2700 狂熱的に奏でられた「ナンセンスとリズムの融合」に笑いの根源を見る

日刊サイゾー / 2012年5月2日 8時0分

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 お笑いの世界では、古くから音楽ネタというジャンルがあった。正確にいえば、今"お笑い"と呼ばれているものの一部は、音楽というジャンルから派生してきたということになるかもしれない。ギター漫談、替え歌、ダンスネタなど、音楽ネタを専門にする芸人はこれまでにも大勢いた。

 そんな音楽ネタの革命児として近年、脚光を浴びているのが2700である。2700は、八十島とツネの2人から成るお笑いコンビ。2008年にコンビを結成した彼らは、最近になって急成長を遂げてブレイクを果たした。10年に『オールザッツ漫才』FootCutバトル優勝、11年には『キングオブコント』で準優勝を果たすなど、華々しい活躍を見せている。芸人たちがお笑い色の強い音楽パフォーマンスを見せるライブ番組『バカソウル』(テレビ東京系)でも、彼らは音楽ネタのカリスマとしてエース級の活躍をしている。

 彼らは、自分たちのネタを「リズムネタ」と呼んでいる。黒のスーツに身を包んだ八十島が、リズムに乗せてアカペラで自作の歌を熱唱する。それに合わせて、ホットパンツ姿で一昔前のアイドルのようなファッションをしたツネがひたすら踊りまくる。八十島の自作ソングの歌詞は「右ひじ左ひじ交互に見て」「つま先のアイドル」「鎖骨がティリティ」など、意味がつかみにくいナンセンスなものばかり。ただ、それに合わせて迷いなく全力で踊るツネの姿を見ていると、理屈抜きに笑いがこみ上げてくる。彼らの奏でる音楽のリズムに乗っているうちに、彼らの笑いのリズムにも自然と乗せられてしまうのだ。

 彼らの音楽ネタが、それまでのほかの芸人の音楽ネタと一線を画するのは、徹底してリズムに特化して音楽そのもので笑わせるネタであるということだ。例えば、同じ音楽ネタでも、はなわの「佐賀県」、牧伸二の「やんなっちゃった」などは、歌詞そのものが初めからネタとして成立していて、それを歌に乗せて聞かせるという形式になっている。

 だが、2700は違う。2700が笑わせようとしているポイントは、まさにリズムそのものにある。彼らはリズムしか信じていない。例えば、はなわの「佐賀県」は、文字で書かれた歌詞を見ても笑えるし、それ自体がネタとして仕上がっている。だが、2700のネタにはそれがない。彼らのネタの面白さは、演じられたその瞬間にだけ生じる「ノリ」のようなものに、全面的に依存している。彼らが自分たちのネタを「リズムネタ」と称しているのはもっともなことだ。確かに、そこにはリズムしかない。2人の表情や動き、歌詞などは、あくまでもリズムを補完するものでしかない。主役はリズムなのだ。

 また、彼らは、いわゆるコントや漫才を演じる際にも、それらを無理矢理「リズムネタ」の枠に押し込んで、リズムネタとして演じ切ってしまう。ややナンセンス気味の歌詞をリズムだけで押し切り、それで笑いを取るというのはかなり高度な技術が求められる。また、そのリズムに乗れるかどうかは人それぞれであるため、リスクが高いようにも見える。実際、2700のネタのどこが面白いのかわからないと感じる人もいるかもしれない。

 だが、冷静に考えてみれば、笑いとはそもそも、そういうものではないだろうか。人によって好きな音楽の好みが分かれるように、何を面白いと感じるかは人それぞれ違う。だから、リズムネタの伝道師である2700に迷いはない。彼らの頭の中では「リズム=笑い」という等式が完全に成り立っている。あるリズムで観客を乗せられなかったら、また別のリズムを奏でるだけ。彼らにとって笑いとは実にシンプルなものだ。「新ネタ」ならぬ「新曲」を量産して、リズムネタのパイオニアとして勢いに乗る2700は、お笑い界屈指のヒットメーカーである。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)

※画像は『2700 BEST ALBUM 「SINGLES」』(よしもとアール・アンドシー)


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