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「聞く耳を持たなかった」秋篠宮さまは宮内庁長官へ思わず苦言を…悠仁さまに施す“帝王学”で真価が問われる

文春オンライン / 2021年10月24日 6時0分

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10月12日、武蔵陵墓地を参拝された眞子さま ©JMPA

眞子さまのご結婚と秋篠宮家の挫折 “開かれた皇室”とはいえ「経済関係にルーズな人物は決して他者に信用されない」 から続く

 秋篠宮家の長女・眞子さまが、小室圭さんと10月26日に結婚されます。「文藝春秋」は秋篠宮家の内実を報じてきました。ノンフィクション作家の保阪正康氏による「秋篠宮と眞子さま『冷戦』を越えて」(「文藝春秋」2019年2月号)を特別に全文公開します。(全3回の3回目/ #1 、 #2 から続く)

(※年齢、日付、呼称などは掲載当時のまま)

◆ ◆ ◆

宮内庁長官への苦言は教訓に

 秩父宮や高松宮、そして三笠宮の弟宮たちは、昭和天皇の時代にその意思を代弁する役は求められなかった。天皇は神格化されていく一方で、日常的には国民の前に姿をあらわさなくなっていくのだが、秩父宮はある時期に明治神宮体育大会などに積極的に出席を求められている。天皇にかわって視覚上の代弁者になってほしいというのであった。

 秋篠宮は新しい御代で、上皇となられる陛下や、新天皇に即位される皇太子が立場上触れにくいことを国民に伝える代弁者の役割も果たされることになるかもしれない。

 そういった将来像が垣間見えたのが、お誕生日会見での「大嘗祭」(天皇の即位後最初の新嘗祭)についての発言である。

 発言は、次のような趣旨だった。

「大嘗祭は絶対にすべきものだと思う。ただ、宗教色が強いものであり、それを国費でまかなうことが適当かどうか疑問だ。平成のときの大嘗祭も国費でまかなうべきでないと考え、多少意見を言った。今回は、前回を踏襲することが決まってしまったが、今でもすっきりしない感じを持っている。私はやはり内廷会計で行うべきだと思っている。相当な費用がかかるが身の丈にあった儀式の形で行うのが本来の姿ではないか――」

 国費の負担軽減の観点から、秋篠宮の言葉は国民に好意的に受け止められた。私自身、これほど明確に発言されることに驚き、その内容には共鳴した。記者との質疑応答の中でごく自然に発せられたと聞くが、日ごろの持論だとも考えられた。

 この発言が重要だと思われるのは、費用云々のことよりも、「宗教色が強いものであり国費でまかなうことが適当か」という問いかけのほうである。秋篠宮は、より本質的に、政教分離のけじめを国民に訴えかけたのである。こういう本質的な問いかけが皇室の側からあったことを国民は重く受け止めるべきだろう。政府と対立することを恐れずに発言したことについて、私は秋篠宮を高く評価したい。

「聞く耳を持たなかった」という強い言葉

 一方、秋篠宮の発言の後半には、長官らへの苦言もあった。

 大嘗祭の費用について、「宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。ただ、残念ながら(中略)話を聞く耳を持たなかった。そのことは私は非常に残念なことだったなと思っています」と語ったというのである。

 この発言について、私は注意して受け取る必要があると考えている。私たちは、社会生活や人間関係の中で、「聞く耳を持たない」という言葉がどれほど強い言葉かというニュアンスが分かる。しかし、皇族にはその機微を学ぶ機会は限られている。

「聞く耳を持たなかった」というのも、社会で用いる強い批判の意味はこめられていなかったのではないか。言葉の理解を私たちと共有していない可能性がある以上、天皇家が用いる言語感覚を読み解く素養は、私たちにも求められるように思う。

 秋篠宮が発言する機会は今後増えるだろう。今回のような言葉が強い意味を持ちうることは、側近の者が秋篠宮に伝えなければならない。秋篠宮と宮内庁長官の関係がどうあれ、結果的に、この発言は秋篠宮と宮内庁、そして皇室と政治の対立を印象付ける結果になってしまった。5月から迎える新しい御代には、重要な教訓となるのではないか。

職員が調べた行啓リスト

 美智子皇后の第二皇子への思いは、やはり皇太子の補佐役として、あるいは皇統を守ることへの覚悟を促し、見守ることにあるのだろう。同時に皇后ご自身の役割を歴史の中に位置づける意識を常にお持ちになっておられるようだ。

 私は昨年10月、皇后のお誕生日のおことばを受けて、朝日新聞に次のような一文を寄せた。

〈明治以降の歴代皇后は天皇を後ろから支え、積極的に目立つことを控えた。一方、美智子さまは天皇陛下から一歩引く姿勢を見せつつ、発信や姿を見せることを通し、国民に存在感を示してきた。これは、歴代皇后像の中で大きな変革を起こした〉

 私としては、昭憲皇太后、貞明皇后、香淳皇后の近代日本の三人の皇后よりはその存在意義が大きいと考えていた。しかし後日、ある宮内庁職員から、私に誤解があるようだとの指摘を受けた。

 明治時代の昭憲皇太后がどれほど社会福祉施設やさまざまな機関を行啓されているか、大正時代の貞明皇后も、昭和時代の香淳皇后もどれだけ行啓され、そしてそのような社会活動を活発に行っているか、それらを図示したものを見せられた。この施設には90回、どこそこには120回とか、とにかく具体的に正確に調べあげられたリストだった。

 その宮内庁関係者は資料を示しながら、「歴代の皇后もこのようにご公務をなさっていた。平成に入ってからこれまでと異なる、新しいことをなさっているのではない」と説明した。「なるほど」と、私は納得した。決して美智子皇后だけが特別なのではないというのであった。

 これは自戒にもなるのだが、皇室報道にはまだ充分な調査も行わないでという形が多いようにも思う。むろんそれは報道する側にも問題はあるとも考えられるが、秋篠宮はそういう状況を敏感に感じ取り、宮内庁記者会などとの会見では、代弁者の役を買って出ているのかもしれない。誰かが行わなくてはならない役を引き受けているのかもしれないと考えることもできる。

平成は「天皇と政治と災害」

 昭和という時代を表すキーワードが「天皇と戦争と国民」だとすれば、平成は「天皇と政治と災害」と総括することができるのではないか。

 それでは次の御代の特徴は何かと考えると、私は「天皇と科学技術とナショナリズム」ではないかと思う。

 科学技術については、AIやロボットなどの技術革新がさらに進み、医療や戦争において人間の手を介在する場面が少なくなる。そのときにヒューマニズムは変質するのではないか。機械化された医療や、生身の人間が戦地で戦わない戦争においては、ルネッサンス以来の「人間主義」は自然と廃れる。

 また、グローバル化が一層進展すれば、各国のナショナリズムも変化する。地球規模で国の利益を調整しながら、環境問題や経済問題を考える必要が生まれるだろう。

 実はそう考えると、皇太子や雅子妃は新時代にふさわしい存在なのかもしれない。皇太子の水の研究は、政治とは異なる次元で地球環境に貢献できる分野であろう。雅子妃の国際性は言うまでもない。

悠仁さまにも「帝王学」を施すことになるとすれば

 しかし、価値観が流動化する国際社会においては、新しい天皇が身をもって存在価値を示していくことが必要になる。平成の天皇・皇后は考えに考え抜いた末に、共に助けあい、行動する「象徴天皇」像をつくりあげたのである。

 平成最後の年、天皇は誕生日(12月23日)に向けての記者会見で16分強にわたり、自らのメッセージを国民に向けて発表した。幾つかの場面では、声をつまらせ、涙ぐんで、沖縄への思い、被災者への心配り、そして戦争の犠牲となった人たちへの追悼などを述べられた。

 そのなかで譲位することにふれ、「新しい時代において、天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており、皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います」との思いを発している。「天皇を支える皇嗣」という役割を秋篠宮にも託している。第二皇子の役割を、天皇みずから伝えたことになるが、それをどのように具現化していくかは、秋篠宮の考えや判断によることになる。

 悠仁さまにも「帝王学」を施すことになるとすれば、その役割はますます重くなり、名実ともに真価が問われることになるはずである。

(保阪 正康/文藝春秋 2019年2月号)

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