「なぜ月経ということばを生理と呼び替えるのか」上野千鶴子が思う“フェムテック”
CREA WEB / 2024年11月28日 17時0分
社会学者上野千鶴子さんが、その感性を低く静かな「大人の音色」で奏でたエッセイ『マイナーノートで』。目標を持たない学生が研究者となるまでの過程から、チョコレート好きな一面、老いへの不安や、他界した先達への哀悼などを綴った随想だ。同書より、「変わる月経事情」を抜粋して紹介する。
あなたは初潮が来たことを告げたときの、母親の反応を覚えているだろうか?
パンツやスカートを黒ずんだ血で汚(よご)し、自分のカラダに何が起きたかわけがわからないまま、母親に告げる。その前に保健体育の授業で女の子だけが集められて、ひそひそ話をするように、「女子にはね、月経といって……」という情報を得ているから、もしかしたらこれがあれかもしれない、とぼんやり考えるが、にわかには結びつかない。
あなたの母親は何て言っただろうか? にっこり笑って「おめでとう、お赤飯炊かなきゃね」と言っただろうか、それとも「あんたもとうとう女になったのね」と汚(けが)らわしいものでも見るような目を向けただろうか? 初潮に対する母親の反応如何で、母のミソジニーが娘に刷りこまれる。
わたしの母は「そう、来たのね」と言って、パンツを洗い、月経用品を手早く手作りしてくれた。幸い実家は医院を営んでいたので、脱脂綿はいくらでもあった。それを薄紙に包んでナプキンのように重ねた。そして月経の始末の仕方を教えてくれた。赤飯を炊くことはなかったが、夕飯の席で、父親がそれを知っていることがわかった。なぜ男親に伝えるのだろう、と母を恨んだ。
月経用品は、家族のなかの男のメンバー、父や兄弟たちに知られないように処理するのが女のたしなみ、とされていた時代のことだ。
アンネナプキンはまだ登場していなかった。アンネナプキンが誕生したのは1961年。わたしはちょうど13歳だった。そういえばアンネナプキンのアンネは、ナチから逃れて隠れ家で思春期を過ごしたアンネ・フランクの『アンネの日記』から来ている。アンネが日記を書き始めた年齢も、13歳だった。
不自由な隠れ家生活のなかでおそらく初潮を迎えただろうアンネは、月経の始末をどうやってしのいだのだろう。月経と口にするのも憚られる時代だった。それを婉曲語法で言うために、「今日はアンネの日」と呼ぶことが提唱されたのだった。つくったのは当時27歳の女性起業家、坂井泰子(よしこ)。「アンネナプキン」という名称でなかったら、売れなかったかもしれない。
最近になって、女性のカラダに関するさまざまな創意工夫を凝らしたフェムテックという分野が登場し、吸水ショーツや月経カップなどの新商品が登場しているが、それを開発しているのも若い女性起業家たちである。アンネナプキン誕生秘話には、坂井を社長にして一億円を投資したミツミ電機の森部一が送りこんだ社員、渡紀彦が、月経ってどんな気分なのか、使用感を味わうために月経用品を身につけて歩いたというエピソードがある。
男にわからないなら、わかるひとを起用すればいい。女のカラダに起きることをいちばんよくわかっているのは女性自身だ。とはいえ、月のものがなくなってから久しいわたしは、月経用品のなかから新製品を試す楽しみがなくなった。
月経についてオープンになったのはよいが、ひとつ不満がある
月経ってどんな気分? 一定の期間、股間から血を流しつづけるのは、けっしてよい気分とはいえない。漏れもにおいも気になる。この気分を男にも味わってほしい、と、アーティストのスプツニ子!さんは、男に月経を経験させる「生理マシーン、タカシの場合。」を制作した。
下半身に器具を装着して、漏れる血を月経帯が受け止める。スプツニ子!さんは、ソ連の人工衛星スプートニク号が世界で初めて打ち上げられたことに感激して、自分の名前につけるほどのサイエンス少女だった。女はね、月経期間中はこんな気分を味わうのよ、と男に体感してもらいたかったのだろう。
と思っていたら、このところ「生理の貧困」キャンペーンが盛り上がり、月経中の女性がどんな気分を味わうか、何が不便か、どんな配慮が必要か、月経用品だってタダじゃない、コロナ禍で追いつめられてそれさえ買えないのがどんなにつらいか、使う枚数を減らすために外出しないようにしている……と、これまで女性が人前で口に出さなかったようなことが、つぎつぎに大手メディアの紙面に登場するようになった。
調べてみたら外国には、月経用品に消費税の軽減税率をかけるところや無税にするところもあるらしい。月経用品は生活必需品、公衆トイレにトイレットペーパーを置くなら、いつ始まるかわからない月経にそなえて月経用品もトイレットペーパーなみに必置にせよ、それも無料にせよ、という要求がつぎつぎに出てくるようになった。
ううむ、月経期間中はひとにそれとさとられないようにふるまえ、目に触れないように月経用品を始末せよ、月経について口にするのははしたない……と思われていた時代に育った者には、ふか~い感慨がある。
月経についてこれだけオープンに話せるようになったのはよいことだが、たったひとつ不満がある。なぜ月経ということばがあるのに、生理と呼び替えるのだろう? 「生理」は人間の生理現象一般を指すことば。月経を「生理」と呼ぶのはあからさまに呼びたくないという忌避感の働いた婉曲語法だ。
月経は「月のもの」、月の満ち欠けに女のカラダが反応している命の証だ。人間が動物であるということ、そしてそれは産むカラダであるということを、女も男も自覚するためには、とてもよいことばだと思う。
初潮が来たとき。ンなこと言われたってオレ、女のカラダを持たないし、知らねえよ、と男性読者は感じるだろう。たしかに男性には月経の気分はけっして味わえないに違いない。だが、初めての精通でパンツを汚したとき。それだってどんな気分か、女にはけっしてわからない。
親に告げたのか、親はどんな顔をしたのか、汚れたパンツはどうやって処理したのか……。それからあとだって、射精ってどんな気分なのか、股にあんな異物がついていたら歩きにくくないのか、立ち小便ってどんなふうにするのか、女にはよくわからない。
知らないことはわからない、と言えばよい
男と女のカラダは違う。違うカラダを持っている者たちの経験は違う。それを秘して口にしないようにしてきた長い歴史のあとで、こんなにもあっけらかんと、あのね、あのときはこうなるのよ、と女たちがつぎつぎに口にし始めた。
知らないことはわからない、と言えばよい。わからないことは教えてもらえばよい。たとえ自分で経験しなくても、そうなの、たいへんだね、といたわり、いたわられたらよい。女が「いま、月経中なの」「あたし、更年期なの」とオープンに口にして、「だから取り扱い注意。よろしくね」と言えたらよい。
学校の月経教育も女子だけ集めないで、男女共に実施したらよい(とっくにそうなっているところもあると聞いた)。異性がつきあうときには、へえ、こうなんだ、と違うカラダの持ち主に対してじゅうぶんな情報と配慮があればよい。
十代の娘を育てている若い友人の家にお邪魔してトイレを借りたら、トイレの片隅に使用済みの月経用品を捨てるサニタリーボックスが置いてあった。それからよく見えるところに予備のトイレットペーパーに並んで月経用品が積んであった。母も娘も月経現役世代である。彼女には息子もいる。父親と男兄弟の目から月経を隠さずに子どもを育てていることが、一目瞭然だった。時代は変わった。
文=上野千鶴子
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