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リーダーを育てたい四谷大塚、制度の変化を捉えた日能研、勉強のスタイルを変えたサピックス…「中学受験“塾”戦争」の実態に迫る

文春オンライン / 2021年12月2日 6時0分

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©iStock.com

 教育熱心な両親が自身の子どもに受験勉強を無理強いする“教育虐待”という言葉が社会に浸透し始めている。しかし、育児・教育・中学受験ジャーナリストのおおたとしまさ氏は「中学受験者数は年々増加しており、競争が激化している」ことが前提となった報道は誤りであると指摘する。

 ここでは、同氏の著書『 なぜ中学受験するのか? 』(光文社新書)の一部を抜粋。中学受験を取り巻く環境、およびその実態について紹介する。

◆◆◆

人材の促成栽培と学歴信仰

 第二次世界戦後の高度成長期には、「人材開発」「教育投資論」「マンパワーポリシー」などという気味の悪い言葉が使われるようになった。子どもたちを「人材」として促成栽培しようとする思惑が、産業界や国にはあった。

 知的労働者としてより良い地位を得るために、学歴信仰も強まった。その結果、1970年代には、高校進学率が跳ね上がる。

 このときに、高校受験を主戦場として、雨後の竹の子のように全国に塾が出現するのだが、東京都はすで一歩先を行っていた。

 1967年に東京都で都立高校入試に学校群制度(編集部注:学校間の格差をなくす目的で行われた入試実施方法。複数の学校で「群れ」を作り、その中で学力が平均化するように合格者を振り分けるというもの。「学校群内」の教育格差解消には効果があったものの、「学校群間」で入試難易度の格差が新たに発生したと評価される)が導入されたことが中学受験ブームの発端につながった。1968年には早くも日比谷高校が東大合格者数全国首位の座から陥落する。

 お株を奪ったのは関西の灘だった。その後数年は、灘と教育大附属駒場(現在の筑駒)が首位を競った。1974年、開成は高校から100人の募集枠を設け、1学年400人体制になった。そのまさに3年後の1977年、初めて首位に躍りでる。

いまより過酷な「乱塾時代」

 ある書籍から引用する。いつ書かれたのかを想像しながら読んでみてほしい。

〈 どうみても異常なほどの学習塾ブームだが、この狂態が子供たちの将来にどのような影響をもたらすのか、予測はむずかしい。しかし、子供たちを学習塾へ通わせることへの、いくつかの疑問点は指摘できる。

 心身ともに未発達な小学生たちに、学校プラス塾という長時間の勉強を押しつけてよいか。運動をしたり、友達と遊んだり、家族とスキンシップする時間が極端に少なくならないか。塾での“点取り競争”に熱中していると、将来、他人を顧みない利己主義人間になるのでは……。〉

 2021年に書かれたものだと言われても誰も疑わないだろうが、実は1977年に書かれた『乱塾時代』(毎日新聞社会部著、サイマル出版会)からの引用である。このころ中学受験塾に通っていた子どもたちはいま、50代半ばになっているはずだ。記者の懸念が当たっているかどうかはそれぞれに判断してほしい。

 書籍を読むと、2021年のいまよりも過激な中学受験が横行していたことがわかる。いま現在の中学受験熱が異常なのではない。

日能研の東京進出とサピックスの誕生

 開成は1982年以降、一度も他校に東大合格者数首位を明け渡していない。このころから全国的にも私学人気が高まる。

 当時東京都では四谷大塚の「日曜テスト」が中学受験のスタンダードになっており、その対策をする中小準拠塾が群雄割拠していた。開成には桐杏学園という少数精鋭塾が強かった。TAPという中小塾も、難関校に特化して実績を伸ばしていた。

 1985年には麻布が、それまで2月1日と2日の2日間にわたって行っていた入試を、2月1日のみで完結するようにした。これによって、神奈川県の中学受験者の目が、東京都の私学にも向きやすくなった。それと同時期に東京に進出したのが、神奈川県発祥の中学受験専門塾・日能研だった。

瞬く間に最難関私立中学受験塾の筆頭の座に

 私立中高一貫校人気の高まりに好景気が重なり、中学受験が大衆化した。しかも四谷大塚と日能研による情報公開合戦によって、中学受験への間口が広がった。

 各学校の入試難易度を示す「偏差値一覧」が公表されるようになったのもこのころから。それまで塾業界は、「学校の評価と受け取られかねない」として、偏差値一覧をあくまでも内部資料としていたのだ。

 1989年にはTAPの上位クラスの講師たちが独立してサピックスを立ち上げる。ちょうどバブル景気にも重なり、瞬く間に最難関私立中学受験塾の筆頭の座に躍りでた。大衆化路線に舵を切った四谷大塚と日能研の間隙(かんげき)を縫った形だ。サピックスについては拙著『 ルポ 塾歴社会 』(幻冬舎新書)が詳しい。

 以降、約30年間、首都圏の中学受験業界の構造は基本的に変わっていない。

中学入試の競争はむしろ緩和している

 昨今、いわゆる「教育虐待」が注目されたこともあり、「中学受験者数は年々増加しており、競争が激化している」とメディアは煽るが、これは偏向報道である。

 たしかにここ数年、中学受験者数は増加傾向にある。そして2021年、コロナ禍での首都圏の中学受験者数は5万人を超えた。しかしこれはようやく2007年の水準に戻っただけだし、さらにいえば、1990年代初頭にはすでに首都圏の中学受験者数は5万人を超えていた。

 中学受験者数は、景気動向と密接にリンクしている。バブル景気崩壊、山一證券や北海道拓殖銀行の破綻、リーマン・ショックなどに象徴される経済状況の悪化を受け、そのたびに中学受験者数が落ち込んでは回復するのをくり返しているだけだ。

 しかも1980年代半ばには首都圏の私立中高一貫校は約200校だったが、現在では約300校に増えている。中学入試の競争率は総じて言えばむしろ緩和しているのである。

 実際、2019年までの全体合格率は100パーセントを超えており、全入時代だった。えり好みしなければどこかには入れた。2020年および2021年には100パーセントを割り込んだが、女子に限ればまだ全入だ。

 一部で中学受験が過激化していることは私も否定しないし、実際に中学受験を背景にした教育虐待も起きている。しかし悪いのはやり方であって、中学受験そのものではない。

「予習シリーズ」の醍醐味

 1980年代まで、四谷大塚の「予習シリーズ」というテキストが、中学受験勉強の絶対的な王道だった。「日曜テスト」が行われる「日曜教室」に向けての予習を各自行うコンセプトだ。

 実際には四谷大塚の準拠塾で「予習シリーズ」を使ってテスト対策を行うのだが、準拠塾の授業の前に、テキストの内容を十分に読み込み、事前に練習問題を解いておくことが求められていた。

 自力でテキストの解説を読み解いて練習問題に挑まなければいけないのだから、相当な読解力と自律性が求められる。この学習スタイルに適応できるかどうかという時点で、いわゆる“地頭がいい”といわれる子どもをフィルタリングする効果が働いていたと考えられる。

 さらに、自力で理解しようとしてうんうんうなっている時間が長いぶん演習問題の数をこなす時間は減るが、そのうんうんうなっている時間こそ、子どもが自らの思考を自由にフル回転させている時間であって、実は子どもの思考はそういうときにこそ成長する。その成長が必ずしも点数に直結するわけではないのだが。

 いわゆる“地頭のいい子”をフィルタリングしたうえで、その子たちの思考を自由にフル回転させる。それが予習中心の学習スタイルの構造だといえる。

復習主義全盛時代へ

 しかしサピックスは中学受験勉強のスタイルを変えた。毎回の授業の場でプリント形式の教材を配布し、その場で問題を解かせる。講師がいろいろな生徒の解法を拾いながら、討論形式で授業を進める。

 そして大量の課題が渡される。授業でやったことを思い出しながら、反復練習をくり返す。やりきれない分量の課題を渡されて、やればやったぶんだけ知識が定着するしくみだ。これがめきめきと成果を上げた。いわゆる復習主義の中学受験勉強だ。

 四谷大塚の職員も「復習主義のほうが学習効率がいいことは四谷大塚でも認識されています」と認める。それでも「四谷大塚では予習にこだわります。誰かに言われて動くのではなく、自分で解決法を模索できる未来のリーダーを育てたいからです」と言う。教育思想の違いである。

 実際は、いまや復習主義の中学受験勉強が主流である。四谷大塚の「予習シリーズ」を使用している塾でも、たとえば早稲田アカデミーのように、実質的に復習主義の学習サイクルになっている場合が多い。

(おおた としまさ)

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