「東京から来たサムライの失敗」“日本人スパイ”をでっちあげたベラルーシ・ルカシェンコ大統領(70)の狙いとは
文春オンライン / 2024年9月26日 6時0分
ルカシェンコ大統領
屈強な男たちに両手両足を抱えられた人物が、為す術もなくワゴン車に押し込まれていく――。ベラルーシの情報機関KGBが、スパイと見なした日本人男性を連行する瞬間だった。
◆◆◆
自白を強要されている感が拭えない
9月5日、ベラルーシの国営テレビが「東京から来た侍の失敗」と題する特別番組を放送した。手錠をかけられて出演している“侍”が、50代前半の中西雅敏さんだ。
国際部記者が解説する。
「ベラルーシ側は、中西さんがウクライナ国境で9000枚以上の写真撮影を行うなど軍事情報を収集し、日本の情報機関に送っていたとしている。番組の中で中西さんは『犯罪だと理解している』などと容疑を認めているが、自白を強要されている感が拭えず、“でっち上げ”との見方が強い」
「中西さんがスパイだったとも思えません」
埼玉県出身の中西さんは、現地報道などによれば、日本の大学の法学部を卒業した後、東京の民間団体に約20年勤務。2018年、ベラルーシ人女性と同国ゴメリ州で結婚式を挙げ、移住した。妻の作るパンケーキとソリャンカが大好物で、ゴメリ国立大学で日本語教師として教壇に立つかたわら、両国の文化交流にも力を入れていたはずだった。
一方、中西さんが恐れる日本の“上司”として名指しされたのが、長野県内で会社を経営するAさんだ。中西さんの妹の前夫であり、ゴメリ州での結婚式にも出席した男性だが、本人は「事実無根」と否定する。
「中西さんがスパイだったとも思えません。拘束は、日本文化を伝えようと頑張った彼の思いを踏みにじるようなものです」(Aさん)
全く違う“スパイ”らしき翻訳
件の特番では、2人のLINEのやりとりが紹介されているが、中国のビジネス面での東欧進出についての文章に、「最近の攻撃は米国のでっちあげのようだ」という全く違う“スパイ”らしき翻訳を当てている。
「番組で使われたのは3年前のもので、雑談レベルの内容です。やりとりは年に数回、彼から挨拶程度の連絡があるくらいで、最後は今年4月でした」(同前)
独裁者というより“道化師”
そもそも、ベラルーシとはどんな国か。筑波大名誉教授の中村逸郎氏が語る。
「ソ連崩壊後の91年に独立した国で、ソ連時代は“白ロシア”と呼ばれていました。かつてモンゴル帝国の支配を受けなかったため、純白なロシアの伝統を残しているという意味です」
94年以来、30年にわたって同国に君臨しているのが、「ヨーロッパ最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ大統領である。
「独裁者というより“道化師”といった方が近い。民主化運動を抑えようと『公の場で拍手してはいけない』という法律を作ったため、彼が演説しても、広場が静まりかえっていたのは滑稽でした」(同前)
でっち上げには、2つの狙いが
彼の大きなストレスになっているのが、同盟国ロシアとの関係だという。
「ルカシェンコ氏は、ロシアのプーチン大統領に忠誠を誓う態度を取りつつ、国が取り込まれないよう、のらりくらりとプーチン氏の圧力をかわし続けてきました」(同前)
元時事通信外信部長で拓殖大客員教授の名越健郎氏は、でっち上げには、2つの狙いがあったと分析する。
「1つ目は、プーチン大統領に“恩”を売るための囚人の確保です。今年8月1日、主に米ロ間で、冷戦後最大の囚人交換が行われましたが、ベラルーシはテロ容疑で死刑判決が出ていたドイツ人男性を釈放してロシア人の囚人解放に協力した。中西さんを次の西側との取引の材料にするという訳です。2つ目は、ルカシェンコ大統領自身の求心力を高めることです。来夏は、同国の大統領選挙があるのでなりふり構っていられないのでしょう」
海を渡った“侍”の受難の日々は続く。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年9月19日号)
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