ひとりの裁判官を丸裸にした『ゼウスの法廷』 司法の矛盾点を、高橋玄監督が白日の下にさらす!

日刊サイゾー / 2014年3月5日 16時0分

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 「この国に権力者は存在しない。我々庶民側は権力者がいると思い込まされているだけなんです」。曖昧模糊とした日本の社会構造をばっさりと斬り捨ててみせたのは高橋玄監督。警察組織の腐敗ぶりを暴いた『ポチの告白』(05)が大反響を呼んだ、物申す映画監督だ。乙一原作のサイコサスペンス『GOTH』(08)以来となる新作『ゼウスの法廷』は、司法界を舞台にした社会派ラブストーリー。エリート判事とその婚約者との恋の行方を軸に、刑事事件の99.9%は有罪判決となる日本の裁判所の問題点をあぶり出している。上司には絶対逆らえない完全なる縦社会、ひとりの判事が常時300件もの案件を抱えるという異常さ、「判検交流」という名の判事と検察官とのズルズルの関係……。この国を支配する三権のひとつ、司法界の抱える数々の矛盾を高橋監督が語った。

高橋玄監督(以下、高橋) 2009年に劇場公開した『ポチの告白』が話題になったのはよかったんですが、ちょっと反省点もあるんです。「実話ナックルズ」みたいなスキャンダル雑誌的な感覚で多くの方に観ていただいたようで(苦笑)。僕としては警察だけでなく、普通の会社や学校でも弱い者イジメは起きているよと、日本社会の縮図を描いたつもりだったのが、警察組織だけの特別なもののように思われてしまった。それで今回は、典型的な男権社会である司法界を描く上で、女性的な視点から「これって、おかしいんじゃないの?」というツッコミを主人公の小島聖に入れさせたわけです。観た人によっては、社会派ドラマにも、恋愛ものにも、法廷を舞台にしたコメディにも感じられはずです(笑)。

 『ポチの告白』に続いて、司法問題を扱った『ゼウスの法廷』を撮ったことで社会派監督と見られる高橋監督。だが本人的には特別な意識はないという。

高橋 ヤクザものやサスペンスなど、いろんなジャンルを作ってきているので、社会派という意識はないですよ。『ポチの告白』は出資者に幾つか企画を提案した際に「これがいちばん面白そう」と注文を受けて撮った作品でした。今回の出資者は別の人ですが、次は司法を斬ってくれと頼まれて作ったのが『ゼウスの法廷』。『ポチの告白』を作りながら、「警察組織の不正を司法がきちんと懲罰していれば、もっと健全な共同体になるはず」という思いがあった。いちばん最後の出口が間違っているから、諸問題がたまっているんだろうなと。じゃあ、司法を題材に作品を撮ってみようということだったんです。

日刊サイゾー

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