了後の林に「カジノはやったほうがいい」と声をかけてきた男性の顔に見覚えがあったからだ。

「あ! 加藤さん!」

 その男性は2021年3月の千葉県知事選挙に立候補した加藤健一郎だった。加藤は政見放送で「私の現在の夢は千葉県知事に当選して、小池百合子氏と結婚することです」と打ち明けて大きな話題となった人物だ。その加藤がなぜここにいるのか。

「まったくの別件で知人を訪ねて来たら、偶然、林さんの演説に出くわしたんです」

 本当に選挙は何があるかわからない。

 林は投開票日に行った敗戦の弁で「2年前にIR推進の記者会見をしてから反対の嵐の中で生きてきた」と言っていた。しかし、選挙で政策を説明することで、「IRやってね」という声があることを再確認したという。なんと、そのうちの1人は横浜市長選挙の選挙権を持たない加藤だった。

(畠山 理仁)

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