『セシルのもくろみ』、真木よう子がやせ衰え病人にしか見えない…安易な演技にうんざり

Business Journal / 2017年7月20日 20時0分

 真木よう子の痛々しい姿に、画面を見るのが苦痛になるドラマだった。太っただの、痩せただのいちいち噂されるのは女優の常だが、真木のガリガリにやせ衰えた姿は女優としての意識の低ささえ感じてしまった。役柄の設定を考えれば、病人にしか見えない容姿はまず嘘になる。頬が削げた顔に濃いメイクを施し、全身の骨が浮き出した身体を露出の多いドレスで晒した後に「綺麗~素敵~」と演出しても、視聴者は見てはいけないものを見てしまったような胸のザワつきを覚え、画面から目を逸らしてしまうだろう。その宮地が力任せにヒステリックに喚く姿は、真っすぐで純粋な愛すべき女性とは感じられず、精神のバランスを崩しているようにしか見えなかった。

 宮地がガサツである、という表現もチープで、ガニ股で歩く、メンチを切る、膝を立ててビールを飲むと、リアリティがまったくない。「ガサツってこんな感じでしょ?」という、安易で過剰な「演技」に、途中からうんざりしてしまった。ドラマ『SP 警視庁警備部警護課第四係』『最高の離婚』や映画『さよなら渓谷』など、真木の演技は高く評価されることもが多かったのに、一気に名を下げた印象だ。

 真木にばかり目がいってしまうが、ドラマ自体の設定も、展開も、キャラクターも意外性がまったくなく、のっけから一向に上達しない長谷川京子の嘘っぽい演技でカウンターパンチを視聴者に喰らわす作り。伊藤歩や板谷由夏の抜群の演技が霞んでしまうほど、ドラマ全体の作りと真木と長谷川の演技が駄作の印象を強くしている。一体誰に見せたいドラマなのか?

 真木の容姿にしろ、ドラマとしての面白さにしろ、視聴率を第一に考えている昨今の制作側が、出来上がった作品、目の前に見えている映像を客観視できていないことに驚く。誰かがなにかの陰謀で、わざと視聴者にそっぽを向かれる作品を作っているのではないかと疑うほどだ。まだ第1話にもかかわらず、先の展開よりも、いつ打ち切られるのか? ということのほうが気になる作品に仕上がっていた。フジテレビのドラマの凋落はまだまだ止まりそうにない。
(文=西聡美/ライター)

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