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《閲覧注意》「サナダムシを腸に寄生させて痩せた」とされるマリア・カラス伝説の真相

文春オンライン / 2021年10月15日 6時0分

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サナダムシが腸に寄生したとされるマリア・カラス。彼女に起きた変化とは? ©Getty

 人間の小腸に寄生することで知られる「サナダムシ」。かつて、サナダムシの幼虫を呑み込むことで減量する「サナダムシ・ダイエット」が話題になったことがあったが、本当に効果があるものなのか? サイエンスライターの大谷智通氏による新刊『 眠れなくなるほどキモい生き物 』(集英社インターナショナル、イラスト:猫将軍)の一部を抜粋。「サナダムシを寄生させて痩せた」とまことしやかに語られる20世紀最高のソプラノ歌手、マリア・カラスのエピソードを紹介する。

「サナダムシ」とはどんな虫か?

「サナダムシ」の名は誰しもが一度は耳にしたことがあるだろう。扁形動物門条虫綱に属する寄生虫の総称である。ヒトの小腸に寄生して10メートルもの長さに達する怪物のような種もいることから、古くから知られている寄生虫のグループだ。

 サナダムシという俗称は成虫の形が桐箱や武具などに用いられる平たい織紐・真田紐に似ていることに由来しており、テープのようでもあるから英語ではtapeworm(テープワーム)と呼ばれる。

 この寄生虫には、目も口も消化管もない。脳すらもたない。栄養は宿主の腸内で体表から吸収する。その体は頭節とそれに続く平たい片節からできていて、種によっては片節が数千も連なることがある。その一つひとつの片節に雄と雌両方の生殖器官がある。

 同じ片節内で、異なる片節で、または複数の虫の間で、来る日も来る日も生殖を行い、多い種では虫1匹が1日に100万個もの卵を産み出す。この寄生虫の本体は、いわば生殖器と卵のつまった平たい袋のようなものだ。

 ヒトを終宿主とするサナダムシのなかには、驚くほどの長さになるものがいる。代表的なのは、日本海裂頭条虫、有鉤条虫、無鉤条虫の3種だ。

 日本海裂頭条虫は、頭部の吸溝でヒトの小腸内に固着し、体長10メートル以上にもなる寄生虫界最大級の虫である。

 このサナダムシは海産の甲殻類(詳しいことはよくわかっていない)を第一中間宿主、サケ・マス類を第二中間宿主、ヒトやヒグマを終宿主としている。

 虫が大きいので下痢や腹痛などの症状が起きることもあるが、組織にもぐり込んだりはしないので無症状の場合もあり、肛門からきしめんのような虫体が自然に垂れ下がってきて初めて寄生に気づくことも多い。

 有鉤条虫は頭部に4つの吸盤と引き込み可能な多数の鉤を備えたサナダムシで、ブタを中間宿主とし、その生肉を食べたヒトに寄生して3メートルほどに育つ。

 このサナダムシも成虫がおとなしく寄生しているだけならヒトに大きな害は与えない。しかし、腸内でサナダムシの片節の一部が壊れると、中の卵からふ化した幼虫が全身にまわり、行き着いた先の組織で楕円形の囊虫(のうちゅう)に発育することがある。

 この囊虫が脳に寄生した場合には、脳を圧迫して、神経囊虫症という痙攣(けいれん)発作や麻痺、意識障害といった重い症状が現れ、最悪、死に至ることもある。

 無鉤条虫は頭部に4つの吸盤をもつが有鉤条虫のような鉤はなく、「カギナシサナダ」とも呼ばれる。

 こちらはウシを中間宿主とし、生焼けの牛肉やホルモンを食べることで終宿主のヒトに寄生し、その体内で6メートルほどに育つ。

 このサナダムシも症状は軽度の下痢と腹痛くらいだが、便といっしょに活発に蠢(うごめ)く片節が排出されるようになる。自分の体から毎日のように「蠢くマカロニ」が出てくるのだから、精神的なダメージは大きいだろう。

「サナダムシ・ダイエット」は実現可能か?

 これだけの大きさの生物を体内に飼っていれば、栄養をたくさん横取りしてくれて楽に瘦せられるのではないか――そう考える一部の人々は、サナダムシの寄生がダイエットに有効かもしれないと期待を寄せている。

 そんなサナダムシ・ダイエットの成功例としてまことしやかに語られるのが、あるオペラ歌手にまつわる都市伝説だ。

 その美貌と類いまれなる美声から20世紀最高のソプラノ歌手ともいわれるマリア・カラス。

 1951年12月に初めてスカラ座から呼ばれたとき、体重95キロだった彼女は、その3年後のシーズン・オープニングの時には、65キロになっていたという。実に、30キロもの減量である。

 背の曲がったみっともない鯨のような巨軀だったマリアを蝶のようにエレガントな女性へと変身させたものこそ、スイス人の医師から処方された「瘦せ薬」ことサナダムシの幼虫であった――という噂。

 しかし、これは「楽をして瘦せたい」と願う現代人の願望が産んだ俗説である。マリア・カラスの元夫ジョヴァンニ・バッティスタ・メネギーニの回顧録によれば、彼女はたしかにサナダムシに寄生されていた。

 1953年、彼女はホテルのトイレでサナダムシの体の一部を排出し、半狂乱になってバッティスタを呼びつけたというのだ。

 そして、彼女が瘦せ始めたのは、医師の処方した薬でこのサナダムシを体内から駆虫してからのことだったという。駆虫後の1週間で彼女の体重は3キロ落ち、その後も落ち続け、数ヵ月で20キロ近く瘦せた。

なぜ彼女は減量できたのか?

 医師と夫婦は、この変化はサナダムシの駆虫によって起こったものだと結論づけている。

 つまり、体内に寄生する怪物がいなくなったことで、彼女は心身ともに健康になり(肥満はおそらく精神的な問題からきていた)、結果として瘦せて美貌を取り戻したということになる。

 真相は、都市伝説とは正反対なのである。彼女はしばしば生肉を食べていたそうなので、寄生していたのは有鉤条虫か無鉤条虫だったのだろう。

 高度に進化した寄生虫の多くは、宿主にあまり大きな害を与えない。宿主に害を与えることは、自らの生存の可能性を減らしてしまうからだ。

 とはいえ、寄生虫は人体にとっては明らかな異物であり、いくつかのサナダムシは数ある寄生虫のなかでも規格外の長さ・容積であるから、まったくの無害であるとはとてもいえない。

 世界でも珍しい、寄生虫に特化した研究博物館である目黒寄生虫館には、全長8.8メートル、約3000の片節が連なった日本海裂頭条虫の標本が展示されている。機会があれば、その怪物じみた長さをぜひ自らの目で確認してみてほしい。もしも、自分の腸にこれだけの長さの生き物が居座っていたら――。

 サナダムシ・ダイエットは危険である。絶対に行うべきではない。サナダムシに寄生されてかりに体重が減ったとしても、それは瘦せたのではなくやつれたのであり、完璧で美しい身体からは遠ざかっているのだ。

「アリをゾンビに変えてしまう」寄生生物のあまりにもキモすぎる生態 へ続く

(大谷 智通)

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