プロの仕事師は、なぜ数十億円の年俸を捨てたのか? 会社に捨てられ慌てる中間層

Business Journal / 2014年10月5日 1時0分

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 本連載では、日本がもっとイノベーティブな国になり、人々が輝き、世界での存在感を復活させたいという大きな夢を持って、さまざまな角度から毎回気がついたことを記していきたい。今回は9月初めに訪れていたアメリカでの体験をもとに、プロの仕事師とは何かを考えてみたい。

 貧富の格差が激しいアメリカだが、そのアメリカでも1、2を争う高級住宅地がサンディエゴの北にあるランチョ・サンタフェという地域だ。筆者のオックスフォード大学留学時代の親友T君が、ビジネスで功なり名を遂げて52歳という若さで現役を引退した。1軒10億円は軽く超えるだろうといわれる公園のような壮観さを持つ邸宅が立ち並ぶ。T君の家も例外ではない。まさに宮殿のようであり、部屋数は20以上、滝がついたプールが2つに、トレーニングジム、プラネタリウムのある映画鑑賞シアターもあり、愛車はベントレーのオープンカーだ。屋根付き駐車場だけで7台分もあった。

 もう十分働き稼いだので、今後は社会のために自分の専門能力が役に立つ仕事だけを選び、アドバイザー的な仕事をするほかは、主たる時間は家族のために使うという。教育にはものすごく熱心な愛妻家であり、筆者も滞在中、日本のビジネスに関する子供たちの教育係のようになってしまった。T君は脂ぎった成り金ではなく、スマートな青年然とした風貌であり、軽やかだ。

 しかし、そこに至るまでの彼の働きぶりがすさまじい。欧州を拠点にロシア、アメリカをまたにかけて四六時中、出張をこなし時差を使って、さまざまなクライアントにアドバイスをする国際弁護士をしていた。要は正真正銘のプロフェッショナルなのだ。密度の濃さと時間の長さでは、日本人のサラリーマンは到底及びもつかない激しさだ。夜の付き合いもそこそこにプロとしてのサービスに徹する彼は、「引退するならぜひ我が社の顧問弁護士に」という多くの誘いと数十億円の年俸を蹴ってランチョ・サンタフェに引っ越してきたのだった。

 彼のライフスタイルから感じたのは、まさにプロの仕事師の根性だ。決して今のような生活を夢見てやっていたわけではない。日々、プロとしての最高のサービスを提供しようという決意の結果である。

●自分のキャリアをコントロールする


 ひるがえって日本。日本には平等社会のよさがあり、ランチョ・サンタフェのような待遇は望めないが、同時にプロ意識もそこそこで、最後は会社に使い捨てられる間際になって慌てる光景が目に浮かぶ。日本にはT君のようなエリートは少なく、良くも悪くも中間層が日本の躍進を支えてきた。そういう意味ではイノベーションは中間層の知的レベルにかかっている。だが、その中間層がどこまでプロ意識を鍛え、それを発揮し、価値を生み出しているだろうか。組織人感覚がプロ意識を凌駕し、組織に安住してはいないだろうか。いつ独立してもやっていけるような知的差別化を図っているだろうか。中間層の「知の貧困化」が進んではいないだろうか。その一例は読書の少なさ、書籍や新聞の発行部数の激減にも表れている。グローバルな情報収集能力も乏しい。

 日本の同質文化の中で、微細な優劣をめぐる成果主義に一喜一憂し、本質的課題に体を張って取り組む真のプロ意識を忘れてしまってはいないだろうか。日本人としてはランチョ・サンタフェは望むべくもないが、自分の仕事の成果にだけは誇りを持ち続けたい。太く短くではなく、細く長く知を磨き続け、世代を超えたイノベーションに寄り添っていきたいと思うのは筆者だけではないはずだ。

 そうしたキャリア設計は、若いうちから意識して自分の生活をコントロールしないと難しい。プロの仕事師としてどう自分をつくり込むか。自分なりのゴールイメージを考え続けて、若いうちから少しずつ具現化するよう、取り組んでいく必要がある。これを筆者は知識創造理論のSECIモデルに基づき「SECIキャリア」と呼んでいるが、次回はそれについて考えてみよう。
(文=徳岡晃一郎/経営コンサルタント、多摩大学大学院教授)

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