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あなたの顔にも…約70%の人類に寄生する「ニキビダニ」の世にも奇妙な生態

文春オンライン / 2021年10月15日 6時0分

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人の顔に住み着く「ニキビダニ」とはどんな生物なのか? ©iStock.com

「アリをゾンビに変えてしまう」寄生生物のあまりにもキモすぎる生態 から続く

 多くの人間の顔には“200万匹”近く、ある寄生虫が住み着いている。その名は「ニキビダニ(別名:顔ダニ)」。彼らはなぜ私たちの顔で暮らし、そしてどんな影響を及ぼしているのか? サイエンスライターの大谷智通氏による新刊『 眠れなくなるほどキモい生き物 』(集英社インターナショナル、イラスト:猫将軍)の一部を抜粋。世界中の70%の人間の顔に住み着く彼らの生態に迫る。

根本的な治療法のない「寄生虫妄想症」の恐怖

 寄生虫妄想症という精神疾患がある。自分の体に、ダニ、シラミ、ノミ、蠕虫(ぜんちゅう)といった寄生虫がいるという妄想であり、患者は実際には存在しない小さな虫が体を這いまわり、皮ふを刺し、もぐり込み、体の中で毒を分泌している――そう強く思い込む。

 マッチ箱などの容器に、身のまわりの土や埃(ほこり)、糸くず、髪の毛、はがれた皮ふ、かさぶたといった「標本」を集め、医師の元に持参することもある。

 この疾患は脳で過剰になったドーパミンと関係しているという説があり、コカインやアンフェタミン(覚醒剤)といった薬物の乱用が症状を誘発するともいわれている。

 映画やドラマなどでは、重度の薬物依存症患者を手っ取り早く表現する方法として「体の中に虫がいるんだよぉ!」と何もない腕などを搔きむしる演出が定番だ。

 気のせいであるといえばそれまでのことではあるが、当人には実際に虫が体を這いまわるリアルな感覚があり、その感覚を取り除くために、皮ふを搔きむしったり、削ったり、ひどいときには切り刻んだりする。妄想のなかの虫から完全に逃れるために、自ら命を絶つ者もいる。

 根本的な治療の方法はなく、深刻な病気といえる。

あなたの顔に住み着く「ニキビダニ」

「知らぬが仏」――そんな言葉が示すように、世のなかには知らなくてもなんの問題もないのに、知ると気になって仕方がなくなることがある。寄生虫妄想症の人にとって、そして、発症はしていないがその因子を持っている人にとって、これから述べる事実はまさに「知らぬが仏」であろう。

 現実に、小さな虫は今まさにあなたの顔に存在しているのだ。

 その小さな虫はニキビダニという。

 正真正銘、妄想ではなく現実に存在する寄生虫だ。ダニといっても肌を刺して吸血する類いのものではなく、ヒトの顔面の毛包(もうほう)や皮脂腺に寄生し、死んだ細胞や皮脂などを食べて生きている。顔に寄生することから「顔ダニ」とも呼ばれており、ヒトの顔には1つの毛包に6~8匹の群れで寄生するニキビダニと皮脂腺の中に単独で寄生する体の短いコニキビダニの2種が生息している。

 体長はいずれも0.2~0.4ミリ、その姿を肉眼で捉えることはできないが、顕微鏡下では棒状の体の前方に四対八本の短い脚が生えた姿が確認できる。

 あえて可愛らしいものでたとえれば、そのフォルムは「ムーミン・シリーズ」で知られるフィンランドの作家トーベ・ヤンソンが創造した架空の生き物「ニョロニョロ」に近い。

 ニキビダニは世界の約70パーセントの人間に寄生しており、その数は1人につき約200万匹ともいわれている。おそらく、あなたの顔の毛穴、その1つひとつにも、この「あまり可愛くないニョロニョロ」はびっしりと棲みついているのだ。

人間にとって「ありがたい」一面も

 幸いなことに、この寄生虫は宿主にほとんど害をなさない。

 名前に「ニキビ」とついてはいるが、必ずしもニキビの原因になるというわけではなく、健康な顔の皮ふのあらゆる場所にいる。なんらかの理由で免疫力が低下していると増殖し、赤みや痒(かゆ)みをもたらすことはあるが、基本的には死んだ細胞や皮脂を食べているだけだ。

 逆に、余分な細胞や皮脂を分解してくれるため、私たちの顔の皮ふのバランスを正常に保つのに役立っているともいえる。

 ニキビダニは頰ずりなどでヒトからヒトへたやすく移動する。産まれたばかりの新生児には寄生していないが、多くの場合、親とふれ合ったときに、赤ちゃんはニキビダニを受け取り、寄生を受ける。今あなたの顔で蠢(うごめ)いているニキビダニも、きっとあなたのお父さんお母さんが「かわいいね……」とくっつけた、その頰から移ってきたダニの子孫なのだ。

 そうやって、ニキビダニは、ヒトに寄り添い、ともに進化の道のりを歩んできた。そのため、世界各地のニキビダニのDNAを比較することで、人類の系統がたどれるとされている。

もしも彼らの声が聞こえたら……

 この寄生虫は、私たちの肉眼では見えないし、這いまわる気配を感じることもない。そこにいても痒くはない。鳴き声も聞こえない。健康な人間にとってはなんの害もないから、その存在を意識することはまずない。これは、ヒトとニキビダニの双方にとって幸いだった。

 もし、実際に数百万匹の小さな虫が四六時中顔を這いまわる感覚が私たちにあり、顔の細胞を貪る気配がし、痒みが起こり、キーキーという大合唱が聞こえたら――。

 ヒトはとても正気ではいられず、なんとしてもこの虫たちを顔から排除しようとしたはずだ。

(大谷 智通)

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