宅見勝射殺事件、五代目山口組・渡邉芳則組長の指示だった!21年目の真相告白

Business Journal / 2019年1月23日 21時0分

 実は、事件の数日前に都内ホテルの喫茶室でばったり会って、コーヒーを飲みながら暴対法について少しお話したんです。それが最後になってしまいました。

 暴対法の施行をめぐっては、山口組のほか会津小鉄や工藤會(当時は草野一家)も違憲訴訟などを起こすなど、当時は大きな問題となっていました。ところが、1995年に阪神・淡路大震災が発生し、山口組が拠点を置く神戸も被災したことから、山口組は訴えを取り下げていました。

「せっかく相談に乗ってもらった宮崎さんにも迷惑をかけてしまって……」みたいに謝られてね。宅見さんが謝ることではないんですが、そういう人でした。

――阪神・淡路大震災のときには、五代目山口組が水や毛布などの支援物資を配ったり炊き出しをしたりして、話題になりました。

宮崎 国内の大手メディアは取り上げませんでしたけど、海外メディアは「ギャングがボランティア」と大きく報道していました。あの頃の宅見さんは渡邉五代目と仲よく支援活動をしていたように見えたのですが……。わからないものですね。

――この射殺事件で、山口組の雰囲気が変わったといわれています。

宮崎 私もそう思います。タブーという点では、1985年の四代目射殺事件のほうが重いかもしれませんが、これは犯人も動機も明確でした。でも、宅見事件では中野さんが山口組執行部から「犯人」とされながらキッパリと否認し、逮捕もされなかった。

 一方で、宅見さんは事件の前から体調を崩していて、引退も考えていたことは当時の山口組の関係者ならみんな知っていたことです。

●宅見氏の渡仏は安倍晋太郎が手配した?

――宅見さんが持病の治療のために1992年に渡仏されたことは、大きく報道されています。

宮崎 フランス政府が「ヤクザはダメだ」と入国を拒否したので、トンボ返りでしたけどね。この顛末は『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎)に詳しいです。田中森一さんのベストセラーです。これを読むと、やはり宅見さんは糖尿で肝臓も悪くされているのがわかります。

 それによると、宅見さんの渡仏は田中さんの頼みで官房長官や外務大臣を歴任した安倍晋太郎事務所がサポートしたと書かれています。晋太郎は、宅見さんがヤクザとわかっていながら、田中さんの要請を受け入れて手配したんですよ。

 そしてフランス政府も、このときはマスコミが騒いだから拒否しただけで、その後に宅見さんはこっそり渡仏しています。帰国した宅見さんは田中さんにおみやげを渡していますが、フランスなのになぜかイタリアの高級ブランド品だったそうで、田中さんと2人で笑ったことがあります。

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