演歌界の両巨頭・小林幸子と都はるみ“親友同士”の芸歴50年を彩る「男運のなさ……」

日刊サイゾー / 2013年2月14日 13時0分

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 昨年、事務所幹部の“解任泥沼騒動”で年末まで芸能界を騒がせた演歌歌手の小林幸子の名前を、2月に入って久しぶりに聞いた。

 2月8日、東京・大田区の区民ホールで開催された都はるみのコンサートに、風邪をこじらせた本人に代わり小林が代演を務めて、“友情出演”という美談に収まったようだ。

 関係者によると、2人は同じ日本コロムビアから同時期にデビューしたこともあって“親友”という関係だというが、筆者にとっては初耳。どちらかというと2人とも、付き合う“男”について、周囲から反対された過去を持つという共通点がある、お騒がせ女というイメージだ。

 はるみは、「アンコ椿は恋の花」で日本レコード大賞新人賞を受賞後、次々にヒット曲を飛ばして、演歌界をリードしてきた。78年には、作曲家であり、のちに宮崎雅という名前ではるみと「ふたりの大阪」をデュエットすることなる朝月広臣さんと結婚する。この時、当時2人が所属していたサンミュージックは結婚には反対だったが、それを押し切って、2人はハワイで挙式した。

 結婚後、朝月さんは銀座7丁目に紳士服のオーダーメイドの店をオープンした。その頃に、筆者は知人の芸能リポーターに紹介されて朝月さんと付き合うようになった。彼は毎晩のように銀座のクラブに通い、ホステスを口説きまくった。浮気を疑ったはるみが、朝月さんの洋服を水浸しにするという夫婦ゲンカまで起こしている。そして、クラブ遊びがたたって、店は火の車。はるみとの関係も破綻し、3年あまりで離婚した。事務所の反対は正解だったといえる。

 さらに、はるみは離婚する前後から、コロムビアの担当デイレクターだった中村一好さんと不倫のウワサがあった。そして、離婚後間もなく、一好さんと同棲を始めた。はるみの母親や所属事務所は猛反対したが、稼ぎ頭のはるみの首に鈴をつけられる関係者はいなかった。一好さんの離婚が成立すれば話は別だったのだろうが、一好さんの奥さんは頑として、離婚に応じなかった。84年にはるみは「普通のおばさんに戻りたい」と宣言。その年に引退して、ファンを悲しませた。結局、90年に復帰するも、かつての勢いはなくなっていた。

 その一好さんは、08年にはるみの個人事務所に多額な借金を残して、急死した。翌年には朝月さんもすい臓がんで他界している。結局、はるみは「普通のおばさん」にはなれなかった。

 一方、小林も一昨年の11月に医療関連会社の社長を務める林明男さんと、事務所幹部や、林さんを知る小林の歌手仲間の反対を押し切って入籍。その後、林さんが、小林の事務所の経営に口を挟んだことから、事務所幹部との関係が悪化。解任騒動にまで発展した。これが発端で所属のコロムビアとも契約解除されたことで、一時は歌手生命すら危ぶまれた。今年に入っても、厳しい状況であることには変わらない。

 はるみと小林、その後の仕事にマイナスの影響を及ぼしたという意味では、男運はなかったという共通点があるといえる。今年、芸能生活50周年を迎えた2人。特に小林の今後の言動には注目したい。
(文=本多圭)


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