等身大の感覚を生きたまま届ける『久保ミツロウ・能町みね子のオールナイトニッポン0』

日刊サイゾー / 2013年3月15日 13時0分

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しゃべりと笑いと音楽があふれる“少数派”メディアの魅力を再発掘! ラジオ好きライターが贈る、必聴ラジオコラム。

 ラジオの面白さを測る基準のひとつに、「リスナーとの距離感」というのがある。もちろんそれは基本的に、近いほうがいい。近すぎるとナメられるという危惧もあるが、それでも近いに越したことはない。言い方を換えれば、「近づいてもナメられない」のが面白い番組ということになるかもしれない。『久保ミツロウ・能町みね子のオールナイトニッポン0(ZERO)』(ニッポン放送 毎週火曜深夜3:00~5:00)は、まさにそんな「リスナーとの近さ」を感じさせつつ、リスペクトを勝ち得ている番組のひとつである。

そしてこの番組が、4月から『オールナイトニッポン』1部(同深夜1:00~3:00)へと「昇格」することになった。その要因はやはり、漫画家・久保ミツロウと自称漫画家(実質エッセイスト/イラストレーター)・能町みね子の日常を起点とした、等身大のトークにあるだろう。そういう言い方をすると、「等身大なんて簡単じゃないか」と思いがちだが、それは等身大の怖さをわかっていない。等身大の怖さとは、その感覚をそのまま言葉にすると、ごく普通のつまらない話にしかならないところにある。等身大の感覚はリスナーの共感を生みやすいが、それを面白く語るには、まずその感覚が普通とはちょっとズレているか一歩奥まで達していること、そしてその次の段階として、その感覚を「言語化する能力」に優れていることがどうしても必要になる。

たとえばある日の放送で、久保は能町に、「くしゃみの時のワードって決まってますか?」と問いかける。明らかに妙な質問である。しかしその言葉の裏には、「くしゃみをするときに、やたらわざとらしく『ハクション』と発声する人がいる」とか「くしゃみをする際、言語化できない珍妙な声を発する人もいる」という事実認識から、「そもそもくしゃみに声は必要なのか」という問題意識に至るまで、結構な情報量が感覚的に読み取れる。もちろん、そこまでいちいち明確に計算した上で言葉を発しているわけではないだろうが、これだけの思考回路を、一行の言葉にして発することのできる能力というのは、言葉しかないラジオという世界では、やはり間違いなく強力な武器になる。ちなみに、その質問に対し能町は、「『はい!』で全部出る。フォロースルーがない」と答えている。「はい!」と明確に発音してくしゃみをしているというのも面白いが、くしゃみが短く終わってしまうことを「フォロースルー」というスポーツ用語で表現しているところに、そこはかとないおかしみがある(確かにくしゃみもひとつの運動であり、意外と体力を消耗する、)それに対し久保は久保で、「へっくし!」と全部ひらがなでハキハキと明快に発音しないと気が済まないと言い、「『へっく』で跳ねて『し』で着地」と、独特の感覚を的確に言語化してみせた。

 よく笑いや面白さについて語るときに、人は「共感」という言葉を頻繁に持ち出すけれど、相手の共感を得るためにはただ面白い感覚や発想があるだけでは駄目で、自分の中に発見したその「感じ」を的確に言語化できなければならない。言葉を通じて相手に届かなければ、共感は完成しない。

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