災害が頻発するいま、復興過程の映像記録の重要性訴える

シネマトゥデイ 映画情報 / 2019年10月25日 16時1分

シンポジウムに参加した(写真左から)メディア論・表象文化論研究者の門林岳史、社会学・同時代史研究者の相川陽一、ホアン・シューメイ監督、台湾国際ドキュメンタリー映画祭プログラム・ディレクターのウッド・リン、小森はるか監督。 (撮影:中山治美)

 先ごろ開催された第16回山形国際ドキュメンタリー映画祭の震災プログラム「ともにある Cinema with Us」内で、「災害とともに生きる ~ 台湾と日本、継続する映像記録運動」と題したシンポジウムが開催された。会期中には台風19号が各地で猛威を震って甚大な被害をもたらし、登壇者の一人である長野大学環境ツーリズム学部の相川陽一准教授が避難所から山形入り。災害が頻発する現代において、同プログラムを継続して行うことの重要性を印象付けた。

 同映画祭では東日本大震災が起こった2011年(第12回)にスタート。今回は日本同様に自然災害の多い台湾との共同企画で、台湾からは『台湾マンボ』(2007)などのホアン・シューメイ監督と、台湾国際ドキュメンタリー映画祭プログラム・ディレクターのウッド・リンが、陸前高田や仙台を拠点に映像制作を行っている『二重のまち/交代地のうたを編む』(2019)の小森はるか監督らが登壇した。

 上映作品は計12作品。1999年の921大地震後の4年半、被災地の復興の進捗を記録した『台湾マンボ』のように、いずれも長期にわたり被災地や人々の心の有り様に迫っている。特に台湾映画『帰郷』(2018)は、2009年のモーラコット台風で、移転を余儀なくされた台湾原住民たちに密着。コミュニティーと伝統文化が崩壊されつつあったことに危機感を抱いた彼らが、部族の魂を子どもたちに伝える新たな取り組みを描いている。

 リンは「モーラコット台風では台湾原住民が多く住む山岳地域が被害を受け、土石流で一瞬にして村が消えてしまった地域もありました。彼らは漢人である政府が作った新しい建物に移らざるを得ず、元の地域へ戻れなくなってしまった。新たな地で、どのように生きるか。そこで改めて自分たちのルーツや祖先について考えることになる。原住民にとどまらず、それが今回、アイデンティティーに関するテーマが多かった理由でもあると思う」と語った。

 未来へ向けての復興が、戸惑いや軋轢を産むこともある。小森監督が、ユニットで活動しているアーティストの瀬尾夏美と共同監督を務めた『二重のまち/交代地のうたを編む』は、津波被害の大きかった中心地を、山を切り崩した残土でかさ上げした。そこで陸前高田を元の大地と、新たな宅地からなる“二重のまち”と表現し、街の人々の変わりゆく故郷への思いを映像と言葉で表現した。

 小森監督は「元々の地面はただの被災地ではなく、亡くなられた方たちとの思い出の場所で、地元の皆さんにとって記憶のよりどころだった。そこが塗りつぶされていくのは心情的につらかった。でも工事に対する反対運動はほとんど聞こえてこなかった。復興というポジティブなことに対して声を上げづらかったのかも。でも一人一人に聞くと、やはり“しんどい”と言うんです。ならば自分が撮ってきたものを(作品という形で)人に渡さないと」と、復興工事が創作意欲をかき立てたと言う。

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