ソニー、エレキ事業の弱体化と人材喪失を招いた、19年前の誤算 トヨタとの対比

Business Journal / 2014年4月27日 1時0分

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「企業は人なり」といわれる。経営トップひとりによって、企業経営は成長路線に突き進む一方、経営破綻にも直面する。今回、経営再建のために世界的な「VAIO」ブランドを展開するPC事業を日本産業パートナーズに売却を決めたソニーだが、その凋落の原因の源泉は、皮肉にもそのVAIO事業をスタートさせた元CEO(最高経営責任者)の出井伸之氏にあった。

 出井氏は今から19年前の1995年6月、広報担当常務取締役から14人抜きの抜擢人事でソニーの代表取締役社長に就任した。指名したのは、それまで13年間社長を務めた大賀典雄氏だった。当時、出井氏を後継者に指名した理由について筆者が大賀氏に尋ねると、こういう答えが返ってきた。

「出井君を後継者に決めたのは、僕と同じように5カ国語をしゃべり、外国人とも対等に議論できる優れた国際感覚を持っているからなんだよ」

 しかし、これはあくまで建前だった。大賀氏が本当に後継者にしたかったのは、専務時代にハンディカムの開発で大ヒットを飛ばし、93年に副社長に昇進したM氏だった。しかし、次期社長候補最有力だったM氏の女性スキャンダルが週刊誌で大きく報じられると事態は一変。最後までM副社長をかばい後継者にしようとしていた大賀氏も遂にM氏への社長指名を断念し、出井氏に白羽の矢を立てたのである。大賀氏は晩年、筆者にこう語っている。

「(創業者である)盛田(昭夫)さんから、君の次の社長はエンジニア出身の人間を選んでくれ、と約束されていたので、最初から実績のあるM君を後継者に決めていた。しかしマスコミにいろいろ書かれて、どうにもいかなくなってしまった」

 大賀氏はもともとバリトン歌手でありながら、ソニー創業者である井深大氏と盛田氏から直接、三顧の礼をもってソニーに迎えられた異例のキャリアを持つ。その後、CBSソニー社長時代に同社を一流企業に育て上げた実績を買われ、82年8月に結腸がんで急逝した岩間和夫社長の後を継いでソニー社長に就任している。モノづくり(ハード)で躍進してきたソニーにあって、大賀氏はバリトン歌手という音楽(ソフト)に精通した異例の社長だった。大賀氏が社長時代にソニーに残した足跡は、まさに「ハードとソフトの両輪経営」(大賀氏)だった。
 
 その大賀氏が苦渋の選択の末に後継者として選んだ出井氏は、それまでソニーが失敗続きだった鬼門のPC事業に改めて参入。新たにVAIOブランドを立ち上げ、その斬新なスタイルとソニーのお家芸である「世界初」「世界最小」を体現したプレミアムモデルとして世界市場を席巻した。出井氏は、瞬く間に世界屈指の名経営者という高い評価を得ることになった。

●IT事業への傾倒

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