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コーチとして帰ってきた“ムードメーカー”稲田直人がファイターズを変える

文春オンライン / 2021年11月27日 11時0分

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稲田直人 ©文藝春秋

 11月18日、日本ハムは来季のコーチングスタッフを発表した。16年ぶりの球界復帰となる新庄剛志監督……じゃなかった“ビッグボス”を支えるスタッフに注目が集まったが、実績組の招聘と言えるのは阪神からやって来る山田勝彦バッテリーコーチくらい。新庄監督が世に出た時の騒ぎとは違って、静かなものだった。

 ただ、これでいいのだと思う。コーチは選手を支えるのが仕事で、決して表に出る必要はない。ヘッドコーチに就任した林孝哉氏は日本ハムで長年スカウトを務め、熱心な仕事ぶりには定評がある。例えば現在は巨人でプレーする石川慎吾の強打に目をつけ、プロへと導いた。コーチとしても1、2軍双方の経験を持ち、同学年のイチロー氏(元オリックス)との親交が深いことでも知られる。ダイエーでの現役時代、ハワイのウインターリーグに参加した際には宿舎で同部屋だったという。

 自身の通算成績は実働8年で263試合出場、12本塁打、打率.237と、決して一流選手と言えるものではない。その中でイチローと新庄、2人のメジャーリーガーのそばで過ごすことになる。どんな参謀になってくれるのか注目だ。

今のファイターズに一番欠けているものを持ってこられる男

 前置きが長くなったが、2006年の日本一からのファイターズ黄金時代を知るファンには、懐かしい名前もあった。「稲田直人内野守備・走塁コーチ」。今のファイターズに一番欠けているものを持ってこられるのは、この男かもしれない。

 稲田がどんな選手だったか、思い返してみよう。広陵高、駒大を経て社会人野球のJFE西日本から2004年に入団。経歴からわかるように即戦力との期待をかけられたが、そうはいかなかった。2年目までは1軍昇格も果たせなかった。

 それが3年目、開幕から2軍で.350を超える高打率を残し、1軍切符をつかむ。1軍の内野が固まり切っていなかったことも幸いした。三塁で起用された木元邦之もホセ・マシーアスも不振で、彼らに代わり少しづつ出番が増えていった。同年の日本シリーズにも先発出場している。

稲田の声がいかに恐ろしいものであるか

 新庄と小笠原道大内野手がいなくなった2007年のチームでは、さらに重宝される存在となった。「とにかく相手の嫌がることをしようと思っている」という狙いで立つ打席では、進塁打や四球ももぎ取って後ろにつなげるという役割をこなし、スモールボールを極めて優勝したこの年にピッタリだった。お立ち台で「なまら最高じゃけんのう」という決め台詞を発して人気者にもなった。

「ムードメーカー」と形容されていたように、もう一つの武器が声だった。ベンチにいることも、いないこともすぐに分かった。2008年、新任の梨田昌孝監督も、稲田の声を頼りにした。ところが5月頭に骨折し登録抹消。その間「ベンチが静かすぎるんだよな……」と指揮官は嘆いていた。鎌ヶ谷でリハビリしていた稲田も、1軍戦の中継を見て静かなベンチに驚き「僕の代わりはいませんでしたね」と笑っていた。2009年にも優勝チームの一員となったが、その年のオフ横浜へのトレードを通告された。

 稲田の声がいかに恐ろしいものであるかは、敵になってさらによく分かった。武田勝投手に聞いたことがある。「とにかくうるさいんだけど、中身が『クセ見えてる!』とかなんだよね。そうするとどうしても気になるし、投球もおかしくなりかねない。同じチームにいた時は、そこまでとは思わなかったんだけどね」。ベンチにいても、立派な戦力だった。

おとなしいオリックスには新鮮だった辻打撃コーチのスタイル

 声出しと、それが作るベンチの空気がどれほど重要か。最下位からの躍進で、今季パ・リーグ優勝したオリックスを見ていれば良く分かる。低迷が続いていた昨年までは、とにかくシーンとしていた。声が出ているなと思うと、ほぼ間違いなく伏見寅威捕手で、伏見が捕手の守備についている間は本当に、なんの活気も感じられなかった。勝っても負けても、淡々と時間が過ぎ去っていた。またコロナ禍での試合となった昨季は、それが目立ったのだ。

 そんな状況を変えるきっかけが昨年夏、中嶋聡監督と共に1軍に上がってきた辻竜太郎打撃コーチだ。声だけでなく、喜怒哀楽を前面に出すスタイルがおとなしいオリックスには新鮮だった。ベンチでの声出しはもちろん、選手が打てば、監督の前で大きくガッツポーズ。これが「辻ガッツ」と呼ばれ名物となった。得点シーンで、中嶋聡監督を抜こうとするテレビカメラに、指揮官より大きく映り込むのも日常茶飯事。生還した選手を誰よりも大きなリアクションで出迎えるのだ。現在進行中の日本シリーズでも、本塁打を打ち、生還したラオウこと杉本裕太郎外野手へ真っ先に抱きついていた。

 この元気は、たしかにチームを変えた。ベンチから出る声はひとつ、二つと増え、優勝へ向かって走り出した今季終盤には皆が喜怒哀楽を表し、声を出すようになった。それのどこがチームの強さと関係あるのかと言われるかもしれない。

「たかが声、されど声」。ベンチで適切な声を出そうとすれば、それだけ試合に入り込んでいなければならないからだ。試合に出ていなくとも流れを感じ、状況を考えるようになる。準備もより適切になる。そうなれば、勝利につながる可能性だって高められるのだ。

日本独特の文化「社会人野球」が備える泥臭さ

 ムードメーカーには共通点がある。稲田も辻コーチも、社会人野球出身なのだ。大人が一発勝負のトーナメントで戦い、一投一打に涙する都市対抗野球、さらにその出場権をかけた予選でのプレッシャーは「プロの試合よりもキツい」と何人もの社会人出身者に聞いたことがある。そこには、声で盛り上げる文化、声で相手を潰す文化があり、社会人というカテゴリを経ていない選手には不思議なものであるらしい。ある年、日本ハムの2軍とセガサミーが練習試合をした。これを見ていた木田優夫投手は、セガサミー出身の齊藤勝投手に「社会人の選手って、ベンチに座っちゃいけないの?」と不思議そうに聞いていた。社会人の選手は、そこまで前のめりだったのだ。

 今季借金を2にまで減らした日本ハム2軍にも、社会人野球のエキスは注入されていた。1年間チームを率いた原田豊監督もまた、社会人の協和発酵で監督まで務めた人物。声の大切さを選手に説いていたのではと想像する。実際に敗色濃厚な場面となっても「執念!」という声が飛んでいた。この中心となっていた今川優馬内野手もまた、社会人を経てプロ入りしている。

 だいぶ話が逸れてしまった。今年の日本ハムを見ていると、低迷期のオリックスのように喜怒哀楽の伝わらない、淡々とした負けが目についた。そこを変えるのが日本独特の文化「社会人野球」が備える泥臭さではないのか。稲田には現役時代の自身が持っていたギラギラした視線やいやらしさを、存分にチームへ注入してほしい。もちろん本来の持ち場である内野守備の向上にも期待している。ファウルフライを追ってカメラマン席へ飛び込み、ボールを離さなかったガッツもきっと受け継がれることだろう。

 そういえば日本ハムには来季、社会人上がりの内野手が2人やって来る。ドラフト3位指名した水野達稀(JR四国)と同9位の上川畑大悟(NTT東日本)だ。社会人内野手の指名は、それこそ稲田直人以来18年ぶり。彼らはどんな選手になるのだろう。もちろんレギュラー奪取を期待したいけれど、ひょっとしたら稲田のような別の“生き残る術”を持っているのかもしれない。社会人でプロ入りを待ち続けた男たちは、しぶといのだ。

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※「文春野球コラム 日本シリーズ2021」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/49641 でHITボタンを押してください。

(今井 豊蔵)

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