なぜ? F1日本GP、ビアンキ選手のクラッシュ6つの疑問

clicccar / 2014年10月13日 20時52分

10月6日に鈴鹿サーキットで開催されたF1グランプリにおいて、信じられないアクシデントが発生しました。

この事故で、マルシャのジュール・ビアンキ選手は頭部を強打したことによる重症を負い、7日、ビアンキ選手の家族は容態について「びまん性軸索損傷を負い、重篤ではありますが安定した状態にあります」と公表しています。 まずはビアンキ選手が回復し、意識を戻してくれることをお祈りしたいと思います。

一方、ネット上では、事故により重体となっているジュール・ビアンキ選手への励ましの声をはじめ、事故原因に関する多くの指摘や、中には憶測、さらにはこの事故に関わった関係者に対する中傷めいたコメントもとびかっています。 ここでいま一度、事故に関する情報を整理するとともに、事故の原因を分析してみたいと思います。

「F1速報 日本グランプリ号」によれば、10月6日月曜日夜の時点までの取材で得られた情報が以下のようにまとめられています。

・事故が起きたのはF1日本GPレース終盤、42周目のダンロップコーナー ・直前にザウバーのエイドリアン・スーティルがコースオフ ・イン側のグラベルに止まり、撤去用作業車が作業をしていた
・そこにマルシャのジュール・ビアンキが突っ込んで行った ・ビアンキのマシン後部は完全に、撤去用作業車に入り込んでしまった(※2)
・ビアンキは自力でコクピットから出られず、マーシャルの呼びかけにも反応しなかった
・駆けつけた医師がヘルメットを外し、人工呼吸器を取り付けた
・頭部や顔面に損傷や出血は見られなかった ・ビアンキは救急車で三重県立総合医療センターに搬送された
・医師団の指示により救急車による搬送が選択された ・ビアンキは頭部に重大な損傷が見られたため緊急手術が行われた
・月曜夜時点では集中治療室で経過を見ている状況

こうした事実に対し

・スーティルもビアンキも、コース上を流れる雨によるアクアプレーニングに陥り、コントロール不能のままコースアウトしたとみられる。
・スーティルは「雨に加えて日没も近く、いっそう視界が悪くなった。それが事故を誘発したかもしれない」と語っている。
・フェリペ・マッサは「レーススタートは早すぎたし、(中略)もっと早くレースを終えていれば、絶対に事故は防げた」と語っている。
・ニキ・ラウダは「FIAのやり方に問題はなかった。もし午後1時にスタートを早めていれば、コンディションははるかに良かった。事故も起きなかったはずだ」とコメントしている。

その後、AUTOSPORT WEBを始めとする各種媒体により、今回の事故に関する検証報道が行われています。

クリッカーはそれらの情報の分析や独自の取材から判断するに、今回の事故は『不幸なタイミングが重なった不運なアクシデント』であったと考えています。 そのひとつひとつを検証してみましょう。

<1>引き金となったアドリアン・スーティルのクラッシュ

ザウバーのエイドリアン・スーティル選手は、自身の41周目を走行中、ダンロップコーナーでコントロールを失い、タイヤバリアにクラッシュしました。 AUTOSPORT WEBに対し、スーティル選手はこうコメントしています。
「僕はあのコーナーでアクアプレーニングを起こした。雨がどんどんひどくなっていて、視界が悪くなってきていた」 コーナーリング中、路面にたまった雨水に乗ってしまう形となり、ステアリングやブレーキのコントロールが効かなくなる状態となり、まっすぐタイヤバリアに向かっていったようです。
この事故の直後、スーティル選手のマシンをコース外に排除するために出動していたトラクターに、ビアンキ選手が激突してしまったのです。

<2>クラッシュが起きた地点とフラッグの色の関係

エイドリアン・スーティル選手の単独事故は、実は非常に微妙な場所で発生しています。 サーキットのコース脇にはには、必ず、レーシングドライバーへの「信号」の役割を担い、さまざまな情報伝達地点でもある「ポスト」と呼ばれる建物があります。 レースオフィシャルは、この建物からドライバーに対し、旗を振ったり掲示板を提示することで、『そのポストから先に起こっている危険性』や『対処法』を指示します。
鈴鹿サーキットには、全周で31か所のポストがあるのですが、今回の一連のアクシデントは、ダンロップコーナーの前後にある、11番ポストから13番ポストの間で起こりました。
スーティル選手は、自身の41周目、ダンロップコーナー出口にある「12番ポスト」より約10メートルほど先、つまり12番ポストと13番ポストの間にあるタイヤバリアに激突しました。
※写真A 
この事故を受け、選手に事故を知らせる「黄旗(イエローフラッグ)」が振られていたことを、各ドライバーが証言しています。 同時に、タイヤバリアにへばりつくように停止してしまったスーティル選手のマシンをコース外に排除するため、黄色いトラクターと、二人のコースマーシャルが徒歩でグラベル(退避地帯)に侵入しました。 このとき、12番ポストでは、特に危険な状況が発生していることを選手に知らせるための、「黄旗2本による振動」が実施されています。
ちなみにFIA(国際自動車連盟)は、レースにおける管制等に関して、国際モータースポーツ協議規則附則H項で定義しています。 このH項の『2.4.5.1ポスト要因旗信号』という条文では、黄旗に関して、次のようにふれられています。

b)黄 旗: これは危険信号であり、次の2通りの意味をもってドライバーに表示される。 1本の振動:速度を落とし、追い越しをしないこと。進路変更する準備をせよ。トラックわき、あるいはトラック上の一部に危険箇所がある。 2本の振動:速度を大幅に落とし、追い越しをしないこと。進路変更する、あるいは停止する準備をせよ。トラックが全面的または部分的に塞がれているような危険箇所がある、および/あるいはマーシャルがトラック上あるいは脇で作業中である。

その黄旗2本振動の下、トラクターはスーティル選手のマシンをアームで釣り上げ、コースへの出入り口へと向かいます。 そして、12番ポストにいるオフィシャルは、トラクターが12番ポストを通り過ぎた、つまり、11番ポストと12番ポストの間の区間に、スーティル選手の車両とトラクター、及び作業しているオフィシャルが移動したため、そこから少なくとも13番ポストまでは安全に走行できることが可能であることを選手に知らせるために「グリーンフラッグ」を振りました。 
※写真B
このグリーンフラッグ提示から15秒ほど経過したそのとき、黒と赤のジュール・ビアンキ選手のF1マシンがトラクターの後部と路面との間を突き抜ける状況で衝突してしまったのです。
ネットにアップされている事故映像を見ると、トラクター後部の高さは、ビアンキ選手が乗り込んでいるコックピット上端の高さと同程度。つまり、コックピットより高い部分にあるマシン後部のインダクションポッド(エンジンへの空気流入口)やロールバー、エンジンカウルは大破し、周囲には多くの破片が散らばっています。そして、コックピットより高い部分に出ていたビアンキ選手の頭部は、トラクター後部にこするか押しつぶされるような状況で激突してしまったことが想像されるのです。
さて、こうしたなか、映像を見た方の中には、「事故が至近で発生しているのに、なぜ12番ポストでは緑旗が振られたのか?」と疑問に持たれた方が多いようです。 また、「黄旗2本振動を続けるべきではなかったのか」というご意見も多く見られます。 しかしながら、この緑旗の提示は、ルール上なんら問題はないのです。 12番ポストのオフィシャルは、適正な旗提示を実施しました。 先のFIA規則H項では、緑旗は次のように定義されています。

f)緑 旗: この旗はトラックが走行可能(クリア)であることを示し、1本 あるいはそれ以上の黄旗表示が必要となった事故現場の直後のマ ーシャルポストで振動表示される。

一般の我々は、危険地帯のすぐそばでは黄旗2本提示をするべきだと考えてしまいます。 しかし、オフィシャルや選手、つまりモータースポーツに参加する人たちはみな 「黄旗の区間では追い越しは絶対にしてはいけないし、黄旗区間でコースから飛び出したりクラッシュなどは絶対にあってはならない。そして、緑旗が提示されているポストの地点に到達してから加速を開始する」というルールを、ときに厳しいペナルティを食らいながらも叩きこまれ、何年もレースを戦ってきているはずなのです。
確かに、12番ポストで黄旗が振られていたら、それを見たビアンキ選手はアクセルを踏み込むことはしなかったかもしれません。 しかし、残念ながらそれは結果論です。 少なくとも、12番ポストのオフィシャルは、サーキットでレースを実施する際のルールにしたがって12番ポスト以降の安全を確認し、緑旗を振ったまでなのです。 現在、意識を失ったままのビアンキ選手には大変申し訳なく、残酷ではありますが、黄旗振動区間でコースアウトしてしまいました。 ビアンキ選手に過失がなかったとは言えないのが現状であることを、まずは理解する必要がありそうです。 一方、とあるレーシングドライバーに話を聞いたところ 「緑旗が出ているポストを過ぎないと全開にしてはいけないことは、レーシングドライバーだったら誰でも知っている。でも、正直なことを言えば、緑旗が見えた段階で、自分だったら黄旗区間内でもアクセルを踏んでしまうかも・・・」と語っています。 戦っている選手としては、黄旗区間で馬鹿正直に減速していては先行する敵に逃げられてしまうというのも事実。 緑旗が見えた時点で加速してしまったであろうビアンキ選手に対し、同情する意見が多く聞かれるのも事実なのです。
『黄旗区間のダンロップコーナー。上り勾配の左カーブは視界も悪く、充分に注意しながら駆け上がっていく。やがて12番ポストが見えてきた。どうやら緑旗が振られているから安全そうだ。よし、アクセルを踏もう、、、としたその瞬間、路面に流れる川状の部分に乗ったマシンはアクアプレーニング現象を起こし、コントロールを失った。そして、ブレーキも効かず、まっすぐ走りつづけたマシンの先には、スーティルの車両を排除するトラクターが稼働していた・・・・・・』 ビアンキ選手は、おそらくこのような経過をたどったのではないでしょうか。

<3>なぜレース中にトラクターがコースに入ったのか

スーティル選手のクラッシュの時点でセーフティカーを入れるべきだったのでは。 こうした意見も多々見受けられますが、レース中、コース内にトラクターが侵入し、クラッシュ車両の排除作業を行うことは、現在のFIAの規則下では、なんらおかしなことではありません。 一方、規則では問題ないからと言って、それですべてが片付くかというと、それは間違いだといえるでしょう。
黄旗振動区間の問題を先に述べましたが、オフィシャルの作業は、このルールをドライバーが厳粛に守ることを前提として実施されています。 反対に、オフィシャルは、作業中に後続車両が突っ込んでくることも想定しながら作業をするようにも教育されています。 なぜなら、それが現実だからです。 では、作業中にマシンが突っ込んでくることが想定できているのであれば、腰の高いトラクターをコースに侵入させて作業をすると、そこにマシンが潜り込む大事故となる可能性は想定できなかったのか。。。 ここが悔やまれるポイントでしょう。
今回の事故が起きたダンロップコーナー付近は、ひどい雨が降るとアクアプレーニング現象が起こりやすい地点であることはサーキット関係者もFIAの役員もよくわかっていたはず。 つまり、黄旗が出ていても、時としてドライバーが予期せずコントロールを失ってしまい、同じようなクラッシュが続けて発生し得ることは、経験的にもわかっていたはずなのです。 今回の教訓を糧に、トラクターのような重機を使ってマシンを排除しなければならないケースは、必ずセーフティカーを入れてから作業を行うといったようなルール改正が必要なのではないでしょうか。
また、規則で定められていなくとも、今回の事例で言えば、スーティル選手がクラッシュした時点で総合的に判断し、セーフティカーを導入する判断ができなかったのでしょうか。 レース運営者は、どうすれば安全に作業ができたのか、また、今回の事故はどうすれば防げたのか、次の安全のために、今一度確認していただきたいと考えます。

<4>なぜ、スーティル選手とビアンキ選手だけがあの地点でクラッシュしたのか?

雨脚が強くなった直後、2台のマシンが同じようにコントロールを失い、クラッシュしました。 これはどうしてでしょう。
F1速報WEBのM記者によれば、今回の日本グランプリの時点で、上位陣のマシンと、下位のマシンとの間には、20%程度のダウンフォースの差があるというのです。 ダウンフォースとは、空気の力でマシンを路面に押し付ける力であり、この力が強いほどコーナーリングのスピードが上がると言われています。
逆に言えば、ダウンフォースが少なければ、コーナーリング時に4つのタイヤにかかる荷重が少なくなり、ダウンフォースがあるマシンと比べれば不安定になることが想定されます。 ここまでコンストラクターランキングが11チーム中9位のマルシアチームと、10位のザウバーチームは、チームの運営資金が上位チームと雲泥の差があり、マシンの開発が上位陣からかなりの遅れをとり、ダウンフォースの差は20%も付いているというのです。
こうしたチーム力の差、そして、苦しいマシンで、その能力以上を引き出そうとするF1ドライバーならではのテクニックと意欲。。。 今回のクラッシュは、こうした事情も事故原因の一つといえそうです。

<5>時間とともに雨脚が強くなることが天気予報からわかっていたにもかかわらず、レース開始を早めなかったのはなぜ?

当日は台風が接近しており、夜に近づくほど風雨が強くなるという天気予報でした。 したがって、レースをより安全に運営するためには、レース開始時間を早めることも選択肢の一つとしてあったはずです。
10月初旬。強い雨。 レース終盤の視界の確保に懸念が生じることは、鈴鹿に関わったことのあるF1運営者の多くが想像できたことでしょう。 しかし、実際は予定通りの午後3時からレースはスタートしました。 なぜでしょう。
噂として言われているのは、世界中に配信されるテレビ放送の問題で、時間をずらすことができなかったということです。 生放送を予定している局は、CMスポンサーの問題もあり、レース開始時間の前倒しはなかなか承諾しないでしょう。 また、未確認ではありますが、F1放映権を持つ関係者が午後3時スタートを頑なに主張したという情報も伝わっています。 いずれにしても、レースの安全性よりもテレビ放送やその収入が優先されたとすれば、それは憂慮される事態であると言わざるを得ません。

<6>なぜヘリコプターは飛ばなかったのか?

ビアンキ選手は事故後、まずは救急車でサーキット内の医務室に運ばれました。 応急処置を施された後、三重県立総合医療センターへと搬送されました。 その搬送方法については、レース直後からさまざまな憶測が流れましたが 「救急車により搬送された」ことが事実です。
これに対し、「なぜヘリコプターを飛ばさなかったのか?」という意見が多く見受けられます。
これについては、 鈴鹿サーキットをヘリコプターが飛び立つことはできるものの、着陸地点である病院のヘリポートが天候により着陸不可能な可能性があることが理由として挙げられてされていました。 一方、脳を激しく損傷し、脳内血腫などにより脳圧が上がっているビアンキ選手を、ヘリコプターの高度変化による気圧変化にさらすことは脳へのダメージにつながり、そのリスクを避けたのではないか、とも言われています。 いずれも信ぴょう性の高い分析であり、これらに関する公式発表が待たれるところです。

*  *  *  *  *

いくら事故の調査が解明されたところで、ビアンキ選手が負った重大な怪我がすぐに治るわけではありません。 しかし、今回の事故が検証され、問題点をF1関係者が認識し、より安全なレース運営を目指す姿勢を示さない限り、ドライバーもF1ファンも不安を感じることでしょう。 FIAは、今週末に開催されるロシアGPの前に報告書をまとめる見込みとなっているといいいます。 事実が充分に公表されることを期待したいと思います。

(渡辺 文緒)

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