販売出身者はゴミのような扱い、無能な記者が牛耳る巨大新聞社

Business Journal / 2013年11月8日 6時0分

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【前回までのあらすじ】
 業界最大手の大都新聞社の深井宣光は、特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞したが、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていた。そこへ匿名の封書が届いた。ジャーナリズムの危機的な現状に対し、ジャーナリストとしての再起を促す手紙だった。そして同じ封書が、もう一人の首席研究員、吉須晃人にも届いていた。その直後、新聞業界のドン太郎丸嘉一から2人を呼び出す電話が…

 東京駅前、五稜ビル34階の「吉祥(きっしょう)」は、京都にある懐石料理の老舗の東京店である。

 日本ジャーナリズム研究所首席研究員の深井宣光と吉須晃人が店に入ったのは、約束の午後6時の5分前だった。会長の太郎丸嘉一は、まだ着いていなかった。

 案内された部屋は淡いベージュをベースの色調にまとまっていて、シックな雰囲気を醸し出していた。出入口の正面には小さな窓があり、そこから皇居方面が展望できる。深井は窓に駆け寄った。手前に漆黒の皇居の森、その先に新宿の高層ビルの灯りが見えた。

 「日が沈んで10分くらいだけど、もう駄目だ。今日は曇りだったから仕方ないか」
 「なんだい。深井君、何か、見えると思ったのかね?」
 「見えないのはわかっていましたけど、富士山を見るのが好きなんですよ」
 「そういうことか」

 吉須は窓に向かって右側の奥の席に座った。正面の壁には書の掛け軸が掛かっていた。深井は窓際から戻り、隣の席に着いた。すぐに、仲居がお茶を持ってきた。

 「太郎丸さんがお見えになるまでお飲みになりませんね」
 「それでいいよな、深井君」

 左隣の深井が頷くと、仲居は部屋を出て行った。
 「太郎丸さんの来る前に、聞いておきたいから、さっきの続きを話してくれよ」

 アイリッシュ・パブを出ると、吉須は深井に「国民新聞の歴史を説明してほしい」と頼んだ。新聞業界の歴史を調べているのを知っていたからだ。歩きながら、深井は説明を始めた。

●庶民派・リベラルな論調で一貫している国民新聞

 国民新聞は戦時中の新聞統制で、当時の東京5大紙の大都新聞・東京毎朝時報・伝報新聞・都新聞・萬新報のうち、伝報新聞・都新聞の2社が合併して発足したこと―。

 前身の1社である伝報新聞は、明治5(1872)年に東京・日本橋で創刊され、最古の大都新聞の前身、東都新聞の創刊よりは5カ月遅いこと―。

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