全身ムキムキ、素手でコンクリートの板を…北朝鮮が急に公開した“特殊部隊”の実力と、金正恩の“意外な銃の腕前”とは
文春オンライン / 2024年9月27日 6時10分
©AFP PHOTO/KCNA VIA KNS
北朝鮮軍の特殊作戦部隊。装備の老朽化と燃料不足に苦しむ北朝鮮軍が頼みにする精鋭部隊だ。
2020年10月、朝鮮労働党創建75周年の軍事パレードの際、朝鮮中央テレビのアナウンサーは特殊作戦部隊の戦闘員を「いかなる形の作戦や戦闘にも備えた一当百(イルタンベク=1人で100人に相当する力を持つ)の万能兵士」と激賞した。有事になれば、韓国の後方地域に浸透し、テロ・破壊活動を繰り広げる。
その部隊訓練を、金正恩総書記が9月11日に指導した。北朝鮮メディアが公開した写真には、秘密を保護するためか、詳しい訓練内容や装備は写っていなかったが、精鋭ぶりは十分に伝わってくる。
朝鮮中央通信はこの視察で計47枚の写真を公開した。兵士たちが建物の外壁伝いにロープを使って降下したり、小銃や対戦車砲を使った戦闘訓練を行ったりする様子が写っていた。
300人が筋骨隆々の肉体で「瓦割り訓練」...陸自の元空挺団長が解説
朝鮮中央通信は、約300人規模の特殊作戦部隊兵士が上半身裸で金正恩氏と一緒に記念撮影した写真も公開した。組手やコンクリート様の板を使った「瓦割り訓練」でも、筋骨隆々とした上半身裸の姿を披露した。
陸上自衛隊の第1空挺団長を務めた岩村公史元陸将は「北朝鮮軍は近年、食料やエネルギー不足に苦しんでいると伝えられていましたが、今年に入って戦車部隊やパラシュート降下部隊などの大規模訓練も公開しました。ロシアなどからの支援で一息ついたのでしょう。たくましい肉体を見せたのも、精鋭を鍛えているとアピールしたかったのでしょう」と語る。
集合写真に写った300人規模の兵士の姿についても「1カ所で鍛える規模としては大きい方です。特殊部隊の育成には通常、3年かかりますが、どんどん育てているとも言いたいのだと思います」という。
岩村氏は「北朝鮮が公開した写真を見る限り、初歩的な新兵訓練だったようです。それでも、精強な様子が十分伝わってきます」と語る。
公開された写真には、4人1組で丸太を担いで歩く兵士の姿もあった。岩村氏によれば、米海軍特殊部隊(ネイビー・シールズ)も採用している訓練だという。「バランスを崩すと重い丸太を素早く運べません。お互いの力を補い合いながら、チームワークを鍛えます。各国の軍の空挺部隊や特殊作戦部隊が行う基礎訓練の一つです」(同氏)。
手の内を明かさずとも、北朝鮮軍の特殊作戦部隊の実力は折り紙付きだ。
韓国軍にその実力を知らしめたのが、1996年秋に日本海側の江原道江陵市に北朝鮮軍のサンオ級潜水艦が座礁したことで始まった浸透事件だ。北朝鮮の乗組員26人が韓国に上陸、11人が集団自決を遂げたが、15人が逃走して南北軍事境界線を目指した。
韓国軍は同年11月5日の作戦終了までに、のべ150万人を投入して大掛かりな捜索を行った。逃走した北朝鮮乗組員15人のうち、13人が射殺され、1人が逮捕されたが、うち2人は境界線まであと20キロの地点まで迫った。
残る1人はついに発見できなかった。韓国側は死者12人、負傷者27人を出した。
当時、捜索にあたった韓国軍将校によれば、逃走した北朝鮮乗組員には特殊作戦が可能な工作員も含まれていた。北朝鮮工作員は山中を平均時速10キロで移動し、追跡する韓国軍兵士の額と胸を正確に撃ち抜いた。
米韓は1個師団を投入しないと北朝鮮の精鋭隊員に対応できない
射殺された北朝鮮工作員は、逃走途中に書いたとみられる、韓国のダムや発電所など重要インフラの位置を記したメモ用紙を所持していた。
岩村氏は「北朝鮮軍の特殊作戦部隊は有事になれば、レーダーに探知されにくいアントノフ2複葉機で低空から侵入し、韓国の後方地域に降下します。そこで数人でもテロや破壊活動を行えば、米韓連合軍は1~2個師団(約1万~2万人)を投入しないと対応できないでしょう」と語る。まさに「一当百」どころではなく「一当千」「一当万」の脅威と言える。
こんな頼もしい兵士に囲まれ、金正恩氏もうれしかったに違いない。万歳する兵士たちに向け、お得意の親指を立てる「サムズアップ」をしてみせた。
朝鮮中央通信によれば、金正恩氏は「訓練で汗を多く流してこそ戦争で流す血は少ないものである」と語った。
一方、「おごりと怯え」が透けて見える。写真には、そんな金正恩氏の周囲を、濃紺色の戦闘服にヘルメット、小銃で武装した兵士が固める様子も写っていた。
韓国陸軍第5砲兵旅団作戦将校を務め、北朝鮮の軍事情勢に詳しい、韓国の市民団体「自主国防ネットワーク」の李逸雨事務局長は「護衛司令部の要員です」と語る。
護衛司令部は金正恩氏やロイヤルファミリーの身辺警護や暴動の鎮圧などを担当するエリート集団だ。特殊作戦部隊と同じ訓練を受ける場合もあり、戦闘能力は非常に高いとされる。
李氏は「金正恩氏が国家行事などで公式の席に現れる場合は、背広姿で周囲を警戒しますが、金正恩氏が軍部隊を視察する際には戦闘服に着替え、小銃を携行して護衛するケースが目立ちます」と語る。
ただ、護衛司令部兵士が金正恩氏を中心に7人もいる写真もあった。北朝鮮は最近、世界各地で伝えられる政治要人たちの暗殺・暗殺未遂事件に神経をとがらせているという。
北朝鮮が急接近しているロシアの場合、ウクライナによる無人機(ドローン)攻撃が頻発している。北朝鮮の防空網は、高射砲などの数は多いものの、レーダーは貧弱で早期警戒機も保有していない。
「これで撃ったら後ろにひっくり返る」銃を構えてみせた金正恩氏の「素人」ぶり
さらに、いくら精鋭だと言っても、写真の特殊作戦部隊の兵士は皆、20代に見える。北朝鮮では今、若い世代を中心に韓国などの外国文化が流入し、社会を揺さぶっている。特殊作戦部隊に入る以上、「出身成分」(北朝鮮独特の身分制度)や忠誠心の高い人々を選抜しているのだろうが、不安も残るのだろう。
そして、椅子にふんぞり返った金正恩氏の「素人」ぶりも際立った。金正恩氏は椅子に座ったまま、狙撃銃とみられるサイレンサーとスコープが付いた銃を構えてみせた。
岩村氏は「この姿勢で本当に撃ったら、後ろにひっくり返ります。小銃は重いので、やや前傾姿勢で立ち、銃身を持つ左手は銃と直角になるようにして腰で支えます。金正恩氏の姿を見る限り、銃の扱いは素人のようです」と語る。
最近、北朝鮮で流行っている「金正恩氏の悪口」とは
北朝鮮当局は、金正恩氏が権力を握る2011年12月より前の時期、後継作業の一つとして「金正恩氏の優越性を示す10項目」を一般住民に学習させたことがある。そのなかのひとつが「百発百中の射撃術を持つ天下第一の名射撃手」というものだったが、どうもそうではなかったようだ。銃を扱ってみせることで、「強くて万能のリーダー」というイメージを与えたい思惑が透けて見える。
朝鮮労働党幹部だった脱北者によれば、北朝鮮の市民たちはそんな金正恩氏を公然と非難はしないものの、親しい知り合い同士では陰口を叩き合っているという。
元幹部は、最近連絡を取り合った北朝鮮の知り合いから、最近はやっている悪口の一つを教えてもらった。それは、「金正恩の体重が今の半分になったら、言うことが本当だと信じてやる」というものだった。
金正恩氏自身、自分が市民の信頼を失っていることをよく理解しているらしい。
(牧野 愛博)
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