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孫正義氏の手法を徹底批判、auを創った男・千本氏、今度は電力業界に革命

Business Journal / 2018年4月13日 0時0分

 携帯電話時代をにらんで、1990年に社内ベンチャーのDDIセルラー(現在のau)を立ち上げた。次に、「ケータイ料金は高すぎる。僕がやれば安くできる」と言って、94年にはDDIポケット(その後・WILLCOM)を設立し、低価格のPHSを広めた。

 だが、DDIが大企業になるにつれて、社内ベンチャーを奨励する雰囲気はなくなっていった。自分の周囲に壁のようなものができたと感じた千本氏はKDDIの副社長を退任。96年から慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授として「ベンチャー企業経営論」を教えた。

 だが、学問の世界に閉じこもっているような男ではなかった。インターネット時代が到来するとアントレプレナーの心に火がついた。「日本のインターネット通信は高くて遅い。僕がやれば、安く速くできる」と言って、99年にイー・アクセスを設立した。新しいパートーナーとなったのが米投資銀行、ゴールドマン・サックス(GS)のアナリストだったエリック・ガン氏で、後にイー・アクセス社長になった。

 海外で主流となっている、安くて速い電話線を使ったデジタル高速通信、ADSL(非対称デジタル加入者線)を国内に初めて導入したのも千本氏だ。孫正義氏のソフトバンクとヤフーがADSLに参入したのは、その後だ。

パソコン並みの機能を持ったスマートフォン(高機能携帯電話)が普及すると、「無線インターネット通信は高くて遅い。僕がやればもっと安く速くできる」とばかりに、2005年に携帯電話事業、イー・モバイル(11年にイー・アクセスと合併)を立ち上げた。データ通信サービスに続き、音声通話サービスも始めた。携帯電話事業への新規参入が、千本氏にとって大きな転機となった。

 基地局の整備には莫大な資金が必要になる。資金のスポンサーになったのがGSだ。GSから3600億円の資金を調達して基地局を整備していった。イー・モバイルの電波を中継する基地局の大きさは他社の10分の1で、建築費は10分の1以下。だが、性能は遜色がない。コストが安いため、創業からたった2年で全国の85%をカバーできた。

「安くて速い」が、千本氏が新しいビジネスに取り組む際のキーワードだ。「僕ならもっと速くできる」と言って12年3月、次世代高速携帯電話サービスLTEを始めた。LTEとは、携帯電話向けの新しい通信方式で、最大のウリは速さ。それまでの方式の数倍から10倍の速度で、処理できるデータ量も3倍程度になった。

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