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『コレクティブ 国家の嘘』 アレクサンダー・ナナウ監督 「映画とは人生を物語ること」

CREA WEB / 2021年10月1日 19時0分


©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019

 汚職にまみれた大企業の実態。国民を騙し暴利を貪る政府の姿。それらを次々に暴いていく報道記者と内部告発者たち。そして政府の内側から革命を起こそうと奮闘する新米政治家。ハリウッド映画さながらのスリリングな政治劇を見せてくれるのは、東欧ルーマニアで起きた医療汚職事件の裏側を追ったドキュメンタリー映画『コレクティブ 国家の嘘』。

 すべての発端は、2015年10月30日、ルーマニア・ブカレストのライブハウス「コレクティブ」で発生した大規模火災。大勢の死傷者を出したこの事故は、国中に大きな衝撃を与えた。だが事はこれで終わらなかった。一命をとりとめ入院したはずの患者たちが、病院で次々に死を迎えていったのだ。不審に思った新聞記者たちは、彼らが入院した病院の調査を開始。やがて国の医療システムに巣くうおぞましい腐敗が明らかになる。

 火災事故後、医療システムへの疑念を抱き始めた映画製作チームは、すでに事件の調査報道を進めていた新聞記者たちに密着。1年以上にわたる撮影のなかで、カメラは勇気ある記者らと共に行動し、国家の不都合な真実を目の当たりにする。

 完成した映画は、米国アカデミー賞にノミネートされた他、世界各国の映画祭に出品され、絶賛された。前作『トトとふたりの姉』(14)で高い評価を得たアレクサンダー・ナナウ監督に、どのようにしてこの驚くべき映画がつくられたのか、話をうかがった。


今まさにルーマニア社会にとって重要な瞬間が訪れている


©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019

――まずはこの映画の製作がどのように始まったのか教えてください。

 2015年に「コレクティブ」で起きた火災事故は、国家的な悲劇でした。事故のあと3日間、国中の人々が被害者を追悼しました。しかしその後、ライブハウス側や政府による事故後の対応の不備をめぐり、市民による抗議活動が始まりました。そこで私は、今まさにルーマニア社会にとって重要な瞬間が訪れている、この出来事を映画にすべきだと感じました。

 とはいえ、どうやったらこれが映画になるのかはわからないままでした。やがて病院に搬送された被害者の方々が次々に亡くなっていったと判明し、この国の医療システムにこそ大きな問題があるのだとわかってきました。

 政治家や医師らが医療システムを好き放題に操り、救える命も救えなかったという事実が徐々に見えてきたのです。そのとき、ここに映画のストーリーがあるかもしれないと気づきました。そうしてすでに調査に乗り出していた記者のカタリン・トロンタンに声をかけ、映画の準備を進めていきました。

女性のほうが正しいことのために戦う準備ができている


©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019

――映画は当初、新聞『ガゼタ・スポルトゥリロル』の記者トロンタンさんからの視点で物事の推移を追っていきます。それが後半になると、2016年5月から新たに保健省大臣となったヴラド・ヴォイクレスクさんの視点に変わり、物語の展開が大きく転換しますね。

 映画をつくるうえでの私の関心は、この現実を理解するためにどこに行けるのか、ということでした。私の撮影スタイルは、インタビューやナレーションを使わず、常に撮影対象に寄り添いながら撮影する「観察ドキュメンタリー」です。ここではどんな人物の視点を通して観察するかが何より重要になる。最初はジャーナリストのトロンタンと共にこの事態への理解を深めていきました。

 ですが内閣が総辞職し、ヴォイクレスクが保健省大臣になると知り、今度は彼の視点を借りようと決めました。ヴォイクレスクは元々患者のためのアクティビストとして働いていた人ですから、彼の視点に立てば、内側からシステムの実態を見ることができると思ったのです。

――劇中に登場する、火災の被害者となったテディ・ウルスレァヌさんの姿もとても印象的でした。重度の火傷を負ったあと、彼女は積極的にメディアの前に登場し、アートとして自らの肉体を使って表現していきます。

 私たちは被害者の方々やそのご家族などいろんな人とお会いしましたが、テディ・ウルスレァヌは他の人たちとはまったく違う女性でした。その独特のパワー、何があっても挫けない強さに惹かれたのです。またこの映画には、病院側の内部告発者として多くの女性たちが登場します。真実を明かしたいと立ち上がったパワフルな女性たちを映していくうちに、ここにテディも登場すべきだと感じ始めたのです。

――たしかに、映画を見ていて告発者の多くが女性であることに驚きました。

 ええ、実際に女性たちが告発者として声をあげたんです。思うに、今の社会では、女性のほうが正しいことのために戦う準備ができているんじゃないでしょうか。

大手メディアの多くは権力者側によって支配されている


©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019

――トロンタンさんが告発記事を書く『ガゼタ・スポルトゥリロル』紙がスポーツ新聞であるという事実にも驚かされました。日本でも、現在、大手の新聞やテレビのニュース番組の報道力が弱まってきたと言われています。代わりに週刊誌が大きな政治的スクープを連発したり、地方紙の方がより切り込んだ報道をしています。『ガゼタ・スポルトゥリロル』紙がこれほど先鋭的な報道紙となった背景には、やはり大手の報道機関の弱体化があったのでしょうか。

 ルーマニアに限らないでしょうが、大手メディアの多くは、いまや権力者側によって事実上支配されています。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックに関しても、ルーマニア政府は助成金という名目でメディア各社に賄賂を渡し、政策ミスを厳しく報道しないよう手回しをしていた事実が発覚しました。

 それとルーマニアの大手の報道機関は、政治問題ばかりにフォーカスしてきた結果、調査報道のようなプロフェッショナリズムが失われていったという歴史があります。ですから、医療システムの問題が明らかになったときも、病院の内情やそのシステムについての知識を持つジャーナリストがそもそもいなかった。

 そこでスポーツ紙の記者たちが自力で調査報道を始めたわけですが、彼らにとって有利だったのは、「どうせスポーツ新聞だからたいした知識はないだろう」と軽く見られたこと。その間に彼らは必死で医療について勉強し、調査を進めていったのです。

――トロンタンさんたちは、今も政府に迫る報道を続けていらっしゃるんでしょうか。

 はい。『ガゼタ・スポルトゥリロル』紙は、その後スイスのリンギエ(Ringier)という大手メディア会社に買われたんですが、おかげでさらに調査報道のチームを増やすことができました。ワクチンをめぐる政府の嘘を告発するなど、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック下においても、国家の不正や腐敗を暴露するため精力的に活動を続けています。政府にとっては、目の上のたんこぶ的な存在でしょうね。

映画とは、人生を物語ること


©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019

――映画が公開された際、ルーマニアでの反応はどのようなものでしたか。

 まず劇場で公開したんですが、2週間経ったところでパンデミックにより映画館が休館してしまいました。でもその2週間で2万5000人が見にきてくれました。ルーマニアでのドキュメンタリー映画の動員数は通常何カ月もかけて5000人〜8000人いればいいほうですから、これはすごい成果です。また公開後は、医療関係の内部告発者の数が爆発的に増えたそうです。それだけ映画に触発された人々が多かったのでしょう。

――ここに映されたルーマニアの現実は、今の日本の政治とジャーナリズムのあり方と奇妙に一致しているように感じました。監督は、この映画が世界中の様々な国で公開されていくことについて、どのようにお考えでしょうか。

 映画が最初に映画祭で上映されたのはパンデミックの前の2019年。それでもいろんな国の方々が自分たちの状況と重ね合わせて見てくれました。きっとこの物語が、私たちが日々どこかで感じている恐れを引き出し、自分のこととして理解するきっかけになったのだと思います。

 今や市民と国家権力との信頼関係は失われつつあります。自分の命や人生が、実は自分の手でコントロールできないのではないか。「市民を守る」と言いながら政治家たちが裏で何をしているのか、私たちは知っているのか。果たして社会は、私たちを守ってくれるのだろうか。この映画によって、みんなが漠然と抱えていた恐怖感を明確にすることができたのだと思います。逆にいえば、ここから変わるきっかけにもなりうるわけです。

――この作品は、ジャーナリズムの本来あるべき姿を私たちに教えてくれます。一方で、映画の持つ役割はまた別ですよね。監督は、映画の役割とはどのようなものだと思いますか。

 おっしゃるように、映画とジャーナリズムとでは、その役割は異なります。ジャーナリズムは完全なる事実を提示する。それに対して映画が見せるのは、世界はこうあれるかもしれないというファンタジーです。かつて人類は炎を囲みながら、いろんな話を語り合いました。人生という冒険について学び、理解し、成長するために物語を紡ぎあった。

 同じように、人は映画のなかで他人の人生を追体験しながら、自分を見つめ直し、自分はどんな人間になりたいか、どんなふうに成長すべきかを考えます。映画とは、人生を物語ること。そして映画を見ることは、みんなが集まって同じ物語に耳を傾けていることなのです。

アレクサンダー・ナナウ Alexander Nanau

1979年、ルーマニア生まれのドイツ系ルーマニア人の映画監督。ブカレストの郊外で、親が不在のなか3人きりで暮らす姉弟の姿を追った長編ドキュメンタリー映画『トトとふたりの姉』(14)が、2015年ヨーロッパ映画賞にノミネートされ、日本をはじめとする多くの国で公開された。撮影に14カ月、編集に18カ月をかけた『コレクティブ 国家の嘘』は、ヴェネチア国際映画祭2019のオフィシャルセレクションでプレミア上映され、ルーマニア映画として初めてアカデミー賞にノミネートされた。

文=月永理絵

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