“劇場へいらして”と心からは言えないーー 歌舞伎俳優・坂東巳之助が今、思うこと

CREA WEB / 2021年2月14日 7時0分


歌舞伎俳優の坂東巳之助さん。

 新型コロナウイルスの感染拡大が始まってからすでに1年。人々の生活様式は激変し、さまざまな立場の人が苦境に立たされています。エンタテインメント業界もそのひとつで、娯楽であると同時に人から人へと伝承されてゆく中で技術が磨かれ、作品世界を豊かなものにして来た歌舞伎も例外ではありません。

 日々、移ろいゆく状況や価値観の多様化に皆が戸惑い翻弄される状況下にあって、歌舞伎の未来を担う若手歌舞伎俳優のみなさんは、この事態とどのように向き合い日々の舞台に臨まれているのでしょうか。

 歌舞伎座「二月大歌舞伎」で『泥棒と若殿』にご出演の坂東巳之助さんにリモート取材でお話を伺いました。


意外にも“舞台に立ちたい”とは思わなかった自粛期間


2018年8月新橋演舞場・新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』うずまきナルト=坂東巳之助。©松竹

 2020年4月に名古屋で予定されていた新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』が公演中止となり、巳之助さんが久々に舞台に立ったのは歌舞伎座の「八月花形歌舞伎」でした。

 歌舞伎座としては5か月ぶり、巳之助さんにとっては1月の「新春浅草歌舞伎」以来の公演です。演目は『棒しばり』という愉快な舞踊劇で、演出を一部変更しての上演でした。

「変更というのは、密にならないよう出演者同士で距離を取ったり同じ盃に口をつけないようにしたり、感染予防対策ガイドラインに則したものでした。その切り替えにまったく抵抗はなく、お客様に心配をかけないという方向にシフトできたのは非常にいい流れだったと思っています。

『あんなことして大丈夫?』とお客様を不安に思わせてしまったら、楽しいはずの『棒しばり』をやっている意味がわからなくなる。僕たちはお客様に喜んでいただくために舞台に立っているのですから」


2020年8月歌舞伎座『棒しばり』太郎冠者=坂東巳之助。©松竹

 半年にわたる自粛期間を経ての舞台でしたが、意外にも巳之助さんはその間に舞台に立ちたいとは思わなかったそうです。

「芝居をするのは楽しいことですし、公演がないイコール仕事がないということで大変ではあるのですが……。演劇の灯を消してはいけない、みたいな思いには至りませんでした。自分は客観的というか、冷めた人間なんだなと気づかされました」

 その根底には、多種多様のライブ・パフォーマンスのなかでも歌舞伎の観客は高齢者が多いということがあるようです。

「劇場の感染予防対策をどんなに徹底させたとしても、劇場に足を運ぶには人混みの中を往来することになるのですから」

 加えてSNSを通じて誰もが思ったことを即座に発信できる時代。コロナ禍のストレスで過敏になっている昨今はそれがエスカレートし、行政による外出や営業の自粛要請を軽んじる者に攻撃的な行為を行う“自粛警察”なる言葉まで生まれている状況です。

「以前だったらスルーされていた事柄にもまったく関係のない第三者が同調し、波紋が広がってしまう。万が一、劇場でコロナに関するトラブルが起きてしまったりしたら、それがきっかけで『歌舞伎なんてなくなってしまえ』という流れになることだってあり得ると思うんです」

 日本だけではない、そうした世界情勢を冷静に見つめれば、率先して「劇場へいらしてください」と心からは言えないと正直な胸中を明かしてくれました。

上演中の『泥棒と若殿』で実感した人の温もり


2021年2月歌舞伎座『泥棒と若殿』(左から)松平成信=坂東巳之助、伝九郎=尾上松緑。©松竹

 そんな巳之助さんが、現在歌舞伎座で上演中の『泥棒と若殿』で演じているのは、家督相続争いによって荒れ果てた屋敷に幽閉されている若殿の松平成信。食べ物も満足に得ることができず、いつ敵方の奇襲があるかもわからない中で日々を過ごしている人物です。

 人生を達観し餓死をも受け入れようとしていたところで成信が出会うのは、屋敷に侵入した泥棒の伝九郎。伝九郎もまた人生の荒波のなかで不遇な日々を送って来た人物で、初めて盗みに入った家で出会った成信と心を通わせることになってゆくのです。

「命の危機にさらされながらたったひとりで閉じ込められるなどと、コロナ以前は多くの人にとって現実的なものではありませんでした。ところが今はそうではありません。そんな中でふたりが出会い、互いの温もりを感じながらそれぞれの心が解けていく。人と人が触れ合い心を通わせることの大切さを改めて実感させられます」


荒れ果てた屋敷に長らく幽閉されていた若殿の松平成信。©松竹

立場の異なるふたりの交流が描かれる。©松竹

 山本周五郎の小説を歌舞伎化した物語はほぼふたり芝居で進行。伝九郎を演じる尾上松緑さんとの何気ないやりとりが心に響く秀作なのですが、多くの人が抱いているであろう、例えば隈取や見得などに象徴される歌舞伎のイメージとはかなりギャップがあります。もっと小さな劇場で歌舞伎ではない俳優さんが演じても成立する内容でもあります。こうした作品を歌舞伎として演じるには、どのようなことを意識されているのでしょうか。

「非常に難しい質問です。そういうことを意識した時点で嘘になってしまうというか……。ただ言えることは、歌舞伎座のような大きな空間で、白塗り(の化粧)をして成信はこういう姿かたちの人間なのだと堂々と出ていけるのは歌舞伎役者だからこそ、だと思います」

 冷静で観察眼の鋭い成信の視点での客観的な描写から始まる原作の味わいを、巳之助さんは歌舞伎座で歌舞伎俳優としてナチュラルに体現しています。それは『ワンピース』や『NARUTO』、『風の谷のナウシカ』など、歌舞伎ファンを超えて多くの人を魅了した作品において巳之助さんが演じたどの役とも趣が異なります。

“やれることをやっていこう”巳之助さんが見つめる未来


巳之助さんがナムリス(写真)・ミラルパ役で出演した新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』はDVD・ブルーレイに。他にも、劇場に来られないお客さんのために、配信で楽しめる演目が増えている。©松竹

 歌舞伎座の客席収容率は依然として50パーセント。さまざまな理由で劇場まで行くことがかなわない人もたくさんいらっしゃるのが現実です。

「この状況がいつ終わるのか、またどういう終わり方をするのかもわからないですし、もしかしたら客席はずっとこのままということだってあり得ます。誰にもわからない先のことを思い悩んだところで、何かが変わるわけではない。ですから流されるでも逆らうでもなく、視野を広げて自分の置かれている立ち位置を見極めながら、やれることをやっていこうと思っています」

【もっと知りたい!】


2021年1月歌舞伎座『壽浅草柱建』小林朝比奈=坂東巳之助。©松竹

 歌舞伎俳優としての巳之助さんの2021年は、歌舞伎座で上演された『壽浅草柱建(ことほぎてはながたつどうはしらだて)』で始まりました。この作品は新たにつくられたものではあるのですが、登場人物たちは歌舞伎で古くから演じられて来た定番キャラばかり。それぞれの人物の性質をメイクや衣裳で視覚化しているところにひとつの特徴があります。巳之助さんが演じたのは“道化”というカテゴリーに分類される小林朝比奈で、文字通り猿のような隈取“猿隈”をしての登場です。
 こうしたタイプの作品を観るに当たって押さえておきたいポイントを巳之助さんが教えてくださいました。
「歌舞伎の隈取は血管や筋肉を誇張したものなんです。そこがピエロとも、独特のメイクをして個性を主張しているキャラとも違うところです。朝比奈はこんな顔をしていますが、これこそが素顔。ですので、こういう人なのだと思ってご覧いただければと思います」
 古典も新作もそれぞれの作風に則してさまざまな役を演じわけている巳之助さん、じっくりとその未来に注目していきたいですね。

●巳之助さん 第一部『泥棒と若殿』松平成信役で出演中!
二月大歌舞伎


期間 2021年2月2日(火)~27日(土)
第一部 午前10時30分~
第二部 午後2時15分~
第三部 午後5時30分~
※休演 8日(月)、18日(木)
会場 歌舞伎座
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/702/

●おうちでも楽しめる 巳之助さん出演作品
新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』


ブルーレイ(2枚組) 12,000円
DVD(4枚組) 9,600円
製作 松竹
発売元 ウォルト・ディズニー・ジャパン
https://www.nausicaa-kabuki.com/

シネマ歌舞伎『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』


Amazon Prime Video にて配信中
レンタル料 各1,900円(税込)


坂東巳之助(ばんどう・みのすけ)

1989年生まれ。1991年、歌舞伎座にて『傀儡師』の唐子で初お目見得。1995年、歌舞伎座にて『壽靱猿』の小猿、『蘭平物狂』の繁蔵で二代目坂東巳之助を名乗り初舞台。2015年、日本舞踊坂東流家元となる。古典歌舞伎に加えて、スーパー歌舞伎II『ワンピース』のゾロ、ボン・クレー、スクアードの三役、新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』のうずまきナルトなど、多彩に活躍中。

文=清水まり

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