17歳の少年は、なぜいじめ自殺した同級生の家に泊まりにいくのか? 背負い続ける後悔

Business Journal / 2013年9月4日 18時0分

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 ドキュメンタリー番組を日々ウォッチし続けている映画監督・松江哲明氏が、ドキュメンタリー作家の視点で“裏読み”レビューします。

【今回の番組】
 8月25日放送『NHKスペシャル~僕はなぜ止められなかったのか? いじめ自殺・元同級生の告白~」(NHK)

 ドキュメンタリーは手法だ。映画雑誌等では、「ラブストーリー」「アクション」「SF」のように区分けされるが、ジャンルではない。「伝えたい」ことを表現するための手段だ。そこを勘違いされることが多々ある。

 「ドキュメンタリーは現実を撮っているから凄いですよね」と言われることがあるが、制作者にとっては褒め言葉ではない。カメラに記録されるのは撮影者が選んだフレームであり、聞こえる音もマイクを向けた先にあるものだ。膨大な素材から編集された映像は、全体の1/100に満たないことも多い。大切なのは「何をどのようにして伝えるか」なのだ。

 『NHKスペシャル』で放送された「僕はなぜ止められなかったのか? いじめ自殺・元同級生の告白」は、再現ドラマが多く挿入されていたが、そこには確かにインタビューだけでは描けないものがあった。しかし、この番組は紛れもなくドキュメンタリーだ。なぜなら現実を素材にした、被写体の物語が苦しいほどに伝わってきたから。

 篠原真矢(まさや)君は、3年前いじめを苦に自殺した。享年14。彼は死の直前、遺書のようなメールを送っていた。それを最初に受信していたのが、小島萩司君だった。彼の文面にだけ「もう恨んでないよ」という言葉が加えられていた。番組は小島君と篠原君の過ごした時間をドラマで描き、「なぜ止められなかったのか」を取材で追う。どちらも、見ている僕にとっては苦しい映像だった。

●いじられ役からエスカレートしていじめに

 篠原君は、いじめられる前はクラスの人気者だった。ドラマでも、お調子者またはいじられ役として、教室内を盛り上げる様子が演じられている。しかし、そういった役割がエスカレートし、いじめへと変わるという構図は多々ある。篠原君の場合もそうだった。さらに周囲の目がある中で行われるから、それがいじめとは映り難い。いくら当人が苦しんでいたとしても、ネタ扱いされてしまうのもオチだ。でも、心のどこかでそれを疑う人もいる。

 「あれはいじめだったのではないか」と。そして「あの時、止めていれば、自殺は防げたのではないか」とも。

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