【史上最悪のノーベル賞】患者の脳にアイスピックを突き刺す“治療法”に固執し続けた「悪魔の精神科医」の正体
文春オンライン / 2024年9月21日 17時0分
写真はイメージ ©getty
かつて精神疾患の患者の脳の一部を切る外科手術「ロボトミー」が大流行した。一瞬にして症状を改善させる「奇跡の手術」と称賛され、産みの親は「ノーベル賞」まで受賞したが、その裏では虚ろな目をした廃人が大量に生みだされていた。
ロボトミーの推進者で、患者の脳にアイスピックを刺し込みつづけた精神科医ウォルター・フリーマンは、救世主だったのか? それとも悪魔か? フリーライターの沢辺有司氏の新刊 『マッドサイエンティスト図鑑』 (彩図社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ 後編 を読む)
◆◆◆
目から突き刺し、脳をかき切る
アメリカ最大の精神科病院セント・エリザベス病院の研究所長だったフリーマンは、精神疾患の原因が脳にあると考え、病院内で亡くなった患者たちの脳の解剖に明け暮れていた。
1920年代当時の精神医学は、フロイトが創始した精神分析学が隆盛をきわめていて、さまざまな精神疾患に対しては催眠や夢分析によって治療が行われていた。しかし、フリーマンは脳外科の治療によって精神疾患を改善できるのではないかと考えていたのである。
すると1935年、フリーマンの運命を左右する発表があった。ロンドンの国際神経学会で、エール大学の研究チームが、チンパンジーの脳の前頭葉の一部を切ると凶暴性が治まったと発表したのだ。
これを聞いていた、出席者のポルトガルの精神科医アントニオ・エガス・モニスが言った。
「その実験を応用すれば、精神患者を救うことができるのではないか?」
モニスはポルトガルの外務大臣を務め、脳の血管をX線撮影する「脳血管造影法」の研究でノーベル賞の候補にまでなった人物だった。彼は、さっそく精神疾患をかかえる患者20人を集めて、脳の前頭葉と大脳辺縁系の連絡回路にあたる神経繊維の集まり「白質」とよばれる部分を切る手術を行った。
この術式は、ギリシャ語の「白(leuco)」と「切除(tome)」から「ロイコトミー」と名付けられた。ロンドンの学会からわずか半年後、モニスは20人のうち、およそ7割の患者の症状が治癒したか、改善に向かったと報告した。
この論文を読んだフリーマンは、さっそく手術に必要な長いメスをヨーロッパから取り寄せ、ロイコトミーをアメリカで展開しはじめた。フリーマンは精神科医で、脳外科手術を行うことはできないので、神経外科医のジェームズ・ワッツと協力し、死体を使って研究した。
そして1936年9月、フリーマンとワッツは、ジョージ・ワシントン大学病院でアメリカ初となる精神外科手術を行った。患者は63歳のアリス・ハマットという女性で、重篤なうつ病を患っていた。家具を壊すなど暴力的な症状もあり、夫の強い希望で彼女は手術台に寝かせられた。
患者に麻酔をすると、頭蓋骨の側頭部にドリルで穴をあけ、長いメスを差し込み、前頭葉の白質の神経繊維の一部を切った。術後、患者からうつ病の症状が消え、すぐに退院できた。
モリスが前頭葉の一部分を切ったのに対し、フリーマンたちは前頭葉と視床のあいだの神経繊維を切るという、よりシンプルな手術で同じ効果をえることに成功した。フリーマンはこの術式を、ラテン語の「頭葉(lobo)」と「切る(tomy)」から「ロボトミー」と命名した。
フリーマンが精神疾患を外科手術で治療したことは、「医学界において、ここ数十年で一番の革新」とたちまち話題になった。フリーマンのもとには、精神疾患に苦しむ患者やその家族が次々とおしよせた。
第1次世界大戦後になると、アメリカでは心に傷をおう精神患者が激増し、その数は50万人をこえていた。フリーマンはこれら大量の患者をさばくため、手術の簡略化をはかった。そうして開発されたのが、「経眼窩ロボトミー」だった。
麻酔の代わりに電気ショック装置を使って患者を昏睡状態にし、アイスピックを上まぶたの裏に突っ込み、軽くハンマーでたたいて眼窩の薄い骨を破り、脳まで達すると、神経組織をかき切る。片目の手術は10分ほどで、両目を行う。目の周りにあざができたが、成功すれば、暴れていた患者がすぐに大人しくなるなど症状は劇的に改善された。
爆発的に普及した「ロボトミー手術」
別名「アイスピック・ロボトミー」ともよばれたこの手術は、手術室ではなく診療所で、しかも脳を見たこともない精神科医でさえも簡単にできるものだった。相棒のワッツは、最初からこのおぞましい手術に反対していて、フリーマンのもとを去っていった。
フリーマンはやめるつもりなどない。彼は「アイスピック・ロボトミー」を普及させるため遠征に出た。「ロボトモビル」という名の愛車に乗り、全米23州、55の病院を訪問。精神患者であふれる精神病院では、フリーマンは「救済者」として歓迎された。フリーマンは、ロボトミーの公開デモンストレーションを行い、ロボトミーの手法を精神科医たちに伝授した。
1949年、ロボトミーの産みの親ともいえるモニスがノーベル生理学・医学賞を受賞する。この受賞を後押ししたのが、フリーマンだった。ノーベル賞のお墨付きをえたことで、ロボトミーはいまや世界中で認められ、爆発的に普及した。
〈 「狂人が正気に戻った」ケネディ大統領の妹や12歳少年の“人格を破壊”…悪魔の治療法「ロボトミー手術」を信じた“精神科医の末路” 〉へ続く
(沢辺 有司/Webオリジナル(外部転載))
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