中国最凶の料理、「胎盤餃子」――高野秀行のヘンな食べもの

文春オンライン / 2018年7月10日 17時0分

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イラスト 小幡彩貴

「中国人は、二本足ならお父さんとお母さん以外、四本足ならテーブル以外何でも食べる」と言われる。実際、私は中国で牛のペニスの炒め物やロバ肉の焼肉、家鴨の頭の甘辛煮(しかもこれはテイクアウトOKのファストフードだった)など、変わったものを食べてきたが、どれも中国では普通の料理であり、特に印象に残っていない。

 だがさすがに一つ、忘れられない料理がある。

 胎盤餃子だ。

 九〇年代前半、私は中国に留学しながら、あちこちを旅して回っていた。山東省に行ったとき、親しくなった病院勤務の外科医に「胎盤を食べる」と聞いて驚いた。

 彼曰く、人の胎盤は万病の特効薬で、病院で手に入るものは全て薬として使うか食べてしまうという。「瀕死の病人が胎盤抽出液を注射して見事に蘇生したこともある」などと真顔で言う。もちろん、食べても効く。重病人がよくなったり、ガン患者が回復したなどという話も流布しているらしい。

 胎盤といえば、人体の一部である。妊娠した女性の子宮の中にできる器官で、分娩のとき赤子と一緒に出てくる。後で調べたら、漢方では乾燥させた胎盤を「紫河車(しかしゃ)」と呼んで疲労回復などに使用するそうだし、現在では豚の胎盤の抽出液を含んだ美容液が「プラセンタ(英語で胎盤のこと)」と呼ばれ、日本でも女性の間では人気だというが、当時はもちろんそんなことは知らないし、だいたい人間の胎盤をそのまま食べるというのは衝撃的だ。

 留学先の大連に帰って中国人の友だちや先生方に訊くと、なんと胎盤はこちらでもひそかに大人気とのことだった。しかもどうやって食べるのかと聞けば、「水餃子にする」という。

 何という中国らしさ! もっともどこにも売っていない。私はどうしてもそれが食べたくなり、彼らに頼んでみたのだが、「無理だ」と一様に首を振る。

「今は犬や猫の胎盤だって手に入らないのに、人の胎盤なんか病院に特別なコネがないと入手できない」

 四本足の胎盤までひっぱりだことは恐れ入る。

 当時はまだ経済発展が始まる直前で、中国人の平均月収は数千円程度。そして、全ての物事を解決するのはカネではなくコネだった。そして、中国の人は友誼の篤さでは世界屈指だ。胎盤食を熱望する日本の「朋友」のために奔走してくれ、私が帰国する直前、ある人がついにゲットしてくれた。

 今でも忘れられない光景だが、雪がしんしんと降る晩に突然、彼が私の暮らす寮のドアを拳でドンドン叩き、中に駆け込んできた。頭にはうっすらと雪をのせ、手には血まみれのビニール袋をぶらさげている。ハアハア喘いでいて、今人を殺してきたような風体だった。

 なんでも、「親戚に死にそうな年寄りがいるのでどうしても一つほしい」と知り合いを通じて、ある病院の病院長に頼み込んだのだという。ちょうどお産があったので、急いで呼ばれて病院に取りに行ってきたのだそうだ。

 感謝感激する私に、彼は強く釘をさした。「いいか、これは人には言わないでくれよ。日本人に中国人の肉を売ったなんて知られたら大変なことになるかもしれないから」

 うーんと唸った。中国人も決して胎盤を他の珍味と同列に考えているわけではない。ある種の「人の肉」として認識しているのか。

「気持ち悪いから早くこれを受け取ってくれ」と彼は袋を放ってよこした。

 胎盤は、ついさっき、誰かのお腹から出てきたばかりらしく、新鮮な刺身のような匂いがした。

 これを餃子にして喰うのか。中国でしかありえない展開だ。(以下、次号)

(高野 秀行)

文春オンライン

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