行政が何度も治安改善に失敗した「大阪あいりん地区」、外国人の観光地化で治安改善

Business Journal / 2017年7月18日 6時0分

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 大阪府大阪市西成区の北部は、通称「あいりん地区」と呼ばれる。音に聞こえたドヤ街だが、ここ数年、その様子が変わりつつある。

 周辺住民が「外国人が増えて、治安がよくなった」と口をそろえて言うようになったのだ。外国人が安い住宅を求めて西成区に集まり、地域消費が活性化。求人の好転などで、治安が向上したという。

 さらに今年4月には、星野リゾートがあいりん地区にホテルを建設する計画を発表して大きな話題となった。意外すぎる「ドヤ街のインバウンド効果」について、現地レポートをお届けしよう。

●なぜ酔っぱらいの街に?あいりん地区の歴史

 今、JR大阪環状線・新今宮駅周辺がにわかに賑わいを見せている。

 同駅は南海本線も乗り入れているため、関西国際空港からも好アクセスだ。大阪有数の繁華街・ミナミにも1駅で行ける。JRを使えば、あべのハルカスが建つ天王寺も、同じように1駅で出られる。

 もともと、大阪でも屈指の好立地なのだ。だが、これまでは駅南側にあいりん地区が広がっていることが、最大の“ネック”だった。日雇い労働者が多く集まることから、治安のいい場所ではないといわれてきた。

 一説によれば、この地域は江戸時代からスラム街的な性格を帯びていたともいわれているが、基本的に街の歴史は高度経済成長期が原点だ。道路や橋といったインフラ整備のために、大阪経済圏は大量の労働者を必要とした。

 そして、安価な労働力が集積する「窓口」として、あいりん地区は機能してきた。東京では、「山谷」が近似した歴史を持つ。ちなみに、旧来は「釜ヶ崎」とも呼ばれ、こちらのほうがなじみ深いという人も少なくないだろう。あいりん地区という呼称が決められたのは、1960年代からだ。

 あいりん地区が活況を呈したのは、千里ニュータウンが開発され、70年に大阪で日本万国博覧会が開催された時期からだろう。地方から大阪に仕事を求めて来た人々は、あいりん地区に集結。雇用側は労働者をピックアップしていくが、なかには仕事にあぶれる者も少なくない。彼らの一部は、徒歩圏のジャンジャン横丁から新世界(浪速区)に足を向ける。そこでは、そうした人たちを相手に、日中から酒が供給される。

 元来、映画館や演芸場が軒を連ねていた新世界だが、いつしか足元のおぼつかない酔っぱらいの姿が多くなった。さらに、違法薬物なども彼らを標的にした。いつしか、通天閣を中心とした新世界は、そうした酔いどれやホームレスたちが席巻する街となった。

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