重苦しくて新作を避けた少年時代。印象を大きく変えた邦画がこれだ――春日太一の木曜邦画劇場
文春オンライン / 2024年9月24日 17時0分
1991年(120分)/東宝/4950円(税込)
おかげさまで、本連載は六百回を迎えることができた。旧作邦画一筋で、これだけ続けられたのは、何より読者の皆様のご愛顧のおかげ。改めて、御礼申し上げたい。
今でこそ、このように邦画を専門にしているが、映画を好きになった頃は苦手だった。一九八〇年代半ばに『グーニーズ』で映画の面白さに目覚めたため、以降は派手な楽しさを求めてハリウッド映画ばかり追っていた。一方、同時期の邦画は重かったり、暗かったり、貧乏臭かったり――という印象があり、小学生の身には取っつきにくかった。中学に上がる前後に名画座などで旧作にはハマっていくが、新作は苦手なままだった。
そうした中で「え、新作邦画もハリウッドみたいに楽しく作れるんだ」と公開時に驚かせてくれたのが、今回取り上げる『大誘拐 RAINBOW KIDS』だ。今年で生誕百年となる岡本喜八監督によるコメディ映画である。
「紀州一の山林王」と呼ばれる大金持ちの老女・とし子(北林谷栄)を、三人組の若者(風間トオル、内田勝康、西川弘志)が身代金を目当てに誘拐したことから始まる騒動が描かれる。陽気なジャズ調のBGM、時おりイラストも挿入される早いカット割、ユーモラスな関西弁とともに繰り広げられる、三人組がとし子を誘拐する序盤から早くも軽快。当時の新作邦画では触れたことのなかったテンポの良さに引き込まれたのを、今でも鮮明に記憶している。
人質のとし子が積極的に協力し、何かと思慮が足りない三人組に的確なアドバイスをしていく展開もユニークだった。それどころか、事件の陣頭指揮に当たる和歌山県警の本部長・井狩(緒形拳)に対して、率先して頭脳戦を展開。むしろ犯人グループのリーダーにすら思えてくる。
俳優陣も素晴らしい。飄々としつつも時おり凄みも出す緩急自在な北林はもちろん、当時衝撃的だったのは緒形だ。この時期の緒形には「重苦しい邦画の象徴」として苦手意識があった。だが、本作では井狩を鋭くも軽妙に表現。印象が全く変わった。
とし子に右往左往させられる三人組の漫才のようなやり取りに加え、樹木希林、神山繁、天本英世、常田富士男といった芸達者たちのトボケた芝居もアクセントとして効果的。序盤の勢いのまま、岡本演出はコミカルかつスリリングにラストまで快調に突っ走る。
とし子の狙いが明らかになる終盤のどんでん返しを経て、最後は人情で泣かせるプロットも気が利いている。
以降の邦画界がもっとこうした楽しい作品を作ってくれていたら、旧作ばかり追う今はなかったように思える。
(春日 太一/週刊文春 2024年9月26日号)
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