25歳で安藤サクラと結婚、親子でピンク映画を鑑賞→母から言われたことは…柄本佑(38)と家族の“特殊な関係性”〈『光る君へ』最終回〉
文春オンライン / 2024年12月16日 18時0分
柄本佑 ©文藝春秋
俳優の柄本佑がきょう12月16日、38歳の誕生日を迎えた。折しも昨日には、彼が1年にわたり準主役の藤原道長を演じ続けてきたNHKの大河ドラマ『光る君へ』の最終回が放送されたばかりである。
昨夜の最終回では、道長が死の床に就くと、彼の嫡妻の源倫子(黒木華)のたっての願いで、吉高由里子演じる主人公の紫式部(劇中での名前は「まひろ」)が見舞う。そこで道長は、もう物語は書かないと言うまひろに「物語があれば、それを楽しみに生きられるかもしれんな」と所望すると、彼女は翌日より新たにつくった物語を夜な夜な語って聞かせ始めた。それは幼い頃のまひろと道長を主人公に、二人の思い出を込めたものであった。
最期の日々を迎えた道長はもはや話すには声を振り絞るようにして出さねばならず、だんだん言葉数も少なくなっていくなか、柄本はほぼ表情だけで、昔を懐かしんだり、まひろとの別れを惜しんだりするかのような心情を表現してみせ、その演技力に驚かされた。
柄本は演じる役の幅広さからカメレオン俳優とも称されるが、筆者には、作品に合わせてクルクル色を変えるがごとき役作りほど彼と程遠いものはないように思われる。むしろ柄本は、今回の道長の役にしてもそうだが、大げさな演技を極力排し、どんな役も一定のテンションで演じてきたという印象が強い。彼自身、究極の目標として、往年の名優である小林桂樹や殿山泰司のように芸達者でありながらさり気なくて、いかにもな演技をしない俳優に憧れているようだ。
柄本明、安藤サクラ…“俳優だらけ”の親族たち
思えば、彼の父親で俳優の大先輩である柄本明もまた、ポーカーフェイスでさまざまな役を演じ分けてきた。1991年の大河ドラマ『太平記』で主人公・足利尊氏の執事・高師直を演じたときも、その表情からは何を考えているか読み取れず、不気味だったのが強烈に記憶に残っている。
柄本はそんな父・明と、彼の主宰する劇団東京乾電池の看板女優で2018年に亡くなった角替和枝とのあいだに生まれた。周知のとおり弟の柄本時生、2012年に結婚した妻の安藤サクラ、彼女の父親の奥田瑛二も同業であり、さらに義姉の安藤桃子は映画監督で、柄本によれば「映画が観たい!」と叫んで大学を辞めたという実姉も映画制作の仕事をしており(『テレビブロス』2009年3月21日号)、まさに芸能一家である。
親子で一緒にピンク映画を鑑賞したことも
家ではいつも両親が子供そっちのけで映画の話をしていたので、柄本も会話に入りたい一心で映画を見るようになったらしい。とくに父は口下手なので、映画を介してでないと会話が成立しなかった。柄本が18歳になり、成人映画が観られるようになった頃には、知り合いの監督からもらったピンク映画の名作のDVDを、父を誘って家で一緒にゲラゲラ笑ったりしながら観たこともあったという。その様子を帰宅した母に見られてしまい、「誘うあんたもあんただし、一緒に楽しんでるおまえ(父)もおまえだ」とさすがに怒られたとか(『CREA』2020年7月号)。
役者デビューのきっかけは…
すでに小学3年か4年のときには、三隅研次監督の『座頭市物語』を観て、こんなかっこいい勝新太郎(主人公の座頭市役)を撮る映画監督って、きっともっとかっこいいんだろうなと思い、映画監督に憧れるようになっていたという。小学校の卒業文集にも将来の夢にそう書き、いま一番面白いものとしてフェデリコ・フェリーニ監督の『道』を挙げたというから早熟である。俳優デビューとなった映画『美しい夏キリシマ』(2003年)のオーディションでも『道』について話をしたところ、監督の黒木和雄に「親に吹き込まれて、大人びたことを言ってるのでは」と疑われたらしい。
ちなみにこのオーディションは、母親のマネージャーが持ってきた話だったが、本人の知らないうちに一次審査を通っており、面接を受ける段になってようやく両親から受けてみないかと切り出されたという。このとき、母の「行ったところでどうせ落ちるんだろうけど、あんた映画好きでしょ? オーディションに行ったら、生で監督に会えるよ」という一言が殺し文句となった。
母の予想に反してオーディションに合格し、生まれて初めて親元を離れ、地方の山奥でのロケに参加した。しかし、ホームシックになってしまい、自宅に毎晩泣きながら電話をするうち、東京乾電池の劇団員がひとり付き添いに来てくれてどうにか乗り切れたという。
それでも、大人だらけの現場に2ヵ月間も放り込まれ、自分も大人の一員になったという感覚が芽生えたらしい。撮影を終えて学校に戻ると、同級生がみんな子供に見えてしまい、映画の現場に一刻も早く戻りたいという気持ちが募る。そこで高校在学中、考えを巡らせ、《まず、監督はそうそうなれるもんじゃない、撮影、照明、録音は、技術を勉強しなきゃいけない。すぐやれるのはからだひとつで、もう既にやった役者で、それでもっとやりたいということを親父に相談しました》という(『キネマ旬報』2023年1月上・下旬号)。
高校卒業後は映画やドラマに出演しながら、早稲田大学芸術学校で演劇を学んだ。卒業を目前にして、いよいよ自分には「役者」という肩書しかなくなると戸惑いを覚える。父からは「役者は依頼がなければただの無職」とかねがね言われていただけに、焦りがあったようだ。それを乗り越えようと、ある挑戦を始める。
弟・柄本時生との二人芝居
《自分に必要なのは、足元のおぼつかなさをつなぎ留めてくれるもの、地盤のようなものなのではないか。それさえあれば新たな勇気につながるのではないか。そう考えて、同じ役者の道を歩みはじめていた弟・時生と、二人芝居の舞台を始めたのは2008年のことです》(『週刊現代』2018年3月10日号)
以来、時生とは、二人のイニシャルから「ET×2」というユニット名で公演を行ってきた。10年目となる2017年には父を演出に迎え、劇作家サミュエル・ベケットによる不条理演劇の代表作『ゴドーを待ちながら』を、地元である東京・下北沢の劇場「ザ・スズナリ」で上演した。このときの稽古の様子は『柄本家のゴドー』というドキュメンタリー映画に記録されている。映画は公演が幕を開けるところで終わるが、その楽日は柄本に言わせると“地獄”だったという。
「殺すぞ」父・柄本明が自分の顔面を殴りつけ…
父はいつもなら客席の端にいて、良ければそのまま観続けてくれるのだが、その日は開演して柄本が二言三言セリフを発しただけで、すでにいなくなっていた。柄本は、幕間の休憩でダメ出しだろうなあと思いながら、それでもなお芝居を続けていたが、パッと弟の向こうを見たら、舞台袖に父が立っていた。そこでちょうど弟に「いい眺めだなあ」というセリフがあり、父のほうを見ながら言わなくてはならなかった。すでに怒り顔だった父は、そのとき「殺すぞ」とつぶやいたと、あとで弟から聞かされた。
その後もいったん舞台袖にはけるたび、ダメ出しされ、ボクシングのセコンドみたいな様相を呈していたらしい。やっと一幕目が終わって15分の休憩に入ると、父は息子たちを殴るわけにはいかないので、代わりに自分の顔面を本気で殴りつけながら「ちゃんとやってくれよ」と言ってきて、柄本を震え上がらせたとか。
これは柄本がエッセイストの阿川佐和子との対談で明かしたエピソードだが、続けて《でもちゃんと具体的にもアドバイスしてくれるんですよ。直前に自分の顔殴っときながら。そこがなんか、クールなんです。まあ後からこうやって笑い話にできるからいいですけどね。うちの劇団員全員、親父についてそういう「柄本明伝説」をいっぱい持っています(笑)》と付け加えることも忘れなかった(『週刊文春』2023年11月16日号)。
「師匠なんで親父に『ダメだ』と言われたらゼロなんです」
柄本は別のところでもこのときの公演を振り返り、《お客さんやマスコミにどれだけ評価されようが、師匠なんで親父に『ダメだ』と言われたらゼロなんです。時生とは『怖いものがなきゃ、面白くならないよね』と。怖くもあり、安心感もあり……そうして親父が元気でいてくれるのは、ありがたいことですよ》と語っている(『女性自身』2021年2月16日号)。
よその舞台や映画・ドラマに出演したときも、父は《ダメだったときだけ、メールがきます。「あんな芝居やってんならやめな」とか「見たよ。もう慣れちゃったの?」とか》というから(「ダ・ヴィンチWeb」2022年7月23日配信)、これほど厳しい存在はない。親子の関係を知るにつけ、伝統芸能だけでなく、現代演劇の世界にも相伝というものはあるのかと思わせる。
父がそんなふうなので、兄弟で互いの演技についてあれこれ言うことはないらしい。そもそも柄本は自分の出演作を観るのと同じくらい家族の出ている作品を観るのも苦手だという。妻の安藤サクラとも、《不自然じゃない程度に、あの作品はおもしろかったよとか感想を言い合ったりはしますけど》そのぐらいだとか(「ダ・ヴィンチWeb」前掲)。
もっとも、安藤とは、婚約中に義父の奥田瑛二の監督映画『今日子と修一の場合』でW主演したほか、結婚後もたびたび共演してきた。直近では、CSの時代劇専門チャンネルで放送・配給され、長らく時代劇を撮り続けてきた井上昭監督の遺作となった映画『殺すな』(2022年)で、駆け落ちして人目を忍んで暮らす男女を演じている。
妻・安藤サクラとの“特殊”な関係性
柄本たちと同世代にも俳優夫婦は多い。しかし、二人のように結婚後も共演を続けるケースは珍しい。それは、多くの俳優のなかには照れという以前に、劇中で演じている姿に私生活のイメージを結びつけられることへの懸念があるからなのかもしれない。
『殺すな』の柄本と安藤はさすがに上手で、二人とも物語のなかの人物を、それぞれが抱えた背景までうかがわせるように見事に演じきっている。それでも時折、仕事から帰った柄本を安藤が夕食をつくって待っていたりと私生活を匂わせる場面もあって、ちょっと生々しさも感じさせる。
当の柄本も、自分たち夫婦はどうも特殊らしいということは自覚しており、《うちは役者夫婦にしては希有なパターンらしいんですよ。佐藤浩市さんに言われたのですが、俳優同士の夫婦は仕事の浮き沈みでの嫉妬がありがちだけれど『お前たちはうまくいっていて気持ち悪いな』だそうです(笑)》と語っていたことがある(『クロワッサン』2021年8月25日号)。
夫婦で大切にしているのは…
妻の安藤は、《私と佑君はお互いのことに踏み込まないんです。家の中での過ごし方もそれぞれで、その距離感は大切にしています。特に子育てが始まってからは夫婦や親子であることに捉われずに、暮らしています。だってせっかく大好きな人が誰よりも近くにいるのに“夫婦”とか“親子”という関係だけじゃもったいないじゃないですか》と語っているが(『フィガロジャポン』2022年3月号)、それが夫婦がうまくいっている秘訣なのだろう。そうしたスタイルも元をたどれば、お互いに干渉しない柄本家から彼女が学んで、《私がエモトナイズされた結果かもしれません》という(同上)。
前出の『殺すな』には、柄本が映画の世界に憧れるきっかけとなった勝新太郎の妻・中村玉緒が特別出演していた。勝もまた、父親が長唄三味線方の杵屋勝東治、妻だけでなく兄の若山富三郎も俳優という芸能一家の一員だったが、ときに世間の常識を踏み外すほどの豪放磊落ぶりで鳴らした点で柄本とは異なる。
時代が違うから、と言ってしまえばそれまでだが、柄本の場合、生活あってこその仕事という意識が強い。そこには、彼がデビュー映画の撮影ですっかり現場の楽しさを知って学校がつまらなくなっていたとき、母・角替和枝から言われたという「いま楽しいのはいいけれど、そのうちきっと、現場がしんどくなるときがくる。だから学校生活を大事にしなさい」との言葉が生きているようだ。
芝居の上手い下手よりも大事なこと
《時は経ち、大人になってひとり暮らしをはじめた頃に学校時代の同級生に会ったら、彼はスーツで会社に行っているのに、自分は撮影がない時期だったこともあり、浮き足立ってたんですよね。そのときにふと、日常をきちんと送ることこそが自分と社会を繋ぎ留めてくれ、それがあって初めて役者という仕事ができる、ということが理解できた。母が言っていたのは、こういうことだったんだな、と。以来、ちゃんと着替えるとか、部屋を汚くしないとか、シンクに食器を溜めないとか(笑)、小さなところから地盤を作り、それが今日に繋がっている気がします。芝居の上手い下手よりも、生活者であることのほうが、役者には大事なんだと思います》(『anan』2024年3月20日号)
コロナ禍で自粛生活を余儀なくされたときには、初めのうちこそパジャマを着たまま動画を見るだけで1日が終わっていたが、受け身で楽しむだけでは限界があると気づくと、家族の食事をつくる暮らしに仕切り直したという(『ESSE』2021年9月号)。
けっして失わない映画への情熱
それでも、映画への情熱はけっして失わなかった。2023年には本格的な監督作品となる短編映画集『ippo』を公開し、さらに長編映画を撮る夢を追い続けている。結婚6年目に子供が生まれてからは観る本数はさすがに減ったというが、現在でも映画はDVDや配信などではなく映画館で観るよう心がけているようだ。それというのも、昔、父から勧められてエリック・ロメール監督の『緑の光線』をビデオで観たもののいまひとつピンと来なかったのが、しばらくして名画座で同監督の特集上映があったときに改めて観たところ、同作が圧倒的に面白くて、「映画は映画館で観るものなんだ」と痛感したからだという(『ピクトアップ』2022年6月号)。
6年前のインタビューでは、「たくさんの映画を見るという経験は、俳優業にも大きくつながってくるわけですよね」と訊かれ、《それはもちろん。魚屋さんが魚の目利きができなくてどうするんだって思うんです》と答えていた(『文學界』2018年9月号)。そういう職人気質なところはやはり父親譲りと思わせる。それにしても、『光る君へ』で大役を演じきった息子に、父・柄本明はどんな感想を抱いたのだろうか。気になるところである。
(近藤 正高)
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