1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

姉妹の病気、家業を継いでほしい父とのバトル… 33歳IT企業の女性社員が、奈良県で“サウナ付きホテル経営”に“転身”した理由

文春オンライン / 2021年10月12日 17時0分

写真

 名古屋駅から電車に揺られ90分。近鉄名張駅から送迎車で山中に入って行く。

 見えてくるのは手つかずの自然が残る集落、山添村。

 急な坂を登ると視界が開け、そこに佇むのは美しくリノベーションされた古民家。

 裏の庭には薪ストーブのフィンランドサウナ。

ログハウスの木の香りと、優しいあたたかさ

 ひとたびサウナ室に入ると中は真っ暗で、温度はそれほど高くない。しかし、じんわり体の内側から暖まり、ゆっくり汗が出てくるのがわかる。かすかに聞こえる薪の燃える音。

 ロウリュをすると蒸気がゆっくりと立ちのぼり、ログハウスの木の香りと、優しいあたたかさに身体全体がくるまれていく。

 

 良質で冷たすぎない水風呂に入り、ほっと一息つく。サウナ小屋外壁の階段から屋根にのぼり、椅子に腰を下ろす。眼前には墨絵のようなシルエットが連なる山々。

 眼下には郷愁を誘う集落がひっそりと肩寄せあうように佇んでいる。ここはさながら天空の城。

 

圧倒的なロケーションで究極にととのう

 澄んだ空気に包まれ、目をつぶれば遠くで聞こえる鳥の声、虫の音。

 人間の生物としてのDNAが呼び覚まされ、種として本来の姿に戻っていく感じすら覚える。

 そして、今自分がどこにいるのかすらわからなくなっていく…。

 圧倒的なロケーションと美しい思想で古民家を改装した唯一無二の宿泊施設、ume,yamazoe。

 33歳のオーナー、梅守志歩の人生も波乱万蒸だった。

家族のために、断腸の思いで家業を継承

「私は四姉妹の三女で、一番上の姉が私が20歳の時に後天的な重度の精神障害を患い、その2年後に妹が白血病になりました。姉と妹が病気だったこともあって、幸せな家族が増えるようなことを自分の仕事を通して実現したいという思いがずっとありました。社会や未来の前に、目の前の人をハッピーにしたいと思っていたのです。

 大学時代には京都の結婚式場で3年半ぐらい働きました。結婚式の仕事は家族を作る原点だと思っていたし、大好きだったんです。でも結局結婚式の仕事には就職できず、IT系の不動産の仕事に就職しました。ただ、父から、3年で辞めて実家の製造業に戻ってくれと言われていたんです。だから、『やれる事は何でもやりたいです』ってお願いして、ガムシャラに働いて賞も頂きました。そうしたら会社を辞めるときに、知り合いの方に、結婚式の企画会社を立ち上げるから手伝ってほしいと誘われました。

見える世界のギャップ

 もともと結婚式の仕事をやりたかったので、立ち上げの2,3年だけ一緒にやって実家に戻るといった選択肢はないかなど、父と揉めに揉めました。結局、『絶対あかん』って言われて、本当に嫌々実家に戻って(笑)。もう少し外で自分の力を試したかった。今思えばすごいおこがましい話なんですけど」

 家業は奈良市に拠点を持つ『梅守本店』。1994年、父・康之と母・節子が創業した寿司製造販売の会社である。今をときめくIT企業から地元の製造業への転職。見える世界のギャップは、若き日の梅守を大いに悩ませた。

毎日が父との戦い

「寿司の製造業って全然利益が出ないんです。買いたたかれるし、原価もかかるし。『どこかでもっと違ったキャッシュポイントを作らないと会社としてまずい』と、会社や父親に対して憤っていて、本当に天狗の状態で戻ってきました。

 もともと何千万単位のお金を動かしてきたのに、1日10万円程度の売り上げの店舗に立って一日が終わっていく。大きな企業でやってたことを自分の力と過信してたんですよね。だから、毎日が本当に父との戦いでした。でも姉妹が病気だったので、後継者は私しかおらず、父も必死だったんだと思います」

 時には蕁麻疹も出るくらい、心身共に追い詰められながら働いていた梅守に転機が訪れる。

 それは、寿司製造販売から寿司体験ツーリズムへの事業拡大だった。

当時はお客さんが多くて1日1000人

「当時、お寿司の製造だけだではなかなか利益出ないので、障がいを持った方や、子ども会、高齢者施設などを対象に、自分で握って食べるお寿司の体験教室を行いたいと父は考えていました。自分の姉妹もそうでしたが、特に重い障がいの子が楽しむ場所は少ないんです。そういう方たちが普段はできない体験をする場所を作りたいと思い、お寿司の体験教室を始めたんです。

 その当時、日本中がインバウンド需要を見込んでいたタイミングだったので、奈良県も、ホテルやレストランなどの事業者を集めて、各国の旅行会社さんを巡り営業を進めていました。それに参加してこいと父に言われ、両親に聞き取りをして、企画書を書いて英訳しました。初めて行ったのが香港の営業だったんですけれど、まだ全然中身も固まっていませんでした(笑)。

 でも、2、3カ月後に海外のお客さんが来ることが決まり、ドタバタで寿司体験『うめもり寿司学校』を始めました。そうしたら、多くて1日1000人くらいのお客さまがいらして、すごく成功したんです。自社商材と職人で行うので製造原価はほとんどかかりませんし、寿司はお客様が自分で握られる。“教える”という業態に変えただけで、非常に会社の利益が改善しました」

環境が変わり、仕事がどんどん楽しく

 父・康之の「障がいやハンディがある人々も楽しめる場所を作りたい」という想いが梅守の能力を開花させる。康之は梅守の持ち前の度胸とコミュニケーション能力の高さを見抜き、信頼して営業を任せ、梅守もその想いを受け止めた。

「その後、奈良、京都、東京、大阪と4店舗の展開をしました。ある程度の事業規模に育ったので、忙しくてしんどかった。でも、海外営業にも行けるようになり、駅の中の店でお寿司を売っていたときとは環境が変わり、仕事が楽しくなっていきました」

仕事への手ごたえと地元への意識の芽生え

「そのころ、旅行会社さんがインバウンド向けに神社仏閣だけではない企画を求め始めていました。私も山添村の中で何かできないのかな? と思い始めていたので、タイミングがちょうどマッチしたんです。そこで、村の農作物の収穫体験や、お茶の淹れ方の体験ツアーの資料を作って旅行会社に配りました。それを見たイギリスの大手の旅行会社さんが、このような田舎体験をツアーの中に組み込みたいってお声がけくださったんです。

 そのときに私は、近所の高齢の方に力をお借りしたんです。今まで観光の場所には参加されなかった、近くのお茶農家の方などを、私が責任をもってコーディネートしました。そうしたら、全世界の英語圏の人たちが集まってくださって、2週間のバス旅の一つの名所として、うちに来てくださるようになりました」

 あれだけ嫌だった仕事に少しずつやりがいを見出していく梅守。変化のきっかけとなったのは、価値観の違う人々との出会いだった。

「うちは寿司製造メーカーなので、薬師寺とか東大寺といったお寺さんがお客さんにいらっしゃるんですよね。寺の跡取りって大体世襲なので、私と世代の近いお坊さんたちは、どこか感覚的に共通するものを持っています。その中の1人に村上定運さんという方がいらっしゃいました。定運さんが、『自分のいる環境は変えられへんから、今いる環境をどう楽しく生きるかという考え方に、思考回路を変えたほうがいいよ』って話をしてくださった。はっとしました。

自然と共に暮らしたい

 もう一つのきっかけは、私の師匠でアーティストの岡本亮さんという方です。奈良の移住促進施設にたまたまアユ突きに来ていらして、仲良くさせていただくようになりました。私はアラスカを撮り続けた写真家の星野道夫さんの本に感銘を受けて以来、自然と共に暮らしたいと考えていたんです。師匠は現代アーティストなんですが、若い頃から、アラスカで川下りをしたり、川や海で生き物を獲って食べたり、楽しみながら山や森のエネルギーを日常に変えているんです。だから、宿泊施設ume,yamazoeをこの場所でやりたいと思ったときに、岡本さんなら核心を突いたアドバイスをしてくださるだろうと相談しました。建築士さんを紹介してくださったり、岡本さんのおかげで素晴らしい施設を作ることが出来て感謝しています」

 アラスカに生涯を捧げた星野道夫も、サウナが好きだった。

 ネイティブアメリカンの儀式、スウェットロッジ。いわゆる昔ながらのサウナの中で、薬草でロウリュをし、神聖なる祈りをささげる。この体験を通して、星野道夫はアラスカの地で生きていくことを再確認したという。

「星野道夫さんの『旅をする木』という本には、世界を見る目線や自然を掴む感覚が、すごく美しい文章で綴られています。自然に囲まれた場所で穏やかな気持ちで世界を見ることができれば、定運さんに言われた『今その場所を楽しく生きる』ということに近づけそうな気がする。だから山添村に住めないかなと考えだしたのが26歳ぐらいのときです。その頃は寿司の営業からツアーコーディネーションまで、毎日、日付が変わるくらいまで働き続けていました。その最中に村に引っ越し、実家との二拠点生活を続けていました。すると、2日前と戻ってきた日で、少しだけ咲いてる花が変わっていたり、すごく星がきれいに見えたり、時間の中で変化していくものに気がつけるようになってきたんです。そんなこともあり、もっと山添村で仕事がしたいなって思い始めました」

 自分心の中にあることにまっすぐに、それを仕事にしていく。

 その信念と実行力は、父・康之から受け継いでいるように思える。

 そして梅守はume,yamazoeの開業にむけて走り始める。

【続きを読む 「ただの雑木を近所のおっちゃんから買って、火入れに2時間半もかけてた」 サウナ経営初心者の33歳女性が“人間に戻る”ために作った“天空の城”】

INFORMATION

住所:奈良県山辺郡山添村片平452
HP: https://www.ume-yamazoe.com/information
お問い合わせ:
予約の空き状況や、サウナのお時間の確認、その他お問い合わせは LINE公式アカウント より受付ております。

「ただの雑木を近所のおっちゃんから買って、火入れに2時間半もかけてた」 サウナ経営初心者の33歳女性が“人間に戻る”ために作った“天空の城” へ続く

(五箇 公貴)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング