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「多様な価値を認める寛容な大人を演じていたつもりが…」武田真一(56)アナの“悩み”

文春オンライン / 2024年9月23日 17時0分

「多様な価値を認める寛容な大人を演じていたつもりが…」武田真一(56)アナの“悩み”

中野信子さん ©文藝春秋

〈 お化け屋敷でも痴漢にあっても「キャーッ」が言えない 30歳女性・中学校教諭の悩み 〉から続く

 みなさまのお悩みに、脳科学者の中野信子さんがお答えする連載「あなたのお悩み、脳が解決できるかも?」。今回は、「多様な価値を認める寛容な大人を演じていたつもりが、実は収拾がつかなくなった“混とん”を次の世代に残しただけなのではないか」という難題に、中野さんが脳科学の観点から回答します。(全3回の3回目。 #1 、 #2 を読む)

◆ ◆ ◆

Q 多様な価値を認める寛容な大人を演じていたつもりが、実は収拾がつかなくなった“混とん”を次の世代に残しただけなのではないか──56歳・武田真一(フリーアナウンサー)からの相談

――突然ですが、私、いまや世界で活躍するアーティスト「新しい学校のリーダーズ」を絶賛推し活中であります。

「個性と自由ではみ出していく!」というのが彼女たちのキャッチフレーズなのですが、その言葉を初めて聞いたときに頭をぶん殴られたような衝撃を受け、いつしか深い感動の涙を流していたのです。現代の若者たちは、存分に個性を表現し、自由に生きていい。既存の価値観をはみ出して、誰もがそれぞれの価値観でリーダーになれる新しい時代が、ようやく拓かれたのだ。うらやましい! なんとかっこいい!!

 しかし、彼女たちの歌を聴くうちに、ことはそう単純ではないことに気づきました。

〈一体、個性ってなんだろな? 怒らないから言ってみて 知ったか振った あなたは黙っといて〉(『迷えば尊し』作詞:新しい学校のリーダー達)

 武道館のステージの中央で、メインボーカルのSUZUKAさんが叫んだのです。「人間、自分らしく生きるってそう簡単じゃないの!!」

 そう。ついに若者が個性と自由ではみ出していける時代が来たと喜ばしく思っていた私は、なんと知ったか振っていたことか。多様性と包摂という言葉は、人と違う自分らしさをアピールできる人以外はだれからも認めてもらえないかも……という恐怖と裏返しだったのです。

 私たち世代は、多様な価値を認める寛容な大人を演じつつ、どう生きるべきか、この社会をどういうものとして残していくのか、思考や価値を野放図に拡散させ収拾がつかなくなった混とんを若者にただ残してしまったのではないかと悩んでいます。どうお考えになりますか? 私たち大人は、若者の悲痛な叫びにどう応えるべきでしょうか?

 社会の最新事情を捉えつつ、構造的なひずみについて言及される武田さんのワザを見せていただいたようなご質問で、さすがだなと勉強になりました。長いキャリアをメディアの第一線で活躍されてきた人の凄みを感じます。そのような方にご相談をいただけるなんて本当に光栄です。

「個性」や「自由」という用語を使わせているのは大人ではないか

「個性」と「自由」が客層に向けたある種のマーケティング的な用語であることに武田さんは鋭敏に気づいてしまう。「多様」も同じく、見えないレイヤーで予め決定された範囲内での「多様」しか我々の社会では許されない、ということにもお気づきでいらっしゃることでしょう。その範囲を一歩でも踏み出せば、あっという間に炎上の火種になってしまう。許される範囲内での「多様」の中で、カッコ付きの「個性」や「自由」という用語を使わせているのは大人ではないかという罪の意識を持っていらっしゃるのですよね。

 その武田さんの姿勢には、真摯なものがあると思います。もしかするとそこまで見通せる武田さんなら、当ご相談ももちろん読者がご覧になることを想定して設計されているのだろうとも思いますし、その知性の切れ味にセクシーさすら感じます。

 私自身ももちろん、若者たちに伸び伸びと頑張ってほしいと思います。ただ、仮に若者たちにユートピアを用意してあげられたとして、それが本当に若者にとって望ましいことなのかどうかは、科学的にはなんともいえないというところが悩ましいんです。

ユートピアを用意したはずが、ぞっとするようなディストピアが

 1970年代にアメリカの人口学者が行った実験があります。これは「ユートピア実験」と呼ばれることもあり、ユートピアを用意するとその集団は絶滅する、という逆説的な結果になることで知られています。

 まず広さ、安全、清潔さ、豊富な餌など何もかも揃った環境をネズミに用意します。初めのうちは個体数が増えていきますが、やがてオスたちの間に格差が生じ、力を持ったアルファオスは弱者であるベータオスを攻撃して排除し始めます。メスたちはアルファオスに群がりますが、いずれのオスにもメスを守る余裕がなくなり、メスも自ら攻撃力を持ち始めます。 

 その分、巣づくりの力が削がれて子ネズミの生存率が単調に下がっていきます。そして少子化の時代がやってくる。まともな育てられ方をしていない子世代は大人になっても子育てができなくなり、さらにこの様相が進むと異性に興味を持たなくなって交尾すらしなくなるのです。一方でオス、メス構わず、子ネズミまで犯すオスが現れる。ユートピアを用意したはずが、ぞっとするようなディストピアが出来上がる。

 少子化は加速度的に進み、ネズミたちは超高齢化社会を迎えます。そこで辛うじて生まれた若いネズミたちは、もはや他個体にはまったく関心を持たず、交尾などは仕方を忘れてしまったかのように異性に対しても何もしない。関心があるのは自分のことだけ。ひたすら毛繕いをして、つやつやに輝く毛並みの美しい個体が増えていきます。そして、子どもの生まれないこの集団は滅亡します。この実験は再現性も確かめられています。

 これはあくまでもネズミの実験ですが、少子化、超高齢化社会、異性に関心を持たず自分の身繕いにだけ時間とコストをかける個体が増えていく現象など、人類もとても他人事と思っていられるような内容ではないのではないかと背筋に冷たいものが走ります。

混とんは福音である可能性もある

 私たちがユートピアだと思っているものはユートピアとは限らないかもしれない。混とんがなければ我々は健全ではいられないかもしれない。そういうことをこの実験結果が示唆しているのだとしたら……。「次世代に混とんを残してしまった」と武田さんは葛藤しておいでですが、むしろその混とんは福音である可能性もある、ということになりはしないでしょうか。

 また、武田さんのような方が次世代に対する責任を重く考えていらっしゃる姿をこうして発信されること自体が、素敵なことのように思うのです。私も武田さんに倣い、次世代に向けて自分のできることを淡々と積み重ねてまいりたいと身が引き締まりました。

なかののぶこ/1975年東京都生まれ。脳科学者。東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『ペルソナ』『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、内田也哉子との共著『なんで家族を続けるの?』(文春新書)など。最新刊は『新版 人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム文庫)。

text:Atsuko Komine

(中野 信子/週刊文春WOMAN 2024夏号)

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