桃井かおり、沢田亜矢子らを育て、守った男……急逝した名芸能マネジャーを偲ぶ

日刊サイゾー / 2014年2月24日 9時0分

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 2月11日の午前10時27分、筆者の携帯に「堀内が急死しました。お電話ください」というショートメールが送られてきた。発信元は堀内氏だったため、初めは悪い冗談かと思った。

 恐る恐る掘内氏の携帯に電話したところ、奥さんが出て「堀内は、7日に大動脈瘤破裂で急死しました。主人はお酒を飲むと、よく本多さんの名前を出していました」と聞いて、亡くなったのは事実なんだと愕然とした。

 堀内氏とは、芸能界の名マネジャーだった堀内信秀氏。森光子さんのマネジャーを務めていた吉田名保美さん(いずれも故人)が立ち上げた「吉田名保美事務所」のマネジャーだった。所属女優は、森さん、黒柳徹子、佐久間良子、松原智恵子、和泉雅子、波乃久里子、沢田亜矢子、桃井かおりといった、そうそうたるメンツ。山口智子や天海祐希らが所属する「研音」以前に、“女優の宝庫”と称された、日本を代表する芸能事務所だった。

 そんな事務所で、筆者が記憶している限り、堀内氏は、吉永小百合・松原智恵子と“日活の3人娘”と呼ばれた和泉雅子を担当していた。和泉は女性初の北極点到達を達成した冒険家でもあった。さらに、“未婚の母”問題でワイドショーをにぎわせた沢田や、性格の悪さで業界から総スカンを食らっていた桃井を担当。加えて、事務所の女優をスキャンダルやゴシップから守るメディア担当もしていたことから、筆者とは当時、敵・味方の関係で、堀内氏とはいつもケンカ腰で話をしていた。しかし、敵ではあったが、自分の仕事にプライドを持ち、業務を貫徹していた堀内氏をリスペクトしたものだ。

 ある時、2人っきりで青山のバーで飲む機会があった。酒を酌み交わすということは、こちらに心を開いている証拠。沢田の“未婚の母”問題や桃井の男性スキャンダルについて、情報を提供してくれると思ったが、いくら酒を飲んで上機嫌になっても、口は堅く、女優を守るという姿勢は崩さなかった。どれほどの女優たちが表に出てはマズい話を、堀内氏に水面下でもみ消してもらっていたことか。

 その後、堀内氏は芸能界から引退。医療関係のコンサルタントに転身して、筆者の前に現れた。それ以降、敵・味方をなしにした友人として、たびたび飲んでは、昔話に花を咲かせていた。

 昨年末には、筆者が主宰する忘年会に初めて出席してくれた。昔の顔見知りの記者たちと談笑するなどして盛り上がった後、帰り際に堀内氏は「高田馬場にスウェーデン料理を食べさせる小さなカフェをオープンしたんだ。本多さんを接待したいから、年が明けたら来てよ」と言って、喜んで帰っていた顔が忘れられない。

 だが、その約束も果たせぬまま、堀内氏は逝ってしまった。奥さんによると、堀内氏は7日に事務所で倒れたが、たまたま奥さんは大阪に出張していたため、発見したのは2日後だったという。死に目に会えなかった奥さんの無念は計り知れない。享年71歳。元名マネジャーの堀内氏に、あらためて合掌!
(文=本多圭)

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