菅首相、日本学術会議の任命拒否は令和版「滝川事件」だ…思想弾圧につながる恐れも

Business Journal / 2020年10月9日 19時30分

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“学者の国会”といわれる日本学術会議が推薦した新会員105人のうち6人の任命を、菅義偉首相が拒否した。これは、学問の自由と思想弾圧として有名な戦前の「滝川事件」を彷彿とさせる大事件だ。

 1933年の滝川事件では、京都帝国大学法学部の全教官が辞表を出して抵抗したが、今回もそれにならって日本学術会議の全会員が抗議の辞任をしてもおかしくない事態である。

学者の戦争協力の悔恨から生まれた日本学術会議

 日本学術会議は、かつて学者たちが戦争協力を強いられ、あるいは自ら協力したことへの反省を土台に、政府から独立した学者の機関として1949年に設立された。

 現在会員は210名、任期は6年間で3年ごとに半数の改選がある。日本学術会議法によって日本学術会議が推薦し、首相が任命するシステムである。

「首相に任命する権限があるのだから拒否しただけ」ではすまされない。それを言うなら、憲法6条1項にある「天皇は、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する」をどう解釈するのか。実際に天皇が拒否することなどありえない。

 また、1983年に日本学術会議法を改定した際、当時の中曽根康弘首相は国会で「政府が行うのは形式的任命にすぎません」(同年5月12日、参院文教委員会)と答弁している。また総理府総務長官も、「推薦された人を拒否はせず、形だけの任命をする」と言明している。

 こうした経緯をみれば、今回の菅首相は法律の解釈を勝手に変更しているのだから、重大だろう。

学問の自由を奪い、思想弾圧を拡大させた滝川事件の令和版

 冒頭に書いた滝川事件を振り返ってみよう。1932年10月、京都帝国大学法学部の滝川幸辰(ゆきとき)教授が中央大学で講演したが、その内容を無政府主義的と文部省や司法省が問題視した。

 明けて1933年3月、右翼の菊池武夫・貴族院議員や宮澤裕・衆議院議員らが滝川教授を攻撃。4月、内務省は滝川教授の二著を発禁処分。5月、文部省は滝川教授を休職処分にした。

 それまで政府は、共産主義や社会主義を弾圧してきたが、この滝川事件を契機に自由主義思想へ弾圧を拡大するようになった。そして文化、芸術などあらゆる分野を弾圧する恐怖政治のきっかけのひとつになった大事件だ。

メディア支配からアカデミズム支配へ

 今回の任命拒否事件は、安倍政権以降メディアを支配下に置いてきた政府が、学問・アカデミズムの世界へ触手を伸ばしてきたことにほかならない。放置すれば他分野に及ぶ可能性もある。
 
 菅首相が任命拒否した6人は、全員が政府の政策を批判している研究者だ。

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