AVにおけるエンタメ性とは…文筆家・森下くるみと考える「健全化されたあとのAV業界」

Business Journal / 2019年5月27日 20時0分

森下くるみ 第1回でも言及した通り、自分の過去の活動を歴史から抹消するなんてできないのですが、自分の出演作とは別に、どんなに年月が経っても面白い、単なる消耗品ではないと評価されるAV作品というのはあって、それらが完全に消滅して存在自体なかったことになるのはもったいないです。販売・配信は停止されても、活動記録として残しておくかどうかは現役の方たちによって検討されるべきと思います。

河合幹雄 それでいうと、結局のところ日本のAVってなんなのか、どう定義すべきなのか、というのがそもそも難しい問題ですよね。AV業界を潰そうと運動している人たちは、日本のAVを、マッチョな男性が女性をモノとして性的に消費する、アメリカのポルノと同じようなものだと考えている。でも、本当に男性の性欲のためだけなら、動画の長さは30分もあれば十分で、1~2時間も必要ないはずです。

 そう考えると、日本のAVというのは、やっぱりただのポルノとは異なる側面を持つものなのではないか。例えば、テレビ番組制作会社出身の高橋がなり氏が1995年に立ち上げ、森下さんのデビュー作もリリースしたソフト・オン・デマンドなんかは、そういう出自だからか、テレビ的なエンタメ性の強い作品が多いですよね。1999年に高橋氏が公然わいせつ罪で書類送検された『全裸フィギュアスケート』とか(笑)。

森下くるみ ああ、『全裸シリーズ』。本当にひどい話なんですが、私も出演者のひとりとして関わっていたので、巻き添えを食らったかたちで築地署に呼び出しを食らい、調書を取られました(笑)。あれなんかは完全にバラエティー番組のノリですよね。おっしゃる通り、私はソフト・オン・デマンドからデビューしたせいか、AVにエンタメ性を持たせるのは当たり前だと思っていました。ただ性行為を撮ればいいってことではなくて、それに付随する監督の演出や、出演者の創意工夫がなければダメだと。そういうことは、デビュー当初から意識していました。

河合幹雄 楽しめて笑える、といったようなね。ドグマの設立者で、森下さんをデビュー時から撮り続けたTOHJIRO監督の作品なんかもまさにそうですよね。その意味でやっぱり森下さんは、日本のAVにおける、ある種のエンタメ性といったようなものを象徴する女優さんのひとりだと思います。

森下くるみ 確かに、ソフト・オン・デマンドでもドグマでも、アメリカのポルノによくあるスポーツのようなドライなカラミを複数回行って終わり、というのはむしろタブーでした。ただ、AVは基本的には猥雑なもので、決して高尚なものじゃないよ、芸術とはまた違うジャンルにあるんだよ、と言いたくなることもありますね。

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