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「お前らの薬が届かない」新型コロナ対策ではない、もうひとつの医療危機

文春オンライン / 2021年11月5日 6時0分

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©iStock.com

 老父を介護していて、ここ半年ぐらい厳しい状態になっているのが「いつもの親父の飲み薬が手に入らなくなった」ことであります。

 投票を面倒くさがる親父や親族を無理矢理車に乗せて期日前投票に連れていく道すがら、実家の最寄り駅前では石原伸晃さんが街頭演説で「自民党の功績はコロナに打ち勝ち、医療崩壊を防いだこと」って力説してたわけなんですが。

 薬が届かないんですよね、親父の。

国民が力を合わせてコロナ第5波を脱したのは事実

 私自身、いま「次世代基盤政策研究所」という民間のシンクタンクに所属して、メディアや大手総研からの下請けで社会保障関連の政策なども見させていただいておりますが、確かに安倍晋三政権から菅義偉政権では政治家、官僚、都道府県などの自治体、医療従事者の皆さんに物事を理解してコロナ対策に協力した国民が力を合わせてコロナ第5波を脱した、これは間違いありません。みんな、ほんとよく頑張ったよね。

 最初、ガースーが「1日100万回ワクチン接種だ」とブチ上げたとき、この人ついに狂ったかと思った関係者やマスコミ人は多かったと思います。なんでこんな冴えないおっさんが総理大臣なんだと。しかし、この菅義偉さんの、ある種無謀だと思うような執念が国民へのワクチン接種拡大を促し、効果のあるワクチンが行き渡ったお陰で諸外国に比べても少ない死亡者で済んだという一例からも、マスクを嫌がらず、法的根拠のないお願いでも感染症じゃしょうがないかと多くの国民がコロナ対策に協力したのは誇りでもあります。

ここ半年以上の課題であるもうひとつの医療危機

 その裏で、もうひとつの医療危機が、今回の薬事崩壊であります。社会保障関連ではここ半年以上、この薬が届かないよね問題については喫緊の課題と位置付けられてきました。薬不足に直面して、医療機関・医師の皆さんも困惑しているでしょうし、問題の矢面に立たされた薬局や薬剤師の皆さんが途方に暮れたり怒ったりしているのを目の当たりにすると「そうだよなあ……」と同情することしきりです。医師や歯科医師、薬剤師がどう頑張っても解決する筋合いの問題じゃありませんのでね。

 現在、出荷調整されている薬剤・薬品は、各社合計で3,200品目あまりと見られます(2021年10月31日現在)。中には本来、疥癬(ダニ)による肌の炎症の治療薬であるイベルメクチンが「コロナウイルスに効く」と微妙な与太話が流れた結果、本来の用途以外で求める患者が医院に殺到してしまい、イベルメクチンが見事品薄になるという事例もありました。

地域で融通することもできないほどの供給不足

 しかし、本当の問題はそこではなく、現在なお相当数の品目の薬剤が末端の薬局に届かないばかりか、地域で融通しようにもモノがそもそもないので回しようがないという事態にまで発展しています。先日、ジャーナリストの小笠原理恵さんも記事にしていましたが、血栓症や人工透析にも使用される抗凝固薬「ナファモスタット」や副腎皮質ホルモン製剤の「デキサメタゾン」など、特定疾患の処方では定番となるキードラッグも生産調整を経て実質的に出荷停止となっています。

ジェネリック医薬品の供給が「不安定」になった理由とは? メーカー幹部からは怒りの声
https://nikkan-spa.jp/1787689

 さすがに供給が止まってしまうのはマズいだろうということで、厚生労働省でも「どうにかせい」という話が出て、薬品流通の正常化に関する話し合いが進んだものの、製薬会社にも薬品卸にも薬局・薬剤師にもどうにもならない問題があるよねという確認だけがなされて議論は頓挫。そうこうしているうちにまた4か月ぐらい経ってしまって、いよいよにっちもさっちもいかなくなってきたぞ、というのが現状です。

 すでに議論もされておりますが、主に問題となるのは厚労省の医薬品行政にまつわる移行期の混乱に、製薬会社の不正・不祥事が重なってモノが止まってしまったことです。後述しますが、事件や災害が起きてお薬の生産そのものがストップしてしまえば、当然市中在庫はなくなるわけで、薬剤師さんが頑張ったところでどうにもならないのは当然です。

厚生労働省が考える社会保障費削減の対策

 そもそも我が国の社会保障費はどんどん増えていき、人口のボリュームゾーンである団塊の世代が後期高齢者入りして猛烈に医療費を使う2040年ごろが、我が国の社会保障費のピークと予想されます。東京など都市部では、2030年にも高齢化に伴う社会保障負担の上がり幅が最大になると予想され、「2030年問題」とか「2042年問題」などと呼ばれます。

 さすがにこれ以上みなさんの社会保障費を社会保険料として徴収するぞというのは大変であるため、薬価を引き下げたり介護保険のレートを下げたりして、どうにかやりくりして、社会保障費の増大を防ごうというのが昨今の議論の根幹です。

 そこへ、正規品の薬品が特許切れとなり、いわゆるジェネリック(ゾロ)なる安い薬価でモノを流してくれる方向へ切り替えようというのが厚生労働省の考えていたことで、まあここまでは分からんでもない話です。わざわざ高価な正規品を買うよりは、同じ効果のジェネリックに切り替えればほんのりお薬代が安くなり、社会保障費は少しでも抑えられますから。

薬価引き下げによる製造工程の合理化で事故が多発

 ところが、中医協という薬価を決める国の組織が中心となり、広い分野で「薬価の引き下げ」を決定しました。もちろん、中には時代が下り効果が乏しいことが判明したり、新しい薬はもっと効果があることが分かったものもあるので、そういう古い薬はとっととやめちまえというのもあるわけです。ただ、概ねにおいて、薬価を引き下げるぞとなると薬を作っている製薬会社からしますと、薬を作って売るという仕事の儲けがダイレクトに減ります。

 結果として、製薬会社も製造工程の「合理化」を行うにあたり、製薬検査ラインのワンオペ化とか、検査体制をザルにするなどのコスト削減策に打って出ます。そこまでやっても赤字となる薬剤も出るなどして、まあ大変なことになっておったわけですが、当然のように事故が多発するようになったんですよ。

 まず、ジェネリック医薬品大手の小林化工で水虫治療薬に睡眠導入剤の成分が混入して、80代男性が亡くなるなどの事故が発生。

睡眠剤混入で死亡2人に 患者全員に慰謝料30万円
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG177MG0X11C20A2000000/

 次いで、同じくジェネリック医薬品大手の日医工が不正な医薬品検査を実施していたかどで業務停止命令。

日医工32日間の業務停止命令 後発薬大手10年以上前から違法処理
https://webun.jp/item/7736973

 さらに、ニプロファーマ社の福島県の工場が地震で損傷して3か月操業停止に追い込まれるなど、地味に問題多発で医薬品流通に大きな支障が出たことが背景にあります。

この事案の真の問題は「解がない」点にある

 一連の混乱を受けて、厚生労働省は医薬品不足をめぐって「お前らが地域内で融通しろ」という見解を発表したため、薬不足の矢面に立たされる薬局や薬剤師からは怒りの声が爆発しとるというのが実情ではないかと思います。

後発品供給不安への対応、「薬局間で融通を」 医薬局・田中総務課長
https://nk.jiho.jp/article/166041

 ところが、この事案の真の問題というのは「解がない」点にあります。

 強いて言えば、時間が解決するか、時間が解決できないならば製薬会社が患者さんと一緒に潰れるしかないじゃんという話になります。薬価が引き下げられるということは、製薬会社からすれば割に合わないジェネリック医薬品などからの撤収も視野に入る話で、製薬会社もビジネスですから、時間が解決しないタイプの問題はだいたいこの薬価引き下げが理由だと言えます。大変ですね。

薬価を引き下げなければならない事情

 この問題を見たとき「何で薬価を引き下げるんだ。厚労省は怠慢だ」と怒る有権者がいる一方で、お前らの給料から天引きされる社会保険料を見て「何でこんなに社会保険料が高いんだ。厚労省は怠慢だ」と怒ることになります。

 なぜ薬価を引き下げなければならないかというと、社会保険料を引き上げなければいまの医療水準や薬価、医薬品流通は維持できなさそうだからですよ。

 薬の販売は、製薬会社→卸業者→病院・薬局→患者さんの順で販売されますが、ここで言う「薬価」とは薬価制度において病院・薬局から患者さんに売る薬の値段を規定しています。なぜ国が決めるのかというと、患者さんが負担するお薬代は健康保険が一部を負担するからです。また、かつて問題になった肺がん治療薬オプジーボなど1回2,000万円という高額治療を受けるにあたり、一定金額以上のものはこの健康保険が負担してくれるので「保険で認められている高額治療が受けられなくて人が死んだ」ということのないような制度設計になっています。

 その結果、高齢者が超絶増えている昨今、これらの薬価をいままで通りばら撒いていたら健康保険制度が持たないばかりか、現役で働く世代がいま以上に社会保険料を担わされたり、貴重な国税が投入されたりすることになります。

 結局、突き詰めれば医療も年金も介護も薬価も、「日本は年寄りが増えすぎて、社会保障の制度が持たなくなった」ということに尽きます。金がねえんだよ。

「高負担・高福祉」か「低負担・低福祉」か

 本当なら、衆議院選挙ではこういう話題を争点にするべきだったと思うし、本来の意味で自民党や立憲民主党らが「分配」を言うのであれば、このような問題についてもっと税額を上げてでも薬価を維持して社会保障におカネを突っ込む「高負担・高福祉」か、もうこれ以上の薬価は払えないんだという「低負担・低福祉」かという態度を各政党がはっきりさせるべきじゃないのかな、と思うんですけどね。

「厚生労働省が悪い」「薬価を引き下げるな」と批判したい人たちの気持ちも分かるんですが、これは明らかに政治の問題です。コロナも医薬品問題も、医療崩壊とは「昔と同じように、湯水のように社会保障費を使えないぐらい働く人が減った」日本の衰退による生活水準の引き下げの具体的な現象の一つなのだと弁える必要があるんじゃないでしょうか。

(山本 一郎)

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