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日本ハム・栗山監督の最後の作品は“10勝投手・伊藤大海”だった

文春オンライン / 2021年11月11日 11時0分

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伊藤大海

 ファイターズを取り巻く空気がガラッと変わって、僕も「新庄ビッグボス」の新しい熱狂のなかにいる。毎日、国頭秋季キャンプから届くニュースを追いかけて、早く次のシーズンが来ないかなと思いをはせている。

 ただそれでも夜遅く仕事に疲れてリビングのソファにごろんとなり、ぼんやり思い浮かべているのは過ぎ去ったシーズンのことだ。つい録りためた試合映像に見入って、あぁ、1シーズン色々あったなぁ、そうそう、この場面覚えている、と盛り上がっている。僕は生身だからそう一足飛びには変われない。まだ心のなかのファイターズは白マスク姿の栗山さんがフーディー着て戦況を見つめているのだ。ベンチには小笠原コーチや荒木コーチ、鶴岡兼任コーチがいて、いつもと変わらない。

伊藤大海がチームの不振をひとりで背負っているように見えた

 HDDに録りためた試合は伊藤大海の登板試合が多い。今季23試合(すべて先発、146イニング)投げて10勝9敗、防御率2.90。それだけ思い入れがあったのだ。伊藤大海の1シーズンをトレースすると今季のファイターズの苦闘が浮かび上がる。

 好投を重ねながら、味方エラーや救援失敗に阻まれて、初勝利が4月28日のソフトバンク戦までズレ込む。先発5試合目の勝利だから「5度目の正直」なんて見出しになった。録画を見ると初勝利の9回裏、クローザー杉浦がとんでもなく慎重に投げてて、こっちまで緊張が伝わってくる。何しろスコアは4対3、たった1点差なのだ。杉浦は4月21日のロッテ戦、岡大海にサヨナラホームランを食らって、伊藤の勝ちをフイにしたばかりだ。

 僕は伊藤大海が不憫でならなかった。せっかく新人が頑張っているのに何で先輩方は助けてやらない? 何で肝心なところでエラーする? 何でサヨナラホームランを食らう? 何で主力が軒並み不振で点が取れない? 何で自軍のホームラン数が記録的に少ない?

 伊藤大海がチームの不振をひとりで背負っているように見えた。だけど、表情を変えずに投げるんだ。もじゃもじゃの髪型を帽子で押さえて(最終的にはけっこうもじゃもじゃが伸びて「お茶の水博士」みたいなシルエットになった)。またロージンをいじるからその帽子のひさしに白い跡が付く。犯行現場で鑑識官が粉をぽんぽん振って指紋採取するくらいのことになっている。

 伊藤大海は稀に見る新人だった。ふつうは「真直ぐがいい」「変化球でストライクが取れる」辺りで評価するものなのだ。それが自由自在、すべての球種がカウント球になり、決め球にもなる。特に2種類のスライダーの使い分けがいい。もちろん大前提にストレートのキレがある。目先を変え、打者に的を絞らせず、なおかつ攻めのピッチングができるのだ。これは捕手が組み立てを考えるのが楽しいピッチャーだ。1巡目はストレートで押していって、2巡目からは多彩な球種をまじえる。(学生時代、クローザー経験があるけれど)プロでは長いイニングを任せて大成させたい。

 勝てる投手(勝って自信をつけて勝って自信をつけて、さらに勝って自信をつける投手)に育てたい。

 それが4月から10月までずーっと最下位をさまよっていたチームには難しかった。打線が活発な年なら「打線が投手を育てる」現象が起きる。少々のミスは打線がカバーしてしまう。それが今年は望めなかった。じゃ、伊藤大海はどうしたかというとエース上沢直之と2枚看板の働きでチームを支えるのだ。チームでの存在感は新人のそれじゃない。上沢や伊藤で勝てなかったらもうしょうがないという空気が出来上がった。ファンも「予告先発・伊藤大海」をお目当てにした。

伊藤は一生忘れられない勉強を長谷川勇也にさせてもらった

 といってすんなり勝ち星を伸ばしたわけじゃない。高めに球が浮いてポンスカ打たれることもある。だけど、次までに伊藤は何か考えてくるのだ。経験のなかで学び、成長する資質を備えていた。場数を踏み、経験を重ねるほど伊藤は逞しくなる。また運命(としか言いようのないもの)が彼を名場面に立たせた。オリンピックのメキシコ戦の快投も見事だった。が、いちばん思い出深いのは何かといえば10月21日、ソフトバンク最終戦、長谷川勇也との対決だ。

 7回裏、引退を決めた長谷川が代打で出てくる。PayPayドームが沸き立つ。スコアは0対0、1死2塁に走者を置いて、長谷川は15年のプロ生活を締めくくりにくる。自分のバットで試合を決めるつもりだ。工藤監督は最高のはなむけを用意した。

 伊藤はこれ以上ない「ザ・プロ野球」という勝負をした。1球目、外角ストレートでストライク。長谷川はものすごい気迫だ。ホークスベンチは全員立ち上がって祈っている。2球目、スライダーが内角低めに外れ、1‐1。3球目、外角低めにストレート、これが決まって1‐2。追い込んだ。これで伊藤は何でも投げられる。4球目、122キロの沈む球。長谷川が泳いだ。何とか合わせた打球は一ゴロ。ベースカバーに走る伊藤とヘッスラで1塁に生きようとする長谷川の競走になった。塁審の判定はアウト。ユニホームを泥で汚し、うつむいてベンチに下がる長谷川に万雷の拍手が送られる。マウンドには帽子を取って深々と一礼する伊藤の姿があった。何度思い返しても泣ける。最高のシーンだ。

 だけど、その後、伊藤はやられるんだよ。長谷川はベンチに戻ってレガースを地面にたたきつけ悔しがる。その熱さがホークスナインに火をつける。次の甲斐拓也が2ランホームランだ。野球っていうのは熱いんだ。伊藤は一生忘れられない勉強を長谷川勇也にさせてもらった。闘志、闘争心。プロ野球選手として何よりも大事なもの。

 10月30日、僕はZOZOマリンの今季最終戦を見に行った。泣いても笑ってもパのレギュラーシーズンはその試合で終わり。もちろん栗山監督が采配を振るう最後の試合だ。マウンドに立ったのは伊藤大海。2ケタ勝利に挑むこと、実に7度目だ。今度の足踏みは初勝利のときより長かった。試合前にね、外野を1人走る伊藤の姿を見た。それはルーティンなんだけど、気持ちを整理する時間でもある。最後の最後まで野球をやらせてもらうのだ。絶対勝って栗山さんに感謝を示したい。

 最終戦の登板も度々ランナーを背負う苦しいピッチングだった。だけど粘り続けた。4回裏のピンチが印象に残る。先頭のレアードが捕逸による振り逃げで出塁、次の安田3ゴロを野村佑希が後逸で無死一、二塁。何度も見てきた光景だ。守備の乱れで自滅するチーム。伊藤は山口を打ち取り、岡を三振に取るが、左の藤岡を歩かせてしまう。2死満塁。

 伊藤大海は味方のエラーで崩れるか、味方のエラーをカバーするかの岐路に立つ。先に述べた活発な「打線が投手を育てる」の逆パターンだ。エース級の投手だけがこういう場面でギアを上げて粘る。少々のエラーは吸収してやって、野手を育てる。バッターは第1打席ヒットを打たれてる柿沼だった。秋日は傾き、伊藤も柿沼も、満塁の走者も影が長く伸びている。カウント2‐2からストレートで見逃し三振。

 そのまま7回(116球)5被安打、9奪三振、1失点の快投で見事10勝目を飾った。栗山監督の代表作は「大谷翔平の二刀流」だろうが、その最後の作品は「10勝投手・伊藤大海」じゃなかったろうか。苦しんでつかみ取った成功体験や達成感であり、それがもたらす自信じゃなかったろうか。見に行ってよかった、勝ってよかったなぁとずっと思い返している。HDD録画も何度も見直していて、伊藤は何度も10勝している。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2021」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/49610 でHITボタンを押してください。

(えのきど いちろう)

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