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「NHKではこんないい加減な方法がまかり通るのか」 再現セットなのに“自宅のような演出”

文春オンライン / 2021年10月12日 6時0分

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「さよならテレビ」(平凡社新書)。制作の軌跡をたどる文章は超一級品で味わい深い。なかでも、2018年に亡くなった樹木希林さんのエピソードは名女優の知られざる一面も描写

「NHKではこんないい加減な方法がまかり通るのか? これまでもこういうウソをついて番組を制作してきたのか。これまでにどれだけ『再現』風のドキュメンタリーを放送してきたのか。そう考えると恐ろしくなる」

 筆者の取材にこう不信感を露わにしたのは、阿武野勝彦さん。

 もしテレビ業界にいながら「東海テレビのアブノさん」を知らない人間がいたら、「モグリ」だと断言してもいい。『ヤクザと憲法』『平成ジレンマ』『人生フルーツ』『さよならテレビ』など様々なドキュメンタリー番組を手掛けてきた名プロデューサーだ。

 その阿武野氏が著書「さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ」(平凡社新書)の中でNHKに対して「ドキュメンタリー論争」を真っ向から挑んでいることが、テレビ関係者の間でちょっとした話題になっている。

アブノさんが提起したNHKへの疑問

 ドキュメンタリーとは何か、テレビとは何か。いつも考えながら後輩のディレクターらを叱咤激励して奮戦した記録がこの本だといえる。批判の筆致は、自らが所属する会社の経営者、「マスゴミ」とか「オワコン」などと呼ばれるようになったテレビの現状そのものにも容赦なく向かっていく。

 彼が問題視しているのは、2007年に起きた名古屋闇サイト殺人事件をめぐるNHKのドキュメンタリー番組『事件の涙 Human Crossroads――同じ空を見上げて “闇サイト殺人事件”の10年』(2017年12月27日放送)だ。

 事件を振り返ると、2007年8月24日、名古屋市千種区の路上で、帰宅途中のA子さん(著書では実名、当時31歳)がインターネットの闇サイトで集まった男3人に拉致、殺害されて山中に遺棄された事件だ。冷酷非道な犯行に母親のB子さん(著書では実名)は加害者全員の死刑を望んだ。「1人の殺害は無期懲役が妥当」という判例がある中でB子さんは街頭に立って33万筆を超える署名を集めた。一審判決は2人が死刑、1人が無期懲役という結果だった。

いつかB子さんに寄り添った作品を制作してお詫びしたい

 東海テレビでは阿武野氏の指揮の下で齊藤潤一ディレクターがB子さんの裁判の過程を追っていた。2009年に『罪と罰~娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父親~』というドキュメンタリーを放送した。

 しかし、阿武野氏の記述によると、ディレクターだった齊藤氏にとっては「B子さんが望む番組ではなかった」という思いを抱え続けることになったという。「それを『胸のつかえ』と言い、『いつかB子さんに寄り添った作品を制作してお詫びしたい』と考えていた」。これをドキュメンタリー・ドラマ『おかえり ただいま』(2018年12月『Home~闇サイト事件・娘の贈りもの~』として放送。20年9月ロードショー)として結実した。

 そんな制作過程の中にいた東海テレビのメンバーが視聴することになったのが、NHKの『事件の涙』だった。「世間に衝撃を与えた事件の陰にある、人々の涙を描き出し、現代社会を映し出す新感覚のドキュメンタリー」(NHKオンデマンドの説明より)として2017年に始まった番組だという。

 ところが阿武野氏は、〈番組を観ていて、これまでのドキュメンタリーでは感じたことのない気持ちの悪いシーンに遭遇した。それはB子さんの家の中の場面だった〉と著書に記している。

 殺害されたA子さんは、自分たちの家を持つという母親の夢のために、コツコツ貯金し、犯人たちの脅しにも屈せず、キャッシュカードのウソの暗証番号を教えて、家の購入資金を守り抜いた。そうした「B子さんの家の中は、娘の気持ちで溢れていると感じて」いて、スタッフも「家の中の様子が娘のA子さんの不在を表現するのに百の言葉より雄弁であることを痛いほど知っていた」が、B子さんは家の中の撮影を固辞したという。

なぜ「部屋の中の映像」を撮影できたのか?

 東海テレビがずっとできなかったB子さんの「家の中の撮影」がNHKの『事件の涙』では撮影できていた。

 阿武野氏は書いている。

〈なぜB子さんの家の中の撮影ができたのか。信頼関係の深度の違いだということなら、それはそれで納得だった。しかし、そうではなかった〉

 番組に映し出されていたのは、B子さんの家の映像ではなかったのだ。

〈部屋は、ウィークリーマンションのようなところを借り、観葉植物やカレンダーはB子さんのものを運び込んで撮影したというのだ〉と阿武野氏は断定的に書いている。

生活感のなさがばれてしまう

 番組ではB子さんが台所のシンクで皿を洗うシーンが登場する。リビングのテーブルにスーパーのトレイのポテトサラダ、牛肉コロッケ、弁当、ペットボトルのお茶などが映し出される。B子さん越しに窓際の植栽とテレビの映像。ところが、映像ではロングショットで部屋全体を見渡せるカットがない。

〈生活感のなさがばれてしまうことを、このスタッフは知っているからだろう〉と阿武野氏は書いている。

 改めて自宅の場面に注目して番組を見てみると、B子さんが回転式の写真立てを手で回しながら最愛の娘の写真を愛おしそうに眺める場面などが出てくる。そして、「B子さんが大切にしてきた写真立てにはもうこれ以上、A子さんの思い出を飾ることはできない」というナレーションが添えられている。

 また、B子さんが台所付近で洗い物をし、食卓テーブルにスーパーなどで購入したと思われる弁当を広げて食事をする場面では、次のようなナレーションがあった。

「B子さんは事件の後、自宅マンションを購入した。(中略)『お母さんに家を買ってあげたい』とA子さんはコツコツお金を貯めていたという。A子さんが犯人から命をかけて守ったのは母親のための貯金だった」

「娘が生きた証に買った自宅。A子さんの不在がB子さんをより苦しめた」

 視聴者は、この部屋がB子さんの自宅ではないとは誰も思わないだろう。にもかかわらず、「再現」「セット」などといった、自宅以外の場所で撮影したことがわかるテロップは一切ない。

ニセの日常を演出することなど考えられない

〈「娘が命がけで守った」大切な家は、偽装したニセモノであっていいはずはない〉〈ニセの日常を演出することなど考えられない〉と阿武野氏は怒りを込めて綴っている。

 阿武野氏は、このNHKの「セット」シーンについて放送批評の月刊誌などに書いたが、NHK側から反論が寄せられることはなかったという。〈個人的にも、組織的にも返答がないということは、黙認と考えるしかない〉と綴る阿武野氏。

〈NHKがこれまでの番組でも繰り返してきた常套手段なのではないか〉〈この番組のこのシーンも、セットだったのではないか〉と疑念をふくらませる。

 2020年10月にNHKの研修教育を担当する外郭団体から、プロデューサー・ディレクター研修会の講師をしてほしいという依頼が阿武野氏に来た時に、阿武野氏はチャンスだと考えて「再現」とは何かについて『事件の涙』のスタッフも入れて議論することを提案したのだと明かしている。結局、提案は容れられず実現せずに終わったという。

「再現」シーンなのに「再現」と明示しないのは放送倫理違反?

 阿武野氏がNHKの番組に感じた違和感は、筆者も共有する。一般的にドキュメンタリーを作る立場になると、できる限りのリアリティーある映像を番組内に映し出そうとする。それゆえ、実際には「再現」であっても「再現」とは明示したくないという心理が働いてしまう。

 それゆえに後から放送倫理が問われる事態になってしまうことも少なくない。2014年に放送されたNHK「クローズアップ現代」の『追跡“出家詐欺”~狙われる宗教法人~』をめぐり、いわゆる「やらせ」なのではないかという週刊文春の報道を受けて、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会が2015年11月に「重大な放送倫理違反があった」と結論づけた意見書には、近年の「視聴者の厳しい視線」を意識して以下のような記述がある。

〈カメラの前でその相談を再現するのは、「事実の再現の枠をはみ出した、事実のねつ造につながるもの」ではなく、その場面をどのように撮影し編集するかは演出と編集の適切さの問題だというだけでよいのだろうか。報道番組を見る視聴者の視線はもっと厳しい。視聴者は、伝えられた情報の内容が事実と乖離し、そのような場面が出来上がる過程に番組制作者の関与があった場合には、番組に不信を抱く。その事実との乖離と制作者の関与が大きければ大きいほど番組への信頼は揺らぎ、やらせではないかとの指摘を受けることになる〉( 2015(平成27)年11月6日 放送倫理検証委員会決定 第23号 )

 この放送倫理検証委員会の決定文は、NHKが独自に公表した調査報告書やその判断基準になったガイドラインでの「『いわゆる「やらせ」』の概念は視聴者の一般的な感覚とは距離」があることを指摘。「もっと深刻な問題を演出や編集の不適切さにわい小化することになってはいないかとの疑問」を投げかけている。

「自宅の映像」はこのドキュメンタリーにおける「キモ」

 阿武野氏の指摘する「再現」シーンをこの放送倫理検証委員会の決定文にならって評価してみると、やはり「放送倫理」を問われかねないケースだったように思う。

 最近では、2019年の日本テレビの『世界の果てまでイッテQ!』の世界の祭り企画をめぐる問題で、もともとは現地に存在しない祭りが番組のためにセットされたことを明かさずに放送を繰り返していた点をBPO放送倫理検証委員会が「放送倫理違反があった」と判示したケースに照らしても、議論の余地があることは間違いない。

 阿武野氏が記しているように「自宅の映像」はこのドキュメンタリーで「キモ」の映像であったことは間違いない。それだけにそこになんらかの「セット」や「再現」が含まれていたのであれば、それを正直な形で明示するのが放送におけるフェアな表現というものだろう。

 それを明示しない表現でも「許される」と考えるのかどうか。それぞれの制作者や組織の「ドキュメンタリー観」や「テレビ観」に大きくかかわってくる。それだけに放送倫理違反かどうかを堅苦しく問うのではなく、視聴者と制作者が一緒になってドキュメンタリーやテレビという表現の可能性を議論する機会をつくることにつなげられればいいと思う。

 文面を見る限り、阿武野氏も「ドキュメンタリーとは何か」について、構えることなく胸襟を開いて議論したいと主張しているように感じる。あえてこの問題を自分の著書に記した阿武野氏の真意もそこにあるのに違いない。

 この著書にはいたるところに「ドキュメンタリー愛」と「テレビ愛」に溢れている。それゆえに、ときに自分の会社の同僚や上司、さらに同業者に対してもかなり手厳しい。

 テレビが若者たちから「オワコン」として扱われている現在、もっと伝える側が互いに胸襟を開いて真剣に考えながら番組を制作していくべきだ。そうでなければ今後は視聴者から背を向けられて、もっと厳しい状況になるという阿武野氏の危機意識の表れなのだろう。

 文春オンライン編集部を通じてNHKに『事件の涙』について問い合わせたところ、以下のような回答があった。

「撮影は、ご遺族のプライバシーに配慮し、合意のうえ、ご自宅以外の場所で行いました。再放送時は、ご遺族と協議のうえ、『実際の自宅ではありません』とお断りのテロップを入れました。

 番組制作は、取材現場それぞれの状況を、総合的に判断したうえで行っています」

「自宅ではない」とテロップを入れてほしいと強くお願いした

 阿武野氏に改めて経緯を詳しく尋ねたところ、B子さんは東海テレビの取材班に対して次のように話したと言う。

「番組を見た友人から『B子さんの自宅じゃなくって、変だったね』と言われました。NHKから再放送の話が電話で来たので、『自宅ではない』と明記することを放送の条件にしました。ディレクターは『できないと思うが、上司と相談します』と言って電話を切りました」

 もしもB子さんが強く主張しなければ、NHKは、ウィークリーマンションのような場所に再現した“ウソの場所”をあたかも本物の自宅であるかのように放送し続けたことになる。

 番組制作については素人であるB子さんからしてみれば、NHK側が「再現シーン」であるとことわった上で放送してくれると信頼して再現シーンの撮影に協力したのだろう。もしそれをきちんと説明していなかったのなら、クローズアップ現代の“出家詐欺”のときにBPOなどに厳しく指弾された教訓がNHK内でまったく生かされてなかったことになる。

 NHKの回答文を読むと、NHK側が守ろうとしているのが、取材を受けたB子さんではなく、自分たちの身内ではないのかという疑惑が浮かぶ。番組の最後に「制作統括」として登場するのは「ワーキングプア」や「無縁社会」シリーズなどで放送業界では有名な制作者の名前だ。

 阿武野氏は憤っている。「亡き娘の命を、無駄にしたくないという気持ちで動いている取材相手に撮影上の御都合主義を合意だの、協議だのというのは言語道断です」と疑問を投げかけている。

「私たちには『放送人としての道』、つまり放送倫理というものがあってしかるべきだと思うのです」。この言葉はNHKの側には届かないのだろうか。

(ナンシー沖)

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