アカデミー賞監督、キャンセルカルチャーを問う ドキュメンタリー『ジョン・ガリアーノ』のテーマは“赦し”
cinemacafe.net / 2024年9月23日 18時30分
アカデミー賞を受賞したドキュメンタリーの名手、ケヴィン・マクドナルド監督による『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』が現在公開中。この度、世界的ファッションデザイナー、ジョン・ガリアーノを被写体に決めた理由や、本作の大きなテーマである“キャンセルカルチャー”について監督が語る貴重なインタビューがシネマカフェに到着した。
“ファッション界の革命児”としてキャリア絶頂期だった2011年2月、差別的暴言を吐く動画が拡散、その後有罪となり、ブランドから解雇され、文字通り“すべて”を失くしたジョン・ガリアーノ。その人物を通して、現代の大きな社会問題であるキャンセルカルチャーや“赦し”という題材を描く本作。
ガリアーノの差別発言についてマクドナルド監督は、「2011年当時はまだSNSの黎明期でした。つまり、彼は問題発言をカメラに撮られ、キャリアを台無しにした最初の人物のひとりだと思います。だから、現在まで続くこの大きな問題にも光を当てることができるかもしれないと思ったのです」と彼を被写体に選んだ理由を語る。
劇中ではカメラをまっすぐに見つめ、赤裸々に告白をするガリアーノの姿が印象的だが、彼との会話で、特に印象に残ったことは? という質問には、「最も説得力があったのは、彼自身がまだこの物語を理解しようと、もがき苦しんでいるように感じたことです。何が起こったのかを自分自身で完全に理解できていない人物を見るとき、それはいつも本当に興味深いドキュメンタリーになると思います」と話す。
「ジョンのようにトラウマ的な経験をした人についての映画を作るときに覚えておかなければならないことのひとつは、信頼を得る必要があるということ。だから私は、彼と長い間話をし、個人的なレベルで彼を知ることで、それを達成できたと思っています」とドキュメンタリー撮影にあたっての信条を教えてくれた。
また、インタビューではもう一つの大きなテーマ“赦し”についても触れられた。
芸術作品と芸術家の関わりについて尋ねられると、「例えばピカソの女性への虐待を許すべきか議論したり、イギリスの芸術家が小児性愛者であったという理由で彼の作品を撤去すべきかどうかを議論したりすることは、本当に当たり前のことになりました。私はこれに関して驚くような、決定的な見解を持っているわけではない。ケースによるところが大きいと思います」と持論を語る監督。
「ですが、“誰もが誤ちを犯す可能性があり、誰もが人間である“ということを忘れてはいけないとも感じています。だから私のこれまでの作品において、例えば『モーリタニアン 黒塗りの記録』では、グアンタナモに収監されている人物を描きました。ホイットニー・ヒューストンを題材にした映画も撮ったし、悪いことをした人を題材にした映画も撮りました。その人たちを理解しようとすること、〈英雄と悪人〉という単純化された〈白か黒か〉の定義から離れることは、すべての人に課せられた義務だと思います」と続ける。
さらに、完成した本作を見た際のガリアーノの様子について、「ジョンが初めて映画を見たとき、彼は出てきて泣いていて、本当に動揺しているように見えて、心配になりました。彼はこの映画が嫌いなのか、と。でも実際は、本当に感動していたのです」とふり返る。
本作で引用される、アベル・ガンス監督の記念碑的大作『ナポレオン』の美しい映像とドキュメンタリーの融合に感動したというガリアーノ。学生時代の彼に多大な影響を与えた1本でもある『ナポレオン』は、巨大な野心で世界を手にしたものの、最期には敗北と亡命にいたるナポレオンのイメージをガリアーノ自身と重ねるように、本作のあらゆるシーンで刹那的に映し出される。
そのことについてマクドナルド監督は、「『ナポレオン』の本編映像について、まだ権利が取れるかどうか不明な状況だと伝えたところ、彼は、『ああ、ダメだ。本当に見たいんだ』と伝えてきました。あのフィルムの美しさを再び目の当たりにし、私たちがするのと同じように、ジョンも『ナポレオン』を彼の人生に関連付けたからだと思います。私たちがナポレオンの話をし続ける理由を、彼は映画を見て初めて本当に理解してくれたと思う」と語った。
続けて「映画の編集に関してジョンは一切のコントロールをしませんでした。これは私にとっては驚くべきことです」と監督。「彼が修正したのは、プレタポルテがオートクチュールであるとか、そういうラベルの間違いだけで、それ以外はありませんでした。この映画は彼の作品ではないということを理解するという意味で、彼はとても勇敢でした」と現在のガリアーノの人間性が垣間見えるエピソードを明かす。
そして最後に観客へのコメントとして、「この映画が観客の心に響くことを願っています。世界中のいたるところで、キャンセルカルチャーについてや、どうすれば人を許すことができるのかといった問題が語られています。悪いことをしたり、悪いことを言ったりした人は、どうすれば許されるのか? これは、ほとんど世界中のどこでも、大きな議論のひとつであり、この映画はその議論のほんの一部になれると思います」と語り、さまざまな議論をもたらすであろう本作の公開に期待を寄せた。
『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』は新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開中。
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