壮絶なロック人生の末に……村八分・山口冨士夫さん死去

日刊サイゾー / 2013年8月18日 9時0分

 ロックバンド「村八分」のギター・山口冨士夫さんが急逝した。64歳になったばかりだった。

 8月15日付の朝日新聞Web版によると、山口さんは先月14日、米国人男性に突き飛ばされて後頭部を打ったという。病院では急性硬膜下血腫と診断され、一時は意識不明の状態に。事件当時のニュースまで遡ると、米国人男性は知人女性が山口さんおよび会社員に道を聞いているところに遭遇し、“絡まれている”と勘違いをして突き飛ばしたようだ。男は傷害容疑で逮捕され、今月9日に傷害罪で起訴されている。

 突然の訃報に、ネット上では「日本の宝だった」「素晴らしいギタリストが、またひとりいなくなってしまった」と、その死を悼む声が相次いでいる。山口さんは1967年、ザ・ダイナマイツのギタリストとしてデビューし、70年代初頭には“チャー坊”こと柴田和志と共に「村八分」を結成。山口さんについて、ある音楽業界関係者はこう話す。

「村八分が活動したのは『はっぴぃえんど』などと同じ日本語ロックの黎明期ですが、彼らは当初から異色の存在でした。正式な音源は1枚しか残していないものの、差別用語を歌詞に含むような過激な楽曲と奇抜なパフォーマンス、山口さんの卓越したギターテクニックで注目を集め、今でも“伝説のバンド“として語り継がれています。作家の故・中島らもと親交があったことも有名ですね」

 一部のファンからは「あれだけドラッグをやって、60過ぎまで生きたことも驚きだ」という声も上がっている。アンダーグラウンドな雰囲気が漂う楽曲同様、私生活も破天荒だったようだ。

「インタビューで構成された著書『村八分』(K&Bパブリッシャーズ)においては、チャー坊と出会ったその日にドラッグを吸引したことを明かしていますし、何度か逮捕もされている。また、楽器や何十枚単位のCDを盗むことが“遊び”だったとも語っています。そうした反社会的な面はあったものの人望は厚く、病気をした際には『ロックミュージシャン山口冨士夫を支える会』が立ち上がってカンパを募るなど、周りの人は親身になってサポートしていました。音楽の才能も含め、それほど魅力的だったのでしょう」(同)

 07年に体調を崩して療養期間に入るも、ここ数年は継続的にライブ活動を行っていた山口さん。次のライブを待つファンも多かっただけに衝撃は大きい。

 葬儀は近親者のみで営まれ、のちにお別れ会が開かれるという。偉大なロックンローラーに哀悼の意を示したい。
(文=大虎有五)

日刊サイゾー

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