壮大な風景からグルメまで 世界を旅する本5選

CREA WEB / 2021年1月9日 15時0分


 以前のように、自由に海外旅行ができなくなってしまいましたが、おこもり時間がたっぷりある今だからこそ、本の世界で“旅”を楽しんでみませんか。

 イギリスとスウェーデンに留学経験があり、帰国後は、京都にて本と輸入雑貨のセレクトショップ「NORR KYOTO」を営む、店主の石川瑤子さんに“旅気分を味わえる”おすすめの5冊を教えてもらいました。

独自の観察と描写で綴る
珠玉の北欧旅行記

#01
『北欧の旅』


『北欧の旅』カレル・チャペック/飯島 周 編訳 ちくま文庫 780円。

【あらすじ】
 世界の多様な風景や風俗を描かせたら文章もスケッチも秀逸なカレル・チャペック。「NORR KYOTO」でも断トツ人気の1冊だそう。時は第二次世界大戦前、1936年のヨーロッパ。チェコ出身の著者が、北欧諸国を巡った記録で、チャペック自身による挿絵も満載。船や鉄道などで原始の面影を残す森やフィヨルドをたどり、壮大な自然と素朴な人たちの暮らしを描く。


 一世紀近い時を経ても、まったく古びない本ですね。とにかく描写が細かい! チャペックの本って、一語一句逃すまいと読むんですけど、この丹念な描写を積み重ねることで迫力が生まれている旅行記だと思います。北の蕭然とした情景をつぶさに観察し、言葉を尽くしているので、チャペックの誠実さも伝わってきます。

 私がとても影響を受けた1冊でもあります。まず原題でもある『北への旅』というタイトルの序文があって、どうして「北」なのか、ということが綴られています。そのなかの3つ目の理由として、「北への巡礼」という言葉が出てきます。

 そこに、北へ向かうこと以外の何をも目指さない、という一節があるのですが、北には白樺の木や海といった自然、白銀の冷気のしなやかで厳しい美しさがあって、私たちの精神にもその一片が宿っているといったお話なんです。

 少し哲学的でもあるのですが、私自身も北欧に留学しているときに読んで、この3つ目の理由がしっくりきたというか。北への漠然とした憧れ、北に対する想いというのが、ちょっと彼と似ていたんです。この序文に惹かれる方は私以外にもいるんじゃないかなと思います。

 彼の旅行記のイギリス編はキレがあるし、スペイン編はテンションが高くて、どれもすばらしい。そのなかで北欧は、どこか影が落ちているようで、全編、人の世への憂いが感じられるんです。

 時代的に南の方ではスペイン内戦が勃発していたときで、チャペックはそのことに心を痛めていた。人と自然の対比も感じられる奥深い本ですね。

 単純に旅行記としても鮮やかで、さまざまな角度から楽しめる1冊です。

淡々とした島暮らし
自分とはかけ離れた地へ

#02
『島暮らしの記録』


『島暮らしの記録』 トーベ・ヤンソン/冨原眞弓訳 筑摩書房 1,900円。

【あらすじ】
 舞台は、フィンランドの孤島。トーベ・ヤンソンが、パートナーであるトゥーリッキと、母親ハムとともに過ごした一端が描かれる。そこに猫1匹と時々手伝いをしてくれるおじさんたち。登場人物はたったこれだけで、日記形式、ときに散文形式で綴られる1冊。


 両親が芸術家だったこともあり、トーベにとって「島暮らし」というのは幼い頃からの習慣で、それが下敷きになっているのだと思います。前半はほぼ日記のようで、後半はエッセイ風。でも、これが全部本当のことかというと、そうともいえない。

 旅心がある本というより、旅をしたくなる、自分とは全くかけ離れた場所で違う生活に思いを馳せることができる本ですね。まず舞台が島であるところから非日常! 私自身、旅先に島を選ぶことが多いからか、海への憧れもありますし、船も勇ましくて好きなんです。

 海は季節や時間、天候によって全然色が違って、すごく表情を変えるもの。起伏に富んだ島ならではの見晴らしだったりとか、そういったところにも惹かれます。

 この本は実にシンプル。文章に過不足がないんです。記録風ならではの温もりや静寂があって、ひとつひとつの描写が的確で美しい。淡々と小屋を作ったり、せっかく作った橋が雨に流されたり、ボートで海に出たり。何か起こるかといったら、大して何も起こらないのですが、読後は「いい本だな」としみじみ思う。

 島の暮らしって、足りないものは足りない。それを自然に受け入れるような懐の深さがあって、大げさではなく、そこでの暮らし、出来事を楽しむ。そんな淡々とした感じが、彼女の描写と島という背景とマッチしているんだと思います。

 自分にとって大事なものを見つめなおした、コロナ禍の気分とも合っているような気がします。読むと、旅に出たいなと思いますね。

著者の好奇心を通して
異文化に触れられるエッセイ集

#03
『旅行者の朝食』


『旅行者の朝食』 米原万里/文春文庫 600円。

【あらすじ】
 ロシアで出合ったヘンテコな缶詰から幻のトルコ蜜飴まで美味珍味満載。食べ物を巡るエッセイなのに、その食べ物の名前の由来を調べるうちに、博覧強記な言語の世界へと読者を誘っていく。


 実はこれ、朝食について書かれた本ではないんです。

 タイトルになっている「旅行者の朝食」というのは、肉と野菜をドロドロに煮込んだ非常にまずいロシアの缶詰のネーミング(笑)。この缶詰のことを皮肉って笑うロシア人のお話が収録されているのですが、その一編が特に好きなんですよね。

 人がどんなことで笑うかって、パーソナルなことですが、その土地の文化もあって、なかなか知りえないことでもありますよね。この本は、それをうまくクローズアップして見せてくれるんです。

 米原さんは、ロシア人よりもロシア語がうまいと言われていた同時通訳者で、とにかく食べることが好きな方(笑)。この本でも気になる食べ物に対する、恐ろしいまでの執着と探究心にぐいぐい引き寄せられてしまいます。何がすごいって、めちゃめちゃ好奇心があること。彼女の好奇心を通して異文化に触れられ、行った気になり、ワクワクするんです。

 それと、米原さんの文章って勢いがよくて、気楽に楽しく読めるので、つい読み進んじゃうんですよ。で、辞書を引いたり、ネット検索をしたくなっちゃうという。ご本人もよく辞書を引用したりするんですけど、面白いこと、知らないことがいっぱいで、飽きないんです! これは五感と知的好奇心が満足できる1冊だと思います。

読後に残るのは1枚の画
印象を求め、いつかあの島へ

#04
『島とクジラと女をめぐる断片』


『島とクジラと女をめぐる断片』 アントニオ・タブッキ/須賀敦子訳 河出文庫 740円。

【あらすじ】
 ポルトガルの西方にあるアソーレス諸島の滅びゆくクジラ漁や、島に暮らす美しい女性の記憶を語る短編、難破をめぐる話など、島々の一見無関係にみえるエピソードの断片を、深いところで編み上げていく小品集。


 短編集としてみることもできますが、エッセイでも旅行記でもなく、まさに断片。詩的で象徴性の強い断片を集めるような手法で作られています。これは記憶なのか虚構なのか。前書きで幻想を育むといったことを、タブッキ自身が語っていますが、全くの虚構でもない。そういった意味では、実は幻想かもと思わせる『島暮らしの記録』と真逆ですね。こちらは幻想ベースで、でも、本当のことなのかもと思わせてくれる。対比すると面白いです。

 舞台は、捕鯨地として知られていた、大西洋のはるか遠くに浮かんでいる島なので、荒涼とした土地の雰囲気が感じられます。タブッキって、あくまで外部の視点というか、盗み聞きを含む聞き手っぽい(笑)。現地の人から聞いたことだけでなく、実際に男女の会話を耳にして、それを膨らまして物語にする。けっこう具体的な短編に落とし込んで、この土地の色をしっかりスケッチしているような気がしますね。

 読後は読み手に一枚の絵画のような印象を残します。説明が難しいのですが、イメージがすごく強い。もちろん、まとまった断片もあるんですけど、この本自体が1枚の絵画みたいな、そういった残像が。やっぱり土地柄もあるのだと思います。アソーレスでなければありえない。

 アソーレスは今一番行きたいところ。それこそ、海辺でぼんやりできたらそれでいい。いつかこの本を持って行きたいですね。観光するところではないのでしょうけど、クジラと海があって荒涼としている、そのイメージを楽しむだけでもいい。

目で文字を追うだけで
食欲を刺激する追体験

#05
『海と山のオムレツ』


『海と山のオムレツ』カルミネ・アバーテ/関口英子訳 新潮クレスト・ブックス 1,900円。

【あらすじ】
「食べることはその土地と生きてゆくこと」だと、イタリア半島の最南端、カラブリア州の小村で生まれ育った作家カルミネ・アバーテが、食を手がかりにその半生を綴った、彼だからこそ書ける、生唾なしには読めない自伝的短編集。


 短編というよりもエッセイに近いかも。作者のルーツが特殊で、6歳まで少数言語アルバレシュ語で育ってきた、アルバニア系イタリア人なんです。

 幼少期にお祖母ちゃんと訪れた浜辺での具沢山オムレツの思い出にはじまり、仕事のために移り住んだドイツや北イタリアでの食事の数々……。

 おすすめ理由は、出てくる料理がどれもおいしそうで、どのエピソードも味わい深いから。文字以上の力があるので、真面目にお腹が空きます(笑)。しかも私たちが想像するイタリア料理ではなく、知らない料理がほとんど。シンプルなものも多いんですけど、思い出を焼きつくすほど辛い唐辛子の料理がたっぷり登場してくるので、辛いもの好きとしては、そこもお気に入り!

 人生の節目ごとに食べ物との出合いがあり、その土地、それを調理してくれた人、一緒に食した人たちの表情や情景だけでなく、アルバレシュの歴史や現状までもが浮かび上がってきます。

「越境」というのがひとつのテーマにもなっています。その土地ごとに味というものがあって、越境を繰り返すたびに、また新たな味を得る。新しい感覚も得て、その人なりの感覚みたいなのができあがる。

 生まれ育ったカラブリアという一地域の郷土料理でもなく、代々受け継がれてきた伝統や複数の文化との出合いから生まれた、実り豊かなもの……。

 食べ物って普遍的なものですけど、その土地の料理が個人の中で混ざり合って、その人を作っているんだと改めて感じました。

 やっぱり文化や食べ物って土地を濃く映すのかもしれないですね。料理の背景には必ず人がいる。気心の知れた人たちとワイワイと食事をすることって、実は得難いことだったんだと気づきました。当たり前だったことができなかったりする今だからこそ、こういった本に惹かれますね。

石川瑤子(いしかわようこ)

大学卒業後、北欧のビンテージ専門店に勤める。その後、イギリスとスウェーデンの大学と工芸学校に留学し、北欧の地域研究を専門に、言語や歴史、工芸、文学などを学ぶ。帰国後は、それぞれの国の文化を自身で伝えるため、2017年7月に本と輸入雑貨の店NORR KYOTOをオープン。

【NORR KYOTO】

北欧、イギリス、ドイツの厳選された本と輸入雑貨のセレクトショップ。店名の「NORR(ノール)」とは、スウェーデン語で「北」を意味し、京都北山の「北」でもあるそう。現代作家の作品からビンテージの陶器、1世紀前のジュエリーまで、ここでしか出合えないものを扱う。「自分で説明できるものしか置かない」というのがモットーで、現代作家は自らコンタクトをとっている。先入観なく間口を広げるため、1880年代から現代のアイテムまで、あえてバラバラに隔てなく陳列しているのもユニーク。

電話番号 075-708-5309
定休日 不定休
http://norrkyoto.com/

文=大嶋律子(Giraffe)

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