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実はまったく「らしく」ない…スーパー観光都市の玄関口「京都駅」には何がある?

文春オンライン / 2021年12月6日 6時0分

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スーパー観光都市の玄関口「京都」には何がある?

 日本一の観光都市と言えば、もちろん京都である。平安の都から数えて1200年を超える悠久の歴史が、京都を日本一の観光都市たらしめている。

 一時期は外国人観光客ばかりで楽しめないなどという声もあったようだが、日本に遊びにやってきた外国人が決まって京都に立ち寄るというのだから、それは世界的な観光都市である証であって誇るべきことでもあろう。コロナがいったん落ち着きを見せている2021年の秋、京都は多くの日本人観光客で溢れていた。

 そんな京都の町にやってきていざ観光、という人たちの玄関口はどこであるか。答えはひとつで、JR京都駅である。

発着する特急列車の種類が日本一の駅「京都」

 天下の新幹線が停まる大ターミナルであり、関西を走るJR線の看板列車・新快速ももちろん停まる。さらに嵐山観光ならば嵯峨野線、伏見稲荷や奈良に行くなら奈良線に乗り換えればいい。もっというと、北陸方面の特急「サンダーバード」も出ているし、天橋立の北近畿にも特急「はしだて」。なんでも、京都駅は発着する特急列車の種類でいうと日本一なのだという。

 そして京都駅にはJRだけではない。JR奈良線とはライバルということになるのだろうが、奈良に向かって近鉄京都線が走っている。近鉄特急に乗れば奈良はもちろん伊勢方面に向かうこともできる。

 このように、京都駅はスーパー観光都市・京都の玄関口らしい堂々たるターミナルなのである。京都には空港がないから、京都観光にやってくる人のほとんどが京都駅を玄関口としてあちこちへと旅を続けていく。そんな京都駅を、改めて歩いてみることにしよう。

らしさを「まったく裏切られるターミナル」

 ご存知のとおり、京都駅は古都・京都らしさを期待していたらまったく裏切られるターミナルである。

 在来線が地上にホームをズラリと並べて広大な面積を占め、新幹線は在来線の南側を高架で貫き、在来線と新幹線の間の狭いところから近鉄も高架のホームを持つ。さらに地下にも京都市営地下鉄烏丸線が通っているので、地下街と一体となったエリアも京都駅の一部ということになろう。

 JRの在来線を基準に歩いて行こう。ホームから階段を登ると乗り換え用の橋上通路があり、正面の西口改札を出ると駅の南北をつなぐ自由通路だ。改札を出て左に行って階段を降りると左が新幹線、右が近鉄の改札口になっている。

通路からいい匂いが…

 通路には土産物屋があって、傍らでは551の蓬莱の豚まんのお店も。そこに長蛇の列ができていたが、551って大阪名物であって京都名物じゃあないような気もするんですけど、どうなんでしょう。まあ、おいしいから大阪とか京都とかはどうでもいいということなのだろう。

 自由通路を反対に進むと、階段を降りて駅北側(烏丸口)の駅前広場へ通じている。ただし、在来線の改札の中から烏丸口側に出るルートは他にもある。改札内の通路から0番のりばへの階段を降りればすぐに中央改札が待ち受けていて、そこからも烏丸口に出ることができる。

 実は筆者はかつて京都に住んでいたことがあるが、そのときを思い出しても京都駅で降りたときには橋上の西口改札を出て、京都駅から乗るときには中央改札から入って階段を登って橋上通路から目的の乗り場を目指していたものだ。ちなみに、中央改札を入ってすぐの0番のりばから右手に向かってずーっと歩いていくと嵯峨嵐山方面に向かう嵯峨野線ののりばへ続いている。

 中央改札の前には地下に続く階段があって、そこからは地下街のポルタや地下鉄の通路にも繋がる。もちろんそのあちこちには土産物店があったり、仰ぎ見れば1997年に完成した4代目駅舎の立派なお姿。西側には伊勢丹、東側にはホテルグランヴィア京都が入っているという、とにかくドデカく現代的なデザインの駅ビルである。

「京都らしさが感じられない」の声も…

 この京都駅の駅ビル、完成した1997年頃にはとにかく評判が悪かった。今でも、せっかく古都・京都まで来たのに出迎えてくれるのがこの駅じゃあ興ざめですよね、などという人は少なくない。古都の玄関口ならば、和風建築っぽさがもうちょっとあってもいいのじゃないか、というわけだ。

 もちろんその言い分もよくわかるし、駅前にそびえる京都タワーともども京都駅の駅前はなんとなく京都っぽくない。神社仏閣ばかりのイメージを抱いている方が間違いだといえばその通りなのだが、どうしたって観光のお客は京都駅に“京都らしさ”を求めてしまうのだ。だから、現在の京都駅舎が完成した当時には「京都らしさが感じられない」などと批判されてしまった。

 しかし、じゃあその前の駅舎は京都らしかったのかというとそんなことはまったくなかったわけで、むしろ狭くてお世辞にもきれいとは言えず、それこそ国内外から観光客が大挙押し寄せる京都の玄関口にはふさわしからず。広くて立派な新しい駅舎になったのだから、わざわざ文句を言わなくても良いのではないかと思う。

ドデカいビルの中には大階段も

 といっても、そんな駅舎も完成してからすでに25年近く経ったわけで、いまさらどうということもないだろう。とにかくここで言いたいのは、京都駅はドデカい駅ビルに覆われているということだ。

 ドデカいビルの中には大階段なる壮大な階段も設けられていて、どんな人が登るのだろうかと見にいった。が、こういう類いの階段は登るものではなくてカップルなどが座っておしゃべりをするためにあるのだろう。

 ここで思い出したが、ずいぶん昔にこの大階段で行われたEE JUMPのイベントに行ったことがある。そのときにユウキさんがいたかどうかは、ちょっと覚えていません。

京都での「何よりもありがたい武器」

 さて、巨大な駅ビルがあれば駅前広場も大きいのが当たり前で、タクシー乗り場には列ができていてひっきりなしにタクシーがやってきてはお客を乗せて去ってゆく。

 京都市内にはいくつも観光地があるしホテルもあるし、京都駅から離れているところも多い。だから、荷物を抱えて京都駅にやってきた観光客はとりあえずタクシーに乗る。京都の古くからの中心地からは南に外れた場所にある京都駅から観光をはじめるには、タクシーは何よりありがたい武器である。

 もうひとつ、タクシー乗り場とは反対にあるのがバス乗り場。京都市内には地下鉄が2本通っているが、必ずしも便利とは言えない。だからタクシーに次いでバスに乗る。昔は路面電車が通っていたがとうの昔にすべて廃止されているから、公共交通としてはバスに頼るほかないのだ。金閣寺から清水寺、東福寺に嵐山、御室仁和寺へ。バスの行き先表示を見ているだけでも、京都の観光地巡りをした気持ちになれる。

 このように京都駅の周りは、さすがの天下の観光都市のターミナル。駅前の通り(塩小路通り)を挟んでホテルや旅館も建ち並んでいるし、人通りは途切れず賑やかだし、烏丸口の名にもなっている烏丸通を少し歩けば東本願寺。何より天高くそびえる京都タワーが、“ここが京都だ”と力強く主張する。京都タワーは先の東京オリンピックと同じ年、1964年に完成した50年来の京都のシンボルである。

1877年、まさに“南端”にできた「京都駅」

 ここで京都駅の歴史にスポットを当ててみたい。

 京都駅が開業したのは1877年のことである。首都圏では新橋~横浜間が開通し、次いで関西でも1874年に神戸~大阪間が開通した。この神戸~大阪間を延伸する形で1876年にいったん大宮通付近に仮の駅舎が開業し、1877年になって京都駅が開業。開業前日には明治天皇を迎えて盛大な記念式典が行われたという。

 駅の場所は京都の中心から少し南に外れたところにある。古い地図を見ると、まさに京都の“南端”にあったことがわかる。当時すでに天皇は東京に住んでいたとはいえ、長年天皇の住まう場所であった京都の中心を鉄道が貫くわけにはいかなかったのもあるだろうし、古くからの市街地が広がっているので用地買収にも手間取ってしまう。そこで南の端に線路を通したというのがいまの場所に京都駅が設けられた理由だろう。

 そしてもうひとつ、京都からさらに東に向けて線路を延ばすにあたっての課題もあった。京都駅開業の2年後、1879年に大谷駅(山科~大津間、現在は廃止)まで延伸している。いまはトンネルを使って京都駅からほぼ直線的に東に伸びているが、当時はトンネルを掘る技術に乏しく、南側を大きく迂回するルートを取っていた。ちょうど伏見稲荷の目の前を通って南をぐるり。その線路の一部はJR奈良線として活用されている。

 その後、京都駅には現在の奈良線や嵯峨野線(山陰本線)が乗り入れるようになり、1895年には駅のすぐ東側を通る路面電車も開通した。この路面電車は、日本で初めての営業用電車というエポックメーキングな出来事でもある。

 こうして複数の路線が乗り入れるターミナルになり、開業当初は町外れ感が否めなかった駅前も大いに発展。お客や貨物が増えれば駅も手狭になって、1914年に2代目駅舎にリニューアル。奇しくも同じ年に東京駅が開業している。ちょうど同じ時期に、東西の“都”のターミナルが完成したというわけだ。

京都駅ならではの「英断」

 ちなみに、このときに東京駅は正面に天皇をはじめとする皇族が利用する専用の出入り口を設けている(いまもそのまま使われている)。京都駅もそのような構造だったのかと思って調べてみると、京都駅の場合は皇族専用出入り口は脇に追いやられ、中央に誰もが使える一般用の出入り口と車寄せ。御所のある街だけに皇族の利用も多かっただろうに、中央に庶民が使える出入り口を設けたのはずいぶんな英断といっていい。

 京都の街は空襲の被害に遭わなかったので2代目駅舎は戦争を乗り越えて長く使われたが、1950年に火災で全焼してしまう。食堂のアイロンの不始末が原因だったとか。東京駅の八重洲口も1949年に焼失しているが、こちらはたばこの不始末による失火。別に示し合わせているわけではないのだろうが、東京駅と京都駅は同じような時期に駅舎ができて同じような時期に燃え落ちているのである。

 1952年には3代目(つまり今の駅舎のひとつ前)駅舎が完成し、1964年には東海道新幹線が乗り入れる。新幹線の乗り入れで駅の南側(八条口)の発展も本格的に進むことになって、今の京都駅周辺の賑わいが形作られていった。

垣間見える「観光都市ではない京都の一面」

 京都観光で京都駅にやってきた観光客は、特に理由がなければだいたい烏丸口側に降りて地下鉄やバス、タクシーでどこかに行ってしまう。帰るときも烏丸口から新幹線に乗る。もちろん駅の南側にも五重塔でおなじみ東寺(教王護国寺)などもあるので見どころは充分なのだが、やはり古くからの市街地である北側にはかなわない。

 そうした事情があるからなのか、八条口側は少し雰囲気が違う。ホテルなどがあるのは烏丸口側と同じでも、予備校があったりイオンモールがあったりワコールがあったり、観光都市・京都とはちょっと違った空気を漂わせている。イオンモールに向かって歩く学生たちの姿があり、さらに少し南に行けば住宅街もあって、観光都市ではない京都の一面を垣間見る。観光客でごった返す烏丸口の駅前広場もいいが、こういう雰囲気も案外ほっとするものである。

 ともあれ、京都にやってきた観光客は、京都駅を起点にあちこちに訪れる。京都最大の繁華街は四条河原町。四条河原町から鴨川を挟んで隣り合う祇園とともに、京都駅から行くなら地下鉄と阪急電車を乗り継ぐか、それともバスだ。金閣寺や清水寺もバスで、伏見稲荷はJR奈良線に乗って。お茶と10円玉でおなじみの宇治にも奈良線が便利だ。二条城は嵯峨野線に乗ればすぐだ。この嵯峨野線沿線、京都駅のひとつ隣の梅小路京都西駅の近くには京都水族館や京都鉄道博物館。

 ドデカい駅ビルに覆われて、新宿駅や大阪駅ほどではないにせよ充分ダンジョン感のある京都駅だが、やはり観光の拠点としてはケチのつけようがない。広い駅だしお客が多いから歩いているととにかく疲れるが、旅を楽しむ人たちの中を歩くのは案外気分の良いものである。観光都市のターミナルには、明るく前向きな感情が満ちている。

写真=鼠入昌史

「誰のために車内放送してるんだろ」「子どもを祖母に預けても自分が移したら…」意外と知らない車掌さんの日常と“コロナ禍のリアル” へ続く

(鼠入 昌史)

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