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藤井聡太竜王は19歳にして「序列1位」で名実ともにトップ棋士に 将棋界における序列とは何か

文春オンライン / 2021年11月29日 6時0分

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藤井聡太三冠(右)は豊島将之竜王(左)を破り、竜王を含む四冠で序列1位となった 写真提供:日本将棋連盟

 第34期竜王戦七番勝負で、挑戦者の藤井聡太三冠が豊島将之竜王を4勝0敗で破り、竜王を獲得。史上最年少での四冠王となった。同時に藤井は、現役棋士の中で序列1位となった。

 竜王戦が決着する直前の序列トップ5は

1位、渡辺明名人(棋王・王将)

2位、豊島将之竜王

3位、藤井聡太三冠(王位・叡王・棋聖)

4位、永瀬拓矢王座

5位、羽生善治九段

 であったが、藤井が竜王を奪取した結果、以下のようになった。

1位、藤井聡太竜王(王位・叡王・棋聖)

2位、渡辺明名人(棋王・王将)

3位、永瀬拓矢王座

4位、羽生善治九段

5位、谷川浩司九段

ファンが気になる「上座にどちらがつくか」問題

 棋士の序列で、まずファンが気になるのは対局室の上座にどちらがつくかということだろうか。

 谷川九段が名人を奪取した後にあった加藤一二三九段との対戦で、先に上座に座られ「私の座る席がない」と内心思ったエピソードは有名だし、またA級1期目の羽生(当時四冠王)が中原誠十六世名人、谷川とA級順位戦で当たった時に上座に座ったことが物議をかもしたことも知られている。いずれも現在なら、谷川・羽生が上座でまったく問題視されないはずだ。仮に来期のA級順位戦で藤井―羽生戦が実現し、藤井が上座に座ったところでいちゃもんをつける外野の人間など存在しないだろう。また逆に、丸山忠久九段が大先輩の七段を相手に敬意を表して下座で待っていたところ、その先輩に強引に上座に押しやられたという話もある。

 筆者が間近で見た席次に関するエピソードを紹介すると、まず女流棋界の第一人者、清水市代女流七段へのリスペクトがゆえに生じた戸惑いが思い出される。伊藤真吾六段と梶浦宏孝七段がいずれも新四段のときに清水女流七段と公式戦で戦う機会があったが、どちらも「私が上座でいいのでしょうか」と、たまたま盤側にいた筆者に聞いてきた。規定では新四段であっても女流棋士相手には上座につくことになっているが、第一人者相手に上座についていいのかと思わせる威光が清水にはあったということだろう。伊藤―清水戦が2007年、梶浦―清水戦が2015年。梶浦の時には8年前にまったく同じことがあったなあと一人思い出した次第である。

 また、羽生九段がそれまでの通算勝利記録だった大山康晴十五世名人の1433勝を更新することになった、2019年の対永瀬叡王(当時)戦では以下のような一幕もあった。

 大記録がかかっているので、対局開始時からマスコミが大集合している。筆者はその一局をたまたま盤側で観戦する機会に恵まれたが、対局室に入ると永瀬が一人、下座に座って待っている。そこへ姿を現した羽生が、当然、永瀬を上座に促した。多少のやり取りがあった末に永瀬が上座に移ったが、そのタイミングで上座を写そうとしていたカメラマンが大挙して逆の位置に動いた。羽生が永瀬を上座に促すことを予測している将棋関係の記者は最初から下座を写すべく待っていた。その光景のコントラストにおかしくなったことを覚えている。

 藤井竜王は名実ともに棋界のトップに立ったが、他のタイトルに挑戦した場合は当然ながら下座に座る。だがもし全冠制覇となれば、当然ながらすべての対局で上座につくわけだ。羽生九段が当時の全タイトルである七冠を制覇してから、初めて下座に回るまでに2年を要した(規定からの推測)が、藤井竜王はどうなるだろうか。

タイトル数と段位で決まる序列ルール

 そもそも、将棋界における序列はどのように決まっているのかというと、基本はタイトル数と段位である。そしてタイトルの中でも竜王と名人は別格扱いだ。三冠を持っていた藤井よりも竜王一冠の豊島が上位だったのはそのためである。そして竜王と名人のどちらが上かというと、

1、同時に保持するほかのタイトル数が多いほうが上位

 という決まりがある。

 藤井は竜王を奪取して四冠となったため、名人を含む三冠の渡辺より上位となる。では、仮に藤井竜王(三冠)と渡辺名人(三冠)のように、どちらもタイトルの数が同じだったらどうなるか。

2、竜王と名人で棋士番号が若い(先輩)ほうが上位

 この場合は同時に持つタイトルが何であろうと変わらない。上記の例だと渡辺のほうが先輩になるため、渡辺が序列1位となる。それぞれが竜王と名人の一冠ずつしか持っていない場合も同様である。もし今後、A竜王、B名人、C六冠となった場合は、Cの序列が3位で、AとBのうち、先輩が1位となる。

3、竜王と名人以外は持っているタイトルの数が多いほうが上位

4、保持タイトルが同数の場合は序列上位のタイトルを持つほうが上位

 2019年3月26日に豊島王位・棋聖と渡辺棋王・王将(いずれも当時)という対局が竜王戦で実現しているが、当時の新聞観戦記には「二冠同士だが、王位を持つ豊島が上位なのは規定通りだ」と書かれている。

 そしてタイトル保持者以外は、まず永世称号有資格者が上位となり、そして九段、八段、七段……となっていく。永世称号有資格者の中では、もっとも早く永世称号の資格を得た(その棋戦は問わない)棋士が上位となるため、1995年に永世棋王の資格を得た羽生が、1997年に永世名人の資格を得た谷川よりも上位にくる。そして2006年に永世棋聖の資格を得た佐藤康光九段、2007年に永世名人の資格を得た森内俊之九段が続く。

竜王と名人では同時に保持するほかのタイトル数が多いほうが上位

 また、同段位の中では「その段位に早く上がったものが上位」となる。九段筆頭の桐山清澄九段は棋士番号93で九段昇段時が1984年。桐山の次に棋士番号が若い九段は114番の青野照市九段だが、青野の九段昇段は1994年。よって棋士番号は147ながら1989年に九段昇段を果たした南芳一九段の方が上位となる。

 ただ、タイトルを持たない同段位同士の棋士による対局があった場合は、序列よりも棋士番号を優先しているケースが多そうだ。序列上位とはいえ、先輩を差し置いて上座につくという光景はまず見かけない。

 そして上記の「竜王と名人では同時に保持するほかのタイトル数が多いほうが上位」という現行の規定が作られたのは実はここ10年ほどで、割と最近なのである。長らく、「竜王と名人で棋士番号が若い(先輩)ほうが上位」の規定のみが周知されていた。竜王一冠と名人含む三冠、あるいはその逆の場合のケースなどでも、他のタイトルは関係なく、竜王と名人のうちの先輩が上位とされていた。現行の規定を知った時に「えっ、変わったの?」と思った記憶がある。これは筆者だけでなく、多数の関係者が似たような感想を話していたはずだ。

 現行の規定が導入されたことが確認できるのは2012年である。その年の名人戦が終わった時点で発刊される将棋年鑑には、棋士が序列順に並んでいるページがあるが、2012年版の年鑑で筆頭になっていたのは渡辺明竜王(王座)だ。続くのが森内俊之名人で、以下、羽生善治王位・棋聖、郷田真隆棋王、佐藤康光王将……となっていた。その前年は森内名人が筆頭で、渡辺竜王が二番手だった。

藤井竜王の時代はどこまで続くのか

 長年、将棋界の序列1位は名人と決まっていたが、1987年に「将棋界最高峰の棋戦」として竜王戦が創設された。第1期竜王戦が決着した1988年11月17日以降の序列1位経験者を順番にあげると、谷川浩司九段、中原誠十六世名人、米長邦雄永世棋聖、羽生善治九段、佐藤康光九段、丸山忠久九段、森内俊之九段、渡辺明名人、広瀬章人八段、豊島将之九段、そして今回の藤井聡太竜王となる。

 藤井時代が長く続くか、それとも待ったをかける者が現れるか。要注目だ。

(相崎 修司)

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